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2004.07.14

名は授けるもの

名の無い物に名を付ける、というのはとても特別な行為だと思う。
どうでもいいものには名前なんて付けない。「あれ」とか「それ」
とかの適当な番号や記号で呼んでもいい。

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ペットやぬいぐるみ、人によってはバイクや車に命名する事もある。
でもやっぱり一番ドラマチックな命名は人の名前だろうな。

生まれたばかりの無垢な命を前に、様々な思いを込めて付ける名、
誰もが持っている、個性的だったり、平凡だったりする名、
それには、本人が想像できない程沢山の思いが篭っているはずだ。
それを実感出来るのは実際に自分の子供に命名する時、だろうか?

自分の名前は「洋治」という。あまり多くは無いが別に変わっても
いない。この意味は「大洋を統治する」、という、えらく壮大な
モノらしい。英語で言ったら「Ocean Governor」ってか?<ばき

さすがに両親は自分を海賊にしたかった、訳ではないだろう(^^;)
でも、そのくらい大きな人間になれ、と言う想いを込めて命名して
くれたんだと思う。海援隊を率いた坂本竜馬や、大日本海軍を
率いた山本五十六のように。

なのにこんな心が狭くて器の小さい、挫折するばっかりの人間に
しかなれなかった事を、申し訳無く思う。

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子供ってのは言わば植物と同じ、種を撒いて芽が出たら、有る
程度の肥料をやって、適当に雑草を排除しておいて、後は生き物で
ある本人に任せた方がその本人が納得行くようにのびのびと
育つと思う。

無理やりこのくらいのサイズにしたいと引っ張れば茎が折れたり
葉っぱが傷ついたり、酷いと地面から引っこ抜けちゃうだろう。

こうやってこっちに伸びてくれ、と針金をガシガシ巻きつけたりしたら、
本当はもっと沢山の枝を伸ばせたかもしれないはずなのに、それが
出来ずに、ただ可能性を摘み取る事になりかねない。

早く花を咲かせたくて肥料をガバガバ与えて、水をガンガンやって
勝手に剪定までしちゃったら、根腐れしてひん曲がって育つだろう。

子供は親のオモチャじゃない、思い通りに育てようとしてもダメだ。
成長過程にある未熟な存在でも一人の人間なのだからそのように扱い、
尊重しないといけない。だが甘やかすのも良くないからバランス感覚は
凄く難しいだろうけど、基本は「ベタ付かず、突き放さず」、だと思う。

子供を育てた事が無いから、あくまで想像で言っているだけだけど。

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自分が子供だった頃は、型にはめられ伸びれる方向が親に全て支配
されていると思っていた。でも、あの頃の親と同じ歳になってたら、実は
そうではなかったという事が分かった。

裕福ではなかったが、飢える事はなかった。オモチャも服もお下がり
ばっかり。でもそれが無かった事はなかった。勉強しろと言われても
理科と技術以外は嫌でしかたなかった。でも、その頃に勉強したそれ
以外の事を含めた全てが、今の人間として、社会人として、技術者と
しての自分のバックボーンとしてしっかり身に付いて生きている。

そしてあの時に親が言っていた通り、もっと勉強しておけば良かった!
と、今になって本気で思う。

そう、あの頃の親と同じ世代になって気付いた。親があの頃言っていた、
「勉強しろ」とか「あれはやるな」「これはやってみろ」と言う、その
本当の意味が。

多分両親も自分の親(祖父母)にそう言われていたに違いない。
人間はそれを繰り返しながら、世代を重ねて来たんだろうな、そんな
気がするよ(^^)

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話は反れるが、自分は子供の頃、たまに親からぶん殴られた。学校で
教師にもだ。そんな自分は十数年前から今に至るまで人に手を上げた
事は無いけどね(^^;)

