2020.02.01

悩んだ時は大きく振ってみる

前にも書いたけど、今仕事の面で色々な意味で閉塞感を感じているのでそれを打破する方法を少しずつ考えている。

今の環境で少しずつ改善されるかと揺すってみたり、周りも気付くかな?動くかな?と遠慮がちにインパクトを与えない程度に小幅に動いても恐らく何も変わらないだろう(それはもうしてきたつもりだし)

…そうなると今後の選択はこうなる

 1)今の環境で諦めてこのまま燻り続ける
 2)今の環境に留まりながらその中で大暴れして騒いでみる
 3)今の環境とほぼ同じだけど同じ土俵で少し違う所に行く
 4)今の環境と手を切らないけど今の土俵と別のリングに動く
 5)今の環境と手を切って港を出て完全な新天地を目指す。

世のサラリーマンのほとんどは多分1)だろう。守るべきものがあれば自分を抑え込んで現状維持するのは社会人というより人として正しい選択と言える。それと真逆の5)を取る人もいるけど、少なくとも自分の周りで狙い通りに成功した例はすごく少ない(例外:北の大地のガミさんとか)。

自分の実物を知る人間なら、「オマエならやりそうだ」と思うだろうは2)かもしれない、…確かにそうしたい気持ちがカケラも無い、とは言わないよ(^^;)<ばき

とはいえ自分もいい年した大人だ。どんな環境でも与えられた難題はどうにかしてこなしてみせるし、理不尽な扱いをされたとしてもこちらは常に理と秩序をもって対応する。そうでなければ単なる自爆テロ。それなら3)~5)の方が自分自身にとって幸せだからね。

幸か不幸か、自分には自我を押し殺してでも守らねばならないものが、…何も(とまでは言わないが、死んでも絶対に守りたいものは)無い。つまりサラリーマンとして最終手段ともいえる5)も、宝くじさえ当たれば…という空想ではなく、いつでも取りうる選択しとして常にある。言うならばゴム紐を切ったバンジージャンプではなく、スリル満点だけど気分爽快なスカイダイビングとして。

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…と、言うことで今は生き方のベクトルを1)から3)~5)に向けて切り替え中。ボルタリングのように進むべきルートを見極めつつどこに手を出してラインを繋いで組み立ててゆくか。小幅に堅実に進めるか、少し冒険をしてでもその後を有利に進めるようにするか、色々考えると、もう後半戦に入った人生は、まだまだ面白い事が沢山あるんじゃないのかな、と思ったりもする(^^)。

自分は元々研究開発を生業としていた理系志向で、しかもバイク乗りだ。研究やキャブレターのセッティングがうまくいかないときは、小幅で動かさず思い切ってパラメーターを大きく振ったり、思い付きでいいから突拍子のない所を攻めるのも(そこで結果が出ないとしても)無意味でないことを良く知っている。その経験は必ず次に生かせる(やってみないとそれが判らないまま)

砂漠だって雨が降れば種が芽吹き葉が伸び花が咲く、可能性はどこにでも埋まっている。夢も希望もないと諦める前に足元を掘ってみればそこに求めていた種があるかもしれない。今の閉塞は次のステップに進むためのスタート台やカタパルトなのかもしれない。無論全てがポジティブに向いている訳じゃなく、同じ確率でネガティブ化リスクもあるよ、とはいえ現状が安全でないと感じているなら、そこから動かない事は最大の守りに見えて最大のリスクだ。一歩先は闇?、そりゃそうだ、正しい。でも今の場所がもうすぐ闇になると感じてるのなら留まっても進んでも時系列では同じ事、同じアホなら見るより踊った方がいいじゃん(^^)♪
 


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2020.01.20

今がそうなのかも

ネットでニュースをみていたら、こんな記事があった

「40代を襲う「中年の危機」とは 」

危機というより、張り詰めていたゴムが緩んだ感じ、というのかな?、それまで張っていたことでいろいろうまく回っていたり、どうでもいいと思ってバックグランドノイズだと思ってたことが、妙に大きな存在となって圧し掛かってくる感じ。

