2018.05.09

GWで息継ぎする

遠方の職場にトバされてそこで働くようになって9か月、
やっとどうにか仕事のペースが掴めてきた、と思うが、
そうやって少し余裕が出たような所が少しでも見えると
まるでワンコソバを次々に追加するように新しい仕事が
その余裕を叩き潰すように次から次へとやってきて、
いつまでたっても楽にならない…じっと手を見る(;_;)

とはいえ、働くオトコにも連休はやってくる(^◇^)。

今の職場だと、年末年始、GW、盆休み、の年に3回
しか長い休みを取れるチャンスが無い。

1月、5月、8月、そして1月。つまり5か月間、3か月間、
4か月間、のインターバルで休みがくる。

年末年始からGWまでの今回が一番長い間隔!そして
これから来る盆休みまでが一番短い間隔だ♪
それに季節もいいぞ~、一年で一番いい季節だ(^◇^)

連休と連休のインターバル間は頑張って一か月に一度、
土日に家に帰るのがどうやっても関の山。しかも先月は
そうやって帰ったら、途端に電話がかかってきて

 「トラブった、すぐ戻れ」(泣)

自宅に着いて、寝たら、翌朝すぐに戻る、というハメに。
でも連休は違うぞ!、全員が休むから突発事象が発生
しにくい。だから連休は多分呼び出しは無い(はず…)

GW開始とともに、とっとと自宅に舞い戻った。

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放置したバイクたちは無事だった。庭のツツジが咲いて
色々な雑草にも花が咲いていた。少し余計な雑草が
成長していたのでそれは毟らないとね。

Dsc_1534
Hana2
Hana3

庭で生きてるネギも坊主(花)をつけているし、
以前植えたジャガイモも12本全部から葉が(^^)

Negi
Imo12

バイク達を引っ張り出して、バッテリを載せて、ガソリン
タンクから古いガソリンを抜いて新しいガソリンを注ぐ。
(古いのは車に入れて消費する)

みんなけなげにエンジンに火が入ったが一台は残念
ながら入らなかった。XTZは車検なのでユーザ車検。

Xtzshaken

DR-Zは休み前に輸出仕様の金リム仕様のホイルを
入手しておいたので差し替えてお化粧♪、ハコも色を
合わせてみた。

Drzgold
Drzgold2

他にもいつも稼働しないバイク達も乗ってあげる。
おー!、元気元気♪、いつまでも元気なままでいろよ、
今の仕事が終わって帰ったら沢山乗るからさ(^^)

Sx2018
Tw2018

ついでにバイクが一台増えたよ(苦笑)。今後、遠方の
出張先でバイクライフを成り立たせるために、バイクを
持ってゆく予定なのだが、そこまで走るために、長距離
走行が楽で、かつ色々な用途に使えるマルチプレイヤー
庶民がやっと手が届く、俗にいう「中古の古いBMW」(^^;)

1100gs

人生初の外車だけど、ドイツ車だから大丈夫だよね?
これがアメ車とかイタ車とか英車だと不安なんだけど
ドイツなら大丈夫そう、という根拠のないイメージで行く。

他のコたちとケンカせず仲良く、これからよろしくね(^◇^)

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昼間は布団を干して、洗濯して、庭草を毟って、バイクを
弄って、乗って、日が暮れたら部屋にあるこんなのを肴に
美味い酒を飲む。

Tank5

このGW中は埼玉の花陽浴(はなあび)を堪能させて
頂いた。ホントに美味いよ~おススメ♪

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よーし!、放電しかかっていた自分らしさをたっぷりと
充電したぞ!、もう少し頑張ってみるかp(^^)q


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2018.04.23

引っ越しから丸二年が経過

諸般の事情がたくさん重なって、まさかの自宅購入という
人生のビックイベントをほぼ強制的に迎えざる得なくなって
しまったのは、ちょうど2年前くらいだった。

どうにか買えたけど、正直なところかなりの予算オーバー。
中年男の老後を迎えるための終の住処、という思惑もあり
その増分は将来のリフォームやらをあらかじめ乗せたもの
と割り切って買った、介護や車いす生活を見越した作りの
フルバリアフリー作りの平屋。築わずかに2年半、そのうち
前オーナーが住んだのはわずか1年程度で、中古とはいえ
ほぼ新築といっていいくらいの築浅新同物件だった。

