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2004.05.28

痛さを感じて、初めて分かる

どういう訳か、一ヶ月前から左股関節が痛い。街医者で原因がわからず
現在某大学病院に通院中。

何となく違和感を感じてから日に日に悪化し、GW頃はまるで関節内部に
生傷があって、動かすたびにそれをツンツン!としているような痛みが
突っ走ってかなり辛かった。GWを棒に振ってさらに今も単車通勤や、車
通勤を駆使、勤務中もデスクワークに徹して「腫れ物に触る」ように
養生し続けた結果、その生傷の上にブ厚いカサブタが出来てゆっくりと
直りかけているような、実際はどうだかわからないが、そんな感じだ。

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股関節自体がヤバい変形症とかではないので、人工関節を入れるとかは
しなくて良く安静にしていれば直るらしい。事実、GW中に丸一日寝て
過ごしたら翌日は改善した。それは分かる、良く分かるのだが…実際は
無理だ。

膝、股関節、腰、肩、首といった人体の要所にある関節は
日常生活を送る上で動かさないわけにはいかないのだ。

そこを固定されてしまったら布団から起き上がる事すら出来なくなる。
今、出来る事は「使わない訳にはいかないが極力使わない」事で一進
一退を繰り返し、「10歩進んで9歩下がる」を繰り返し段々段々と良い
方向に進めるよう努力するだけだ。だから不用意に再び悪化させると
すぐに2週間くらい前の状態に戻ってしまう(T_T)

前出の通勤にバイクや車を使った出勤だと、殆ど歩かないで済むので
傷めた足にはGood♪。これがもし、駅まで歩いて階段を上り下りして
電車に乗って階段を上り下りしてバス停まで行ってバス停から歩いて
…をやったと思うと、実際にやらずとも想像だけで痛くなるよ(T◇T)

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で、今も少し痛い状態が継続中。医者から処方された鎮痛剤は飲むと
驚くほど効き、その間は階段を2段飛ばしで上り下り出来るように!
だがそれはあくまでも麻痺してるからで、薬が切れた途端に2週間分の
回復が水の泡と化した事を「身を持って」知るハメになる。

今は薬を飲まない。痛みとは生体が発する危険信号、ちゃんと意味が
あるんだ。
だから痛くならない可動範囲を常に意識し足を引きずって
歩かざるを得ないんだけどね。

しかし突然こんな身体になってみると健常だった頃には何とも思って
なかった事が凄く大変だと気付く。階段の昇降は実に大変な作業だ。
しかもそこに手すりが無いと体重が分散出来ずに痛い箇所が一段毎に
悲鳴を上げる、でも手すりがあるだけでかなり楽ゥ〜♪、とかね。

何より一番驚いたのは高さ1.5cmのなだらかな突起か?段差?に足が
引っかかって転んだ事。

健常者ならそれは段差ではない。踏むか、跨げばいい。自分もその
つもりだった。だが傷めた足は本人が思っているより上がらなかった
らしい、靴先がその段差に引っかかってバランスを崩した。そんな時
とっさに足を出しバランスを取れば大事には至らない。でも、痛くて
動かせない足を無意識でとっさに出そうとしたらいきなり激痛が走り、
思うように動かず、結局バランスを崩したままであっけなく転んだ。

それは襖の敷居のような直角な段差じゃなかった。車椅子でも上を
通過できるような、本当になだらかな所なのに、それでも足は見事に
引っかかり、しかも転んでしまったのだ!

ズキズキと悪化した関節に脂汗を流しながら、これがもしも骨太な
中年男でなくて、足腰の弱った老人だったらこんな事で本当に骨折
してしまうかも、と実感した。

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世間では「バリアフリー化しました」っていう言葉をよく言うけど、
本当にそれが必要な人がそれを考えて作る側に意見を伝えて
適合するように作っているのだろうか?もしかしたら健常者が
これならいいだろ、という机上検討、悪く言えば自己満足だけで
作っていないか?

障害や老化、怪我や病気など不確定要素が沢山ある、だから万人に
適応するユニバーサル・バリアフリーなんてのは本当はありえない。
もしあるならばそれは単に平均値は満足しています、とか該当者の
8割は救われます(=他の2割は対象外)…って言うだけの気がする。

これがもし健常な状態でそのコブに躓いただけならここまで思わな
かったろう。でも、足を引きずり必死に歩く体が原因で痛い思いを
したら初めてそれが見えた。

つまり「その人の身になって考える」とは、それを想像し空想する
事ではなく、その人と同じ視線、同じ立場、同じ身体、同じ気持ち
にならないと成しえないのだ。

当然、「完全同化」は無理だけど、それに近い経験があれば置換え
感じられるだろう。

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話がちょっとそれるけど、自分は自身が離婚するまでは離婚経験者
に少し偏見があった。でも自分がそれを経験した結果、バツイチの
人を「戦友」と思えるようになった。暴力、酒乱、借金、浮気等の
一方的な原因の加害者どもは「戦友」ではなく「戦犯」だが(苦笑)
戸籍と心が傷付いた人達は状況の違いすれ、あの「戦場」で戦った
「同志」なんだ。自分も戦って色々痛い目にあったからこそ、今は
気持ちが少しは理解出来ると思う。

自分は弱い人間だったので、自ら痛い思いをするまでは本当に理解
出来なかった。でも痛い目や辛い思いをした人は、それを経験して
いない人より痛みを感じ成長し、以前より必ず優しくなれる…はず。
(自分自身はそう変われたか自信は無いが)

もう一度繰り返すが「学習能力がある人」であるならば、だ。

身体も心も痛い思いを経験した、今だからこそ「自己満足のための
バリアフリー」と「その人が望んでいるバリアフリー」と言う似て
異なる二つの違いが良く分かる。身体に対する物理的「バリア」も、
人と人との心の間にある「バリア」も…ね(^^)

 身体を痛めたことで初めて見えてきたことがある
 心を痛めたことで初めて理解出来る気持ちがある

昔から国語の成績が悪かった自分では上手く文章化が出来ないが
つまりは…そういう事だ。(あーっ!歯痒いっ!!)

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何も考えずに、ただ今の痛みからすぐに開放されたくて、空虚な心を
満たしたくて、一時的によく効く鎮痛剤を飲んだり、心の隙間にとり
あえず何かを適当に詰めて、今だけ楽になれればそれでいい、という
短絡的な発想で焦って行動するほど、本当に受け止めねばならない
現実や真実から目を逸らし、逃避するだけになる。俗に言う所の、
「〜依存症」ってのも、実はそれだと思う。

逃げる事で一瞬開放されたかに思えても、薬が切れたり、依存した
「詰め物」が無くなった時に、必死になり逃げようとしていた痛みを
凌駕する激痛を伴う症状悪化、または生きる気力と自信を失うほどの
虚脱感と、今以上にもっと沢山の大切な物をさらに失ってしまう
「しっぺ返し」を食らう事になるんだよね。

今は様々な「痛み」から逃げずに向き合い、じれったくても「治る」
までは辛抱我慢。時間は何にも効く遅効性万能薬、昔から諺にあるよ、
「急がば回れ」ってね(^^ゞ

 

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