現場での緊張感のある仕事に対して、今のサラリーマン事務所仕事は一言でいうと「気分が悪い」仕事が多くて、かつ自分に決定権がないがために思うようにコントロール出来ないというところにいら立ちと不安感は感じる。たとえるなら自分が乗って操るバイクならば峠道が楽しく走れるけど、誰かが(しかもあまり信頼信用出来ない人間が)運転するバイクの後ろに乗って、自分は何もできない状態で走っている状態、といえばバイク乗りにな何となく理解してもらえるかな?、車でいえば自分で運転していると乗り物酔いしない人が、誰かの運転で助手席に座ると気分が悪くなる、そういう感じ。

何もかもを思い通りに動かしたいわけじゃない、そんなにわがままじゃないからね。ちゃんと膝を突き合わせて目を見て話して、決まって、約束したことを、愚直にみんなが対等の立場と価値観で取り掛かって最終的に約束通りに片づけていければいい、ただそれだけなんだけど、それをしないで話を聞いてなくて(または聞いたのに理解してなくてそれを後出しにして)、後々になって理不尽を押し付けてきたり、話し合って決めたことをひっくり返したり、それを指摘すると老若男女問わず開き直って居直ったり、という状態にしょっちゅう出くわす。

そういう時は基本的に傍若無人であっても声が少しでも大きい人間、立場が少しでも上の人間の言うことが(どんなに理不尽であろうと)結局通ってしまう。技術論や、エビデンスに基づいた決定とかが、全然通らない現状は技術系の人間としてはすごくおかしいと思うけど、ある意味会社という組織、というか人間社会というものがそういうバックボーンなんだろうな、と今更になってあきらめにも似た感情でいやいや理解して(いや理解などしてなくて単なる妥協なんだけど)やり過ごす、そういう状態。

…少なくとも、今までのサラリーマン人生でこういうドロドロした感情を持たされることはあまりなかった(=幸せだった、ともいえる)。なので今の状態は自分がただ鈍いだけで、実は早期自主退職に追い込もうとするパワーハラスメントなのかな?、とも思うくらい。自分がこの会社でこれはオレしか出来ないよ、と豪語出来る得意とする職務は今の環境や職場では持て余すことは事実で、会社として今後二度とやらないかもしれない。そうなれば自分を雇ってる意味は短期的にはないだろう、などと考えたりもする。それ以外もできるけどね。

少なくとも今までのように楽しさとかやりがいとか、使命感とか、自身の充実とか、そういうプライスレスなプラス側に引っ張ってくれたモチベーションが今は枯渇寸前(苦笑)。今の仕事に銭勘定はあってもワクワクする楽しさや夢がない(自分は過去にそれを経験してきたからまだいいけど、入った途端にこれじゃ新入社員やワカモノは会社やめちゃうんじゃないかな?、と不安にもなる)。これを「中年の危機」というのなら、そうなのかもしれない、とそのネット記事を読んで思った。

とりあえずまだ生きてる以上何かを食っていかねばならないし、迫る老後の準備も(ぢつはほぼ完成しつつあるんだけど)想定しているパーフェクト状態を達成するためには最低あと5年は働いていないとダメな計算をしているので、まぁしゃーない、やれるだけはやるさ、一応分別のある大人だからさp(^^;)q

…とはいえ、ちょっとだけ今の会社生活に疑問を持っているのは事実。なので少しずつ色々なことを考えて生きてゆくよ。

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2019.12.31

ゆく年2019、くる年2020

今年もあともう少しで終わり。無事にここまで生き永らえた感が少しする。

職場で顔なじみの先輩が2名突然死で亡くなり、ああいつ死んでもおかしくない年齢なんだな、というのが実感できた年だった。いや、バイクに乗っていれば家から出た瞬間からいつ死んでもおかしくないんだけど、そういう覚悟は友人や仲間の死を見つめてきたのでしてるつもりだったけど、不思議な感覚。

じゃあ死にたくないからバイクから降りるのかというとそれも違う。自分が進む道の脇に今まで開いていた死に向かう落下口(乗り物道楽)の脇に、新しい(そして大きな)落下口が開いた、という感じ。そっちのリスクが増えたから前のリスクから逃れようとは思わない。リスクが高まった事に緊張して、その現状を冷静に見極めたうえでそのリスクの範囲でどう楽しんで生きるか対応するだけ。この先は一年間分のロウソクを燃やして減っているからなおさらどれだけ楽しめるかが生きる意味にもなるからね。