それまで住んでいたのは隙間風がガンガン入る昭和40
年代に作られた文化住宅的な間取りの広い庭付きの
2軒長屋。そこから突然平成の最新鋭ハウスメーカー製
注文住宅に引っ越ししたもんだから、生活レベルが突然
発展途上国のスラム街から平成のモダンライフに華麗に
変貌を遂げた…はずが購入する前からの地方長期出張が
継続したままで購入し、引っ越して、また現場に戻って、
土日に帰宅し一泊しては現場に戻りを繰り返し、長かった
出張生活がようやく終わってやっと自宅でまともに生活が
できるようになったのは、自宅の購入から実に11か月と
10日たった後だった。(ほぼ一年後、だよね)

そこからやっと引越しの荷物の整理を終えて、月曜から
日曜まで自宅で暮らすという生活スタイルに入った…が
わずか4か月でその生活は終わり、再び地方長期出張に
ぶっ飛ばされた、のはここを読んでくれている人ならば、
すでにご存じの通り(T_T)

この丸二年間、365×2=730日で、自分がどういう所に
寝泊りしたのかをちょっと集計してみた。

 自宅:243泊
 ビジネスホテル:478泊
 その他:9泊

なんとまぁ、自宅よりも狭っ苦しいビジネスホテルでの
暮らしの方が2倍!、これじゃどっちが「マイホーム」か
判らんじゃないか(T◇T)!!

ビジホの宿泊費は5500~5800円。平均で5650円と
すると、宿代だけで実に270万円にもなる。会社持ち
とはいえ勿体ないな。宿代がもちろんもったいないし、
自分の限られた余生という人生も本当に無駄使い
している気がしてならないよ…。
 

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2018.03.24

雪解けとともに現れる

雪深い僻地にも温かい風が吹いて雨が降って
根強く残った残雪が解けて無くなってきた。

そんな街中を仕事に疲れた中年がトボトボと
歩くと、そこそこの頻度で、雪解けた砂利や
泥の中に硬貨があるのを見つける。

雪の上で小銭を落として回収できなければ
そりゃ解けるまで出てこない、それがまるで
永久凍土の中から出現するマンモスの冷凍
死体のように、よみがえってくる。マンモスと
同じように、塩カルでやられているので10円
は特に黒く変色してしまっている(ので道端
に落っこちていても中々気づかないのだろう)

この一週間で別々の場所で10円×3枚と
5円×1枚と、1円×2枚を拾った。

さすがにこの小銭じゃ警察に届けても落とし
主なんて現れないだろう。なので落とし主に
申し訳ないけど、拾った小銭は…ことごとく
全部、スーパーやコンビニのレジの近くに
ある募金箱に投入してしまう。

今の自分が小銭を拾って得ても仕方がない。
なので拾った小銭と同額くらいの小銭を足して
募金箱にポイ♪。落とし主と自分の共同募金
ということで、何かの役に立てれば本望だし
落とし主も、自分が私服を肥やすわけでない
からこれなら勘弁してくれる…よね(^^;)?
 

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2018.03.20

えっ?、もう一か月たったの??

雪深い某所で迫る年度末の対応で追われていたら
前回更新してから、あれま、もう一か月弱も経ってた。

体感では1~2週間なんだけどな、人は仕事に忙殺
されると、まるでウラシマタロウのように、時を超えて
しまうのかもしれない(-_-;;;)

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今は自宅になかなか戻れない。仕事も忙しいのも
あるし、物理的に距離がありすぎるのもあるので
猛烈に時間を必要とするし、帰宅するのは単なる
我儘、とされるため往復*万円もかかる交通費は
自腹を切らねばならず、そのコストメリット考えると
腰が重くなる…