母は自分が嘘をついたり、食い物を粗末に扱った時に必ず自分を殴った。
普段は温厚だった父も、悪事を働いた時は数m転がるほど本気で自分を
殴った。それを児童虐待だったとは思わない。今ではちゃんと自分を殴り
人として正しい方向を向くように更正してくれた事を感謝している。

本当に必要な時には親は子供を殴る、当然教師だって悪さをすれば
生徒を殴る。こんなのは当たり前だ。それらを何でもかんでも「暴力」
「虐待」というバカどもは、言葉で何を説明しても他人の意見を聞こうとも
理解しようともしない、固定された観念しか持ち得ない人達だから、
理解出来るまでは何度でも殴られた方がいい。大切な事は痛い思いを
しないと
分からないのだ。

当然、言葉で話して理解しあえる同士ならば、拳も平手もまったく必要
無いが、でも子供や、体だけ大人になった幼稚なお子ちゃまにはたまに
必要な事もある。「百聞は一見にしかず」と同じように百の説得よりも
一発の平手のほうが心に染みる。

でも、その時にどうして殴られたのかを考えて理解しないと、その意味が
無くなってしまい、全部「暴力」として片付けられてしまうのだ。今の世の
中はそういう感じが蔓延している。

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他にもあるぞ、例えば小学生の頃からポケットの中には切り出しナイフか
ボンナイフが入っていた。雑木林の中で木に登り、そこいら辺に落ちてる
枝や木片、竹、笹を削って色々なものを作って遊んだ。その途中で何度も
何度も指を切ったけど、それで刃物が如何に危険で、如何に便利な道具
であるのかを身をもって知った。

高校生になって原付バイクに乗り出した時にも親は危ないと闇雲に反対
せずにちゃんと見守ってくれたな。若い自分は夢中で乗り回し、こけて、
怪我して、懲りずにまた乗り回し、刃物同様にその怖さと面白さの両方を
学ぶ事が出来た。

だからこそ今も命を落す事無く、単車に乗っていられるんだと思う。

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おっとっと、命名の話だったのに話がアサッテの方向にいっちまった。

親として子供に名前を付ける場合は、普通かなり考えると思う。
その子供の一生がこの瞬間に決まる、かのような想いをこめて。
もし仮に自分が自身の子供に名前を付けるのなら2?3日は寝ないで
考えるような気がする、大げさではなく多分そのくらいの凝り性だと思う
人に言わせるとネーミングセンスはあまり良くないらしいが(笑)

自分は結婚に失敗して、夫や父親には相応しくない、と言うよりも、それに
なる資格が無いから、今こうやってここに存在している。再び家庭を
持って、子を成し、襷を渡す事はまず無いだろうが、子供は無理
でも動物を飼う時やモノに名を付ける時はそれなりに悩んで考える。

例えばこのBlogのURLはhttp://tenere.cocolog-nifty.com/なのだが、
Blogを始める時にユーザが自分で決められるのはここの「tenere」だけ。

これもそれなりに深く考えて付けた名前だ。普通の人には訳が分からん
だろう、「tenere」という言葉、発音は通常は「テネレ」、イタリア語の
読みでは「テネーレ」という。この言葉を選んだ理由は以下の通り。

 1)自分が乗っているバイクの一つ、XT600Z-TENEREの「tenere」から。
  数少ないビッグoff乗り、そして単車乗りとしての誇りとして。

 2)そのバイク名の語源となった有名なパリダカラリーの舞台となった
  アフリカの砂漠の名前から。その「テネレ」とは原住民の言葉で
  「何も無い不毛の地」の意味。離婚で人生が「テネレ」ったし(^^;)

 3)イタリア語の「tenere」から。その意味は「持つ」「握る」「得る」
  一度「テネレ」になった自分の生き方を再び「テネーレ」したいから。


と、まぁこんな具合に、それなりに意味を込めてネーミングしたつもり。
今の自分が生み出すものは、こんな無価値な戯言でも「自分の子供」
…だからね。


 

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