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…と、辛気臭い話になってしまったけど、2019年は(サラリーマン)人生の転機の年ではあった。職種が変わって生活が落ち着く方向に変わった。ただ人間としての人生を変えるほどのインパクトはなかったな、あちこちの現場を転々とした経験からすると、全く新しい現場に着任したのと同じくらいのイメージ(^^;)。

道楽としては、長年連れ添ったレガシィ2.0i(5MT)の買い替えを目論んで(?)、EJ20ファイナルWRX-STI購入を申し込んでみたけど外れたのでクルマ道楽は変化なし。当たったら買うわけだから、試乗したりもしたけど、でもなんだろう?あまりときめかなかった。

Wrxstisijyou

市街地をタラタラ走るとほとんどレガと変わらない。踏めば速いけど色々なリスクが付きまとう。タイヤやハイオクと考えるとランニングコストも高いし。そう考えるとファイナルモデルが外れたから、じゃあ標準車を買おうかな、とは思わなった。そう考えるとそれほど本気で欲しかったという事でもなくある意味浮かれていたのかな、とも思う。

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バイクは一台増えた(苦笑)。

37f2019

ウチにはヤマハ2stの最終モデルが3台あるけど、これはそれの一台ランツァの直系の先祖。1985年式のDT200R。ランツァがあれば要らないでしょ?、うん、そう思う。でもこれはそういう時代のバイクにはない、そして今のバイクでは絶対にできないくらいの特徴があって、それが重さが信じられないくらい軽いということ。どのくらいかというと、クロスカブとかC125とかと大体同じ(満タンでだよ!)。サイズもランツァより一回り小さくて、シートも低い。それでいて高速道路をぐいぐい吹っ飛べるくらいのパワーが両立してる稀有なバイク。それのほとんど新車みたいな極上程度(この画像はその極上外装を保護するため、適当な(でも自分が一番好きなカラーリングの)外装に乗せ換えているのであしからず)が出てきてしまったので、今後の老後バイク生活を考えてこれがある意味理想形なんじゃないかな?、と押さえてみた。

そしたら中低速トルクが野太く使いやすいランツァより、旧来の2stらしいパワーバンドの盛り上がりがはっきり感じられるワクワクする楽しいフィーリングで、やっぱりワカモノに(そして気ばかり若い今の自分にも)マッチするバイクだなぁ、としみじみ実感して、老後ではなく今を元気に走ってる(笑)。効かないという下馬評のブレーキは大丈夫、問題はすぐ水温が上がる冷却系かな。走っていればいいけど低速になると水温計がすぐ上がる。ヌタ場とかでイゴるとあっというまにオーバーヒートしそうな予感。強制稼働ファンがラジエタ裏に欲しい。

結局スペックだけでは語れない魅力が満載のこの最愛の相棒と、老後も(死ぬまで)過ごすことになりそう(もともと判ってたけどね)

Dttw

とりとめのない話になったけど一応2019年を総括ということでご勘弁を。

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来年はどんな年になるかなぁ?、今考えているのは生き物を飼いたい、ということ。まずは水中生命体から着手する予定。古い火鉢をこの正月休みに田舎から回収するので、それを使ってミニミニビオトープを作ってみる。最大生物は多分メダカ、あとは水草。このくらいなら今の仕事スタイルでも維持出来ると思う。それ以上のサイズの生き物は今はまだ無理。リタイヤしたらネコと暮らしたいけど、看取ってやれるほど自分が長生き出来ないかもしれないからそれも考え中。

あとまだ漠然とだけど、ひそかに今の仕事のままでいいのか、とも少し考え始めてたりもする。生きるための収入を得る場としては申し分ないけど、養う家族がいない状態なら収入が下がってでももう少し自分の時間を作れる方が、死に向かって生きている(元気に動ける)時間を確実に消耗している現状を考えるとプライスレスなんじゃないかな、と。家族持ちにはできない決断でも、一人暮らしなら無理なく出来る。今年一年間の生活費も、道楽費用を除いたそれ以外の全支出が130万くらいだったからこのBlogを始めた離婚直後の2003年と今とで、ほとんど大差がない。だいたい月に11万の手取りがあれば生活が維持出来るレベルの生活をずっとタンタンと続けているからね。