でも、帰らないと自分自身が取り戻せない。

なので働いて働いて、じっと手を見てもっと働いて
自宅に戻れるチャンスが巡ってくれば頑張って帰る。

先日どうにかそういうチャンスを作れたので一念
発起して、自宅に戻ってみた。

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ポストはわけのわからないチラシで埋まっていた。

庭木は少しだけ乱暴に育っていた。刈らないと。

自宅は全然大丈夫だけど、ウッドデッキが少しだけ
汚くなっている。デッキブラシでコケっぽい汚れを
こすって落とさないとダメだがそんな時間がない。

バイクは全部無事だった。バッテリーを外しておける
バイクは全部外しておいたけど、簡単には外せない
TDMは案の定干上がって始動出来ない。四輪用
バッテリーをブースタケーブルでつなげばセル一発で
始動するのでバッテリ換えれば即用OKなんだけど。

部屋の中は長く空けていた感じがない。中古で
買った家だけど、築浅で前の人も自分自身も全然
ここで生活らしい生活を連続してしていないので、
未だにまだ新築の香りがするんだよなぁ_| ̄|〇

長期休止していたエコキュートはこの冬の寒さで
凍結防止機能が勝手に働いて起動してタンクに
満タンのお湯を沸かしてた。で、電気代がぁ…
エコキュートは長期出張者の財布に優しくない。
まぁそのおかげで帰宅してすぐ風呂に入れたけど。

冷蔵庫には前回帰宅したときに買った日本酒が
入ってるだけ。いい酒なのでちゃんと温度管理
しないともったいない。だけど酒に弱い人なので
一升瓶なんて一日じゃ飲めないので開けられない。
(生酒なので開けたら劣化が始まるので)

Jikonhanaabi

うーん、充実してたり恵まれていたりしてるような
感じでいながらなのに色々な事が手詰まり<ばき

四合瓶の方はせめて持って行って出先で飲もう。

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…まぁ色々あるけど、でも久々の『我が家』だ(^◇^)

今回はわずか一日と半、という滞在期間だったけど
バイクに乗って、庭草を毟って、庭木を剪定して、
そしてこの季節に毎年欠かさずやっていた、自分
らしい生き様の行為として、庭土を耕して、イモを
植えてきた。

2018imoire

12個の使徒たちよ、この硬直した閉塞感をせめて
お前らだけは打ち破って、伸び伸びと育ってくれ!
ニジュウヤホシテントウになんて負けるなよ!!
 

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2018.02.22

あの感動を、もう一度(ちょっと違うかも)

長期滞在しているビジネスホテルの洗面所の鏡に写る
自分は、どこをどうみても冴えない不細工なオッサンだ。

養う家族も居ないのに、自宅から遠く離れて、仕事仕事。
毎日自分の人生は消耗して短くなって行くというのに、
何も生み出せず、何も成せず、ただただ、ひたすら磨耗し
ひたすら疲労してゆくだけ。仕事では何かを成している
のかもしれないけど、それは自分一人の成果ではなくて
かつ自分でなくても誰かが成していただろう役割と結果。

そう考えると、自分の人生はきっとすでにもう詰んでいて、
なすすべもない滑り台のような枠にハメられて、決まった
方向にだけしか、もう生きられないんだと思う。

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今となってはそういう人間に成り果てた自分ではあるが
こう見えても昔は好奇心と発見に満ちていた少年時代を
生きていた事もある。

なんであんなに色々な事が楽しくて、面白くて、ワクワク
していたんだろうな。豪雪に閉じ込めらて職場とビジホの
往復しかしないこの数ヶ月間の間考えていた。

それは幼い短い人生経験ゆえに毎日が発見と挑戦と
その結果新しい知見知識、技能技量を積み重ねて行き
自分の世界を広げながら自分が成長して世界が広がる
事が体験出来たからだと思う。

それを重ねて行くうちに、積み重なったそれの方が多く
なって、新しい発見や成長がだんだん感じられなくなって
なのに新しいことにチャレンジする事がどんどん億劫に
なって、ますます一度出来上がってしまった生き様から
脱せなくなって、その悪い連鎖反応がどんどん分厚い

      『 自 分 の 殻 』

を自分で勝手に形と大きさを決めて固めていったから、
だと思うようになってきた。

その『自分の殻』は、自分自身を支えている外骨格でも
ある。考えようによっては、それ=自分自身、をじっくり
作り上げるのが人生そのものなのかもしれない。

でもその『殻』を突き破って開ける世界、それが自分の
成長でもあって、その瞬間の感情こそが、『感動』という
ものなんだろうな。そういえば『感動』する事が歳を
重ねる毎に減っている。でも本当は自分はそれを求め
それに飢えているんだろうな。抑圧されたビジホ生活の
果てにそんな感情を抱くようになってきた。

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…お前、何を言ってるのか判らないよ、という人だらけ
だと思う、なので判りやすい例えをしようか。

子供の頃に、自転車に乗れるようになった時のことを
思い出して考えてみて欲しい。それまで全然乗れなくて
絶対乗れるようになんてなれないよ、と思いつつ、でも
乗ってみたくて、練習して、失敗して、でもあきらめずに
練習して、練習して、フラフラしながら毎日練習を重ねて、
ある瞬間、何かが起きてついに乗れるようになる。

そうすると今までに感じた事のない未知の速度域や、
バランス感、今まで出来なかったことが出来るように
なった喜び、そういったワクワクや成功体験の感情が
爆発したかのような熱い想い。それが自分が表現して
いる所の『感動』というもの。

凡人ではたどり着けないけれど、例えば甲子園に
出られた高校球児や、メダルを手にしたアスリートは
きっとそういう感情の高ぶりを感じているのだと思う。

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今の自分には出来る事は少ない。でも今の環境で
やれることにチャレンジして、マスターして、自分の
世界を少しでも突き破って新しい世界に到達したい。

そこには以前は感じていて、今ではもう殆ど感じられ
なくなってしまった『感動』がきっとあるはず。
でも完全ゼロベースから難易度の高い物に挑戦して
みたり、手当たり次第に手を出してやってみるのは
失敗して挫折するのがオチだ(苦笑)。

下地があって、でも成し遂げていられなくて、自分が
今でもやりたいと思っていて、頑張れば成し遂げられ
そうで、雪に閉ざされたホテル住まいで可能なモノ。

考えて考えて、昔挫折したコレに挑戦してみる事に。

Ekey

何で?、何の役に立つのさ?、とは聞かないように。
少年の嗜みに一つや、サバイバル技能の一つとして、
この技能をマスターして使いこなしたい、と古くは
小学5年生のころからずっと思っていたんだよね。
これこそが無線通信だと思っていたし、何より暗号を
即座に解読するかのようなスタイルにカッコ良さを
感じていたしね(笑)

中学校~高校時代にハマっていたアマチュア無線、
電話級を取って中古のポータブル機で開局したけど
ステップアップしないまま局免は切れて今に至る。
だけどいつかは電信をやりたいと思っていたのだ。

今は不特定の同じ趣味人と会話する、という世界は
無線通話からネットにほぼ100%役割が置き換わって
いると思う。なので電信級あらため3級免許を取って
電信通信をしたい、という訳じゃない(チャンスが
あれば挑戦したいけどね)。まずちゃんとモールス
信号を聞いて内容を理解出来るようになりたい。

電鍵で打つことは(美しい周期で打つのはとても
難しいけれど)それほど難しくはないので、符号を
暗記して、そこからひたすら聴いて、聴いて聴いて、
耳に入る短音と長音のリズムが何を意味しているか
言葉のように脳に入るようになるまで鍛えてみる。

今は低速で筆記でなら大体コピー出来る。でも少し
速度を上げたり、暗記で理解しようとすると10文字
くらいで追いつかなくなる。もっと練習が必要だ。

そしていつかは、かつて自転車に乗れるように
なったあの時のような『感動』の瞬間が訪れる…
はずだ。それまでトン・ツーで遊んでみるよ(笑)
 

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2018.02.21

頑張れ、親友よ

自分には数名だけど、『親友』と呼べる友がいる。

普通の友達や仲が良い人はそれ以上にいるけど、
気心が知れていて、どれだけ間があいても再会
すれば、その瞬間に昔のままの関係でいられる、
それが数ヶ月、数年というレベルではなくて長いと
十年以上消息すらわからないような奴でもあいつ
ならそういう事もあるさ、と思っていて、また相手も
自分に連絡を取らなくても特に問題とは思わない
ので、途中の連絡が全く無くてもある日電話が
かかってきたら、

 ino:「おう、ひさしぶり、元気か?会うか?」

で、普通に再会して、メシ食って、じゃあな!、で
また5年以上会ってない、とか、それでも関係が
全く変わらない、それが自分一人がそう思って
いるのではなく、ほぼ同じ感性で互いが同じ事を
思っていて、時間に関係なくそいう関係を築けて
いる友人、それを自分は「親友」だと思っている(^^)