傍から見れば絶望でしかないだろう中年男の一人暮らし、でも(ペンペン草も生えない荒れ果てた荒野にしか見えないだろうけど)そこにはまだ色々な可能性がある。一人で生きることが決まった現状はあきらめと絶望ではなく、それをどう楽しんでい生きるかだ。その進む道に幾つも開いている(または落とし穴のように見えない)リスクの穴に落ちないようにしながら、ね。

…とりあえずは一年後にまた「どうにか生きてこれたなぁ~」と書き込めることを目指そうp(^^;)q

と、いう事で今年一年更新が鈍ったここに気長にお付き合いくださった方々、ありがとうございました。
来年も、元気に、そしてしぶとく、お互い生きてやりましょう、くれぐれもご安全に(^^)/!!

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2019.12.22

アイロン掛け≒焚き火

現場生活ばかりだったサラリーマン人生に転機が訪れた今年、かつての横井庄一氏のように「恥ずかしながら生きて帰ってまいりました!」と、同期がネクタイ姿で空調の効いた明るい照明のオフィスで働く、現場のプレハブ事務所とは違う別の国の別会社のような本社に戻り、生活もほとんど毎日自宅で過ごすようになった。当たり前のようだけど、革命的な出来事だったりするのだ。6ヶ月定期を買って、電車を乗り継いでオフィスに通う日々。気が付けば20年ぶりくらいに通勤定期を更新していた(いつもは更新する前に別の現場に飛んでいたので)

そういう身の上なので、一般民間サラリーマンのような生活になると、普段着で出勤して作業服に着替えるような現場ライクなライフスタイルにだんだんムリを感じるようになってきた。一応制度として許容はされているが、毎日やってるとさすがに目立つ(苦笑)。なので少しずつ不慣れなスーツを着てワイシャツを着て出勤するようになっていった。とはいえ靴底がフラットな革靴はやっぱり違和感があるので、ワークマンに行ってスーツでもおかしくないような格好をした、でも底がゴツゴツしてる黒い安全靴を買って、それで通勤している。誰も他人のことなんて気にしないので全然バレない、いやバレているかもしれないけど、なんとなく革靴に見えれば集団に溶け込めるため何の問題もない。

着ているスーツ、実は新入社員のときに作ったモノだ。なので四半世紀くらい前のもの。その数着を着まわして一週間を過ごしている。当時は今よりもっと太っていたのでブカブカなんだけど、これも別に誰の目にも留まらない。ちょっと脱線するけど、スーツって面白いんだけど、学校の制服よりも、大衆の中に溶け込んでしまう擬態服というか、迷彩服みたいなもんなんだよね。朝の通勤時間の乗り換え駅のレミングスの大群の大行進のような人の流れの中にスーツ姿でいると、自分という個人が完全に溶け込んで居なくなって、もし周りがそのまま川にドボドボと突入していっても、そのまま無思考で自分も突っ込んでいってしまうような大衆同調感覚、強迫概念というか、錯覚も感じる。

…おっと脱線脱線。話を元に戻そう(この話は機会があれば別途展開するかも)

スーツを着るようになるとクリーニングだなんだ、と生活費が上がる・・・のが心底嫌で、自分はスーツもワイシャツも自力で洗濯機のドライモードで洗濯してしまう。四半世紀のスーツだから、ウォッシャブルとかじゃない。痛むかもしれないけど、どうせし半世紀前のスーツだから惜しくない。ダメになったら新しいツルシの安物(それこそウォッシャブル)を買えばいいからね、やれるかどうか実験実験(^^)♪

…で、そうやってもう半年が過ぎた(笑)。やってみた結果、意外とどうにかなる、と言う感じ。ただしきっちりアイロンをかけてやらないと悲惨なシワクチャなサラリーマンが出来上がってしまう。でもやる事さえキッチリやれば、朝の混沌としたサラリーマン界に溶け込んで擬態化するくらいには仕上がる。そこでやっと今日の本題に入れる。・・・そう、アイロンだ。

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自分の今までの人生で、アイロンってぢつはあまり使ってなかった。持っていたけど、ごくたまにしか使わない。手持ちのアイロンも若い頃にバイク雑誌を解体して必要な記事だけをファイルする際に背表紙の接着剤を溶かすために買ったモノだ(苦笑)。でもこの半年間は本来の用途でかなり使ってる。