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雪深い現場で働く自分にそんな親友の一人から
久々にメールが届いた。高校生の頃からの仲間で、
一緒にバイクで北海道を何度も回った盟友だ。

いつもならメールで近状や用件を伝えてくるけど
このときだけ、電話で話したいことがある、とだけ
連絡してきた。なんだい、カミさんと喧嘩でもした?
離婚したいという相談なら全力で止めるぞ(^◇^)

子供二人を抱えた家庭だから、いつなら話せる?
と返信したら

 「今なら、いつでも大丈夫だ」

…ん?、どういう事?平日だぜ、仕事はどうした?

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こっちは仕事があるので、じゃあ宿に帰ったら
こっちから掛けるよ、とだけ返信して、数時間後。

ビジネスホテルについてから、電話をかけた。
3回ほどのコールの後に出たのは彼の子供。
小学校低学年と年長の男の子二人の上の子。
お父さんにかわって~、と話したら友人が出た。

 ino:「久しぶり、子供も元気そうだ、どうしたい?」

そしたら、なんと奥さんが急逝した、と告げられた。
…え?、冗談だろ?、奥さんまだ40代前半だろ?
病気なんて聞いてないぞ?交通事故?一体なにが
どうした?頭が猛烈に混乱する。何で何で・・・??
自宅で突然苦しみだして突発的に倒れて救急車を
読んで運ばれたが、助からなかったんだそうだ。

予兆が無かっただけになぜそんなことに、という
気持ちしか湧き上がってこない。なのに一番悲しい
であろう友人は淡々と状況とこれからの葬式の
準備を語る。大丈夫か?そうだ、子供、子供は?

悲しいんだろうけど思うより気丈にしているそうだ。
子供も友人も、泣こうと思えばいつまででも泣ける
でも今はそれどころじゃないし、これからを考えると
今は泣いてられない、という。

それを聞いて自分が電話しながら泣いてしまった。

友人夫婦は結婚する前に紹介されて、結婚後の
新居に遊びに行って、もう乗れないから、とバイクを
引き取って、子供が生まれたと連絡と年賀状が
届いて、自分も出張先から名産を送ったりしてた
ので、奥さんもよく知っている。そのレベルの自分が
これだけ悲しいのに、家族を失った父と子が悲しく
ないはずがないのに、それを圧しているのにね。

自分は何もしてやれないな、すまないな友よ。
とりあえず何のチカラも与えられない言葉だけの
慰めと励ましをして、電話を切った。

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数日後、どうにか調整して時間を作って、職場に
どうしても二日休むので!と伝えて、雪の線路を
走るローカルディーゼル車に飛び乗って自宅に
帰った。翌日友人宅に駆けつけると楽しかったで
あろう家に葬儀が終わってお骨になってしまった
奥さんが祭られていた、遺影に手を合わせた。

心身ともに大変だろうに、友人は快く自分を迎えて
くれた。久々に会う子供たちは大きくなっていた。
子供たちに、自分に時間が出来たら作って楽しもう
と思っていた、切り張りして作る紙飛行機の本を
持っていった。元気になったら、これをお父さんと
一緒に作って空に飛ばして遊びな(^◇^)

友人や子供たちは思ったよりも元気そうだった。
カラ元気なのはわかっていたけど、ならば自分も
付き合おう!、まるで悲劇が無かったかのように
子供たちと遊び、友人と語らい、奥さんが居ない
だけで、かつてと変わらぬ時間を過ごしてきた。

中々帰ってこれないけど、また機会を作って遊びに
くるから、それまで大変であろう新米父子家庭を
3人で、…いや4人だね、頑張ってくれよ、困ったり
悩んだら、またいつでもいいから連絡してこいよ、
非力だけどチカラになれる事があれば、また遠方
から吹っ飛んでくるからさ(^^)/
 

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