で、アイロンかけをやっていると、例えば白いワイシャツをきれいにフラットに均して、要所要所をビシっと仕上げるのがなんだか楽しい。メンドクサイ家事と考えると全部クリーニング屋にアウトソーシングした方がいいんだろうけど、生活の娯楽と楽しみ、と考えると他人にやらせるのはもったいない一種のアクティビティだと思う。

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色々考えて、失敗もして、工夫して、仕上がりが良くなる。その過程はスポーツ感覚そのもの。そうやっていると、だんだん思考しなくても身体が動くようになる。気が付くと余計なことを考えず思考を真っ白にしながら淡々とアイロンを掛けるようになっていた。全く何も考えてないわけじゃない(そんなことしたらシワクチャになってしまう)、でも余計な雑念を消しながら、淡々と手が動く感じ、これ何かに似てる、とずっと思ってたけど最近気が付いた。・・・焚き火だ(^^;)

焚き火を弄って夜を過ごし、薪をくべて、火をコントロールし、ぼーっと炎を眺め、心を無にする、あの感じ。完全一致じゃないけどなんとなく似てる・・・気がする(^^;)

違うのは、仕上がると製品としての服がビシっとして、気持ちがいいこと。バイク弄りやモノ作り、料理の仕上がりとかともそのあたりは似てるかな?。口下手なので、なかなか上手く説明できないけど、アイロン掛けは楽しくて、無心になれて、気持ちよくもなれる、「立派な娯楽」だと思う。

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これを面倒な家事と思うと嫌になる(保障する)、確かにメンドクサイからね。でも先述のように考えて、あえてやってみると、気が付けば自分でやらないともったいない!、というようなモノだ判った。いい年したオッサンが迫る老後生活で自身の無趣味に恐れおののいて突然ソバ打ちを始めるくらいなら、まず自分の服のアイロンをかけてみようよ、失敗してもいいからやってみる、その第一歩がすごく大事なんだよ(^◇^)y

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2019.12.02

この時期のキマリゴト

なんだか妙に暖かい10月から11月の頭にかけてを過していたのでここ1~2週間の気温の低下に身体が付いてこれてないようで、なんだか体調があまりよろしくない。朝から昼にかけて微熱(37.2℃前後)、ぼーっとするのでロキソニンを割って服用して一日をどうにか乗り切るような、そんなサラリーマンライフを過ごしている。体調が単なる不調ならいいけどな、大病の予兆でないことを祈ろう。

そういえば、現場生活から今の自宅サラリーマン生活に戻ってはや半年。六か月の通勤定期を使い切って更新したけど、それがおそらく10年以上ぶり。会社の規定で定期は6か月を買わねばならないけど、大体その期間の前に他の現場に飛んでゆく(そして定期は解約して清算する)のを繰り返していたからね。春、夏、秋、そして冬の入口に、同じ場所で過ごした事が久々だよなぁ、ホント。

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で、どこで暮らしていても、この時期になるとやることが2つある。一つはクルマのタイヤをスタッドレスに履き替えること。雪国にいたら当たり前だけど、雪国だろうがなかろうが、決め打ちでタイヤを交換してしまう。スタッドレスタイヤを後生大事に温存してもしかたがないし、少し標高が高い所にいったりすれば、北側の斜面に残雪があったりするし、突然雪が降っても事前に換えておけば何も困らないからね、スバルの4WD+スタッドレスは心強いよ、保障する(^^)

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このBPレガシィとも気が付けば長い付き合い。2006年新車購入だから、もう13年と8か月か、もう少し一緒に頑張ろうぜ相棒p(^^)q

タイヤは交換した日付と、装着してた期間に走った距離、付いていた場所を必ず記録して貼り付けて、空気圧を落として、直射日光をさけて保管。実はこの純正ホイールに付いているタイヤは新車購入時に付いていた2006年製のタイヤ(!)。ちゃんと管理してるので亀裂等は出てないし、山もある、普段使いではグリップもまだある(レガ2.0iは非力で軽いから、というのもある)。でも、さすがにそろそろ寿命かな。次また履くかは検討中。夏タイヤは17インチホイールももってるから次はそっちを履くので、この16インチホイールを次に使うとすれば2021の4月になる。もういいよね(苦笑)?

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13年チョイたったけど、まだ8万キロ弱しか走ってない。今回もこの半年間、夏タイヤで868kmしか走ってないや。すまんなぁ、かまってやれなくて。でも、インチダウンしたナローなスタッドレスで武装したオマエはどんなハイパワー車よりも雪上では強いぞ、自信もっていいぜ(^▽^)b

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なお、画像はないけど、サンバーもスタッドレスに交換。デフロックパートタイム4WDだから、これもまた雪にめっぽう強い。さあ雪よ!いつでも来いや!(笑)

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あともう一つは、庭で育てていたサツマイモの収穫。実はサツマイモはイモだけを先々週に掘り出してすでに秋の味覚として頂いていたりする。

Imo201901

今年は普通のベニアズマが数本、ちっこい安納イモが数本、ムラサキイモが一本だけ取れた♪。画像は安納イモとムラサキイモを焼芋にしたところ。安納イモ甘くておいしぃ!、ムラサキイモは甘味は少ないけど目で美味しい!

イモだけ掘りだしたけど、イモヅルはまだそのまま生やしていた。だって暖かくて元気だったんだもの。でも土曜の朝に霜が降りて、地面も霜柱がバンバン立って、南国育ちのサツマイモの葉っぱとイモヅルは壊滅してしまったので、亡骸を刈り取って、念のためにスコップで深く降ったら、掘り残していたイモが何個か残っていて取れた♪

その中で今まで歴代新記録?のイモがとれたのでUPしておく。

Imo201902

まるでミニチュアのような、ミニミニサツマイモ。こんなちっちゃいけど、ちゃんと「ボクだって、サツマイモ!」を主張しているのは初めてみたよ、ちょっと面白かったのでくだらない話だけどUPしとく(^^;)<ばき
 

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2019.11.12

ストリート系ピアノ動画が好き(ただし海外ね)

ウチにはテレビが無いのは過去に何度も言った通り。

だが技術の進歩は高速ネットワーク常時接続を可能としてくれたおかげで動画再生がネットでできる世の中になった。ほんの少し前まで(とはいえ四半世紀以上前だが)MS-DOS上のWTERMとかKTXなんかでパソ通で2400bpsのMNPクラス5モデムで1MBのファイルを1時間くらい電話回線つないで電話料金におびえながらダウンロードしてたと思ったのにね(苦笑)。とはいえウチは以前の初期のADSLに毛が生えたくらいの格安低速回線なので、そんな高度で大容量の通信は出来ない。でもユーチューブくらいならどうにか見れている。

ここ最近よく見ている(聞いている)のは海外のストリートピアノ演奏。国内のそれは素人を装った達人が突然クラッシックの演奏難易度の高い曲を弾いて周りを驚かせたりするドッキリ的要素が入ってるけど、海外のは演者が楽しんで弾いて、それを回りも好意的に聞いているというものが多い気がする。そういうのがなんだか見ていて聞いていていいなぁと思う(^^)♪

ピアノという鍵盤楽器がこんなにも表現力がある楽器なんだという事に感動しつつ、神の指裁きのような高速タイピングを繰り返す演奏者のノリノリの姿も見ていて楽しい。中にはただ自分の演奏テクニックを披露したいだけではないかと思う少し高慢チックな演奏もあるけど、魂が籠ってるなぁと思えるものもある。自分は何一つ楽器を演奏することが出来ないけど、音楽を奏でるのはなんて楽しそうなんだと心から思う。いいなぁ、自分も何かやれるかな、とオッサンが思ったりするくらいだ(苦笑)

一番のお気に入りはTerry Milesさんかな。彼より演奏テクが高い人も見ているとたくさんいるけど自分は彼の演奏と、彼が奏でて作るサウンドがお気に入り。あと彼とたまにセッションを組んでるBrendan Kavanaghさんとかもアップロードされた動画を延々流して見聞きしてられる。しかしこういう演奏はなんて楽しそうなんだろう。ほかにもストリート演奏ではないけどこの人の演奏は他の人と違って、なんと言うか、濁りがないBoogi Woogieで、演奏してる姿もともかく楽しそうでお気に入り。

いいなぁピアノを弾ける人はうらやましい(^^)。
…しかしどうやったらあんな指が早く正確に動くんだろう(^^;;)?


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