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2004年11月

2004.11.28

家族

事故から数日が経った。

顔面の生傷は徐々にカサブタとなり内出血は黄色に変わり癒える傾向にあるが
数日後に手術を控えた手の骨折は担ぎ込まれた直後から10cm程の添え木を
包帯で巻いただけの応急処置のみで軽く何かに触れるだけで悲鳴が出るほど
痛いし、両膝関節は内出血が収まっていないのか段々血か水が溜まってギシるのが
判る。

さほど痛みを感じずに動けるコツが判ってきたので台所に立ったり便所に行ったり、
庭に出て洗濯物を干したりはどうにかできるようになったけど、5分連続で動けない。
それに家事一般は健全な右腕で松葉杖を持ってるのでなかなか辛い(^^;)

実は右手も無傷じゃない。PETボトルの蓋をあけるのがやっとの握力しかないが
これで右手の使用が禁止されると生活が出来ないので医者にはナイショ(苦笑)
また咳き込んだら左肋骨あたりに激痛が走り消える気配が無いので、
もしかするとそっちもヒビが入っているのかもしれない。

肉体的な痛みには強いつもりだったが、さすがにちょっとダウン気味。

頑張れ、オレ!

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・・・しっかし、つくづく一人暮らしはこういう時には大変だな。

でも例えばここで自分が家族や家庭が欲しい、って言ったら
自分が大変な時(だけ)のヘルパーが欲しい、と勘違いされかねない(^^;)

でも、「家族」ってそういう単純なもんじゃないんだよね。


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自分には健在な両親と、姉、兄、妹、妹、計4人の「きょうだい」がいる。
つまり近年の都会暮らしには珍しい7人家族で育った。
父が今の自分の歳のころにはもう末っ子が生まれていたから、
5人の子持ちだったわけだ。しかも4LDKの団地を買っていた。
7人もいると狭い家では暮らせないからね。

子無しバツイチ世捨て人暮らしの次男坊から見ると。
自分の親という身贔屓をさっぴいても尊敬に値する。
当然だが、身贔屓がたっぷり入っていても尊敬しているけど(笑)

一学年飛び飛びで5人もの育ち盛りの子供を育てる専業主婦の母と、
出張に行けば必ず土産を買ってきて、休日はちゃんと子供と遊んでくれる父、
そんなエンジニアだった父と英語教師だった母は実は中学校の同級生で、
今に至るまで子供の前では喧嘩してる姿を見たことがない。
そんな両親を見ながら5人の「きょうだい」は育った。

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エンジニアだった父の給料は推定だが決して悪い方ではなかったと思う。
だが家のローンを払いながら5人の子供と、さすがに専業とならざるを得ない
主婦を抱えて生活するのは、今から思えばムチャクチャ大変だったと思う。

実際、自分も同じ団地の子供のお下がりの服ばかり着ていた。
パンツにすら「田中」と近所の兄ちゃんの名前が入っていたこともあった(笑)
「一人一袋限り」のパンの耳が食パン2斤分くらい詰まってる20円のそれを
5人の子供全員で100円玉一個持ってパン屋の前に並んで買ったこともあった。

珍しく焼肉バイキングの店に行き、何でも食べ放題だと、知った時、
「きょうだい」が大皿を手に飛びついて山盛りにしたのは肉でもデザートでもなく、
「白いご飯」だったし、自分が幼い時には、とあるレストランでハンバーグを食って、
「このハンバーグ、お肉の味がする!」と店中に聞こえる声で絶叫したらしい(苦笑)

最新のオモチャも買ってもらわなかったけど雑木林や沼で遊べてたし、
雨が降れば家の中で「きょうだい」でワーワーギャーギャーと遊んでたよ。
一応言っておくが、コレは昭和50年前後の日本の話、全て脚色無しの実話。

これらは、今も自分の家族にとって笑顔で語れる「楽しい思い出」の一部だ。
…え?傍から見たら貧しくて惨めったらしい暮らしにしか見えないって?(^^;;;)

でも自分らはこれで家族は仲良く、毎日が楽しく、とても幸せだったよ(^^)
膝のあたりがつぎはぎだらけになったズボンだって、母の手作りだと
思って誇らしげに履いてたし。

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そんな日々の暮らしがやっとなのに、5人中4人が大学に行った、いや行かせて
もらえた。優秀な姉や兄は国立大学の医学部や、日本一有名な大学で学費は
安かったが、自分は名も無い3流私立大学に行ったので学費の工面などで
迷惑をかけた。

私立の工学部だったので学費も年100万を越えていた。実際、間に合わず
学費滞納者として全校掲示板に名前を張り出されたこともある。でも今は、
そこの学校に通えてよかったと思う。

子供とはいえ5人の人間は徐々に育つ。それぞれはそれぞれの育ち方をする。
そのうち色々な衝突を繰り返すようになる時もあったな。10代の若い自分は
そんな中で妹の一人と大喧嘩し、思わず投げた時計で妹の生え際の額を割り
大流血の怪我をさせた。それ以来女性に、いや性別問わず人に手を上げた
事は無い。何度か殴られたことはあったけど、殴り返さなかった、殴り返せ
なかった。

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そんな自分の家族も、月日がたって子供は全員巣立って独立した。
父は定年となり、母と仲良く二人で実家で、犬や猫たちと暮らしている。
勤務医となった姉は老人福祉施設を経営する義兄と地方にいる。
忙しいエリートサラリーマンの兄は義姉と三人の子供とにぎやかに暮らし、
妹その1は共稼ぎしながら義弟その1と二人の子供とマンションのローンに
追われ、妹その2は悲劇的な死産を乗り越え再び子に恵まれ義弟その2と
頑張り家を買った。

・・・こうやって並べると自分だけ人の道を外れた暮らしをしてるな(^^;)
でもコレだけ頼りがいのある「きょうだい」が居れば、一人くらいこんな奴
いても大丈夫だ<ばき

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おっとっと、話がアサッテの方向に行きかけた、戻そう。

昨日怪我で身動き取れない自分を見舞いに兄貴が一人でやってきた。
甥っ子達が来たら多分泣き出すような顔をしてるから助かった(^^;)<ばき

ここには一度も来たことが無いのに、携帯も持ってないし、カーナビもないのに、
住所とネット地図で場所を割り出し様子を見にきたのだという。
ここの地図だと最大倍率で住んでいる家が一軒一軒判別できるように出てくる。

これから実家に行くというのでついでに載せてもらうことに。風呂に入れる♪<べき
その道中、車中で兄貴がこんなことを言い出した。

 兄貴:「・・・そういやこうやってinoを乗せるのは、これで3回目くらいだな」

今までも事故で怪我して動けなくなった時に例えばアパートや、事故現場
まで何回か迎えにきてくれた事があるのだ。

 ino :「・・今回も迷惑かけちゃったね、ごめん。ありがとう」
 兄貴:「でもまぁ、こんな程度でよかったな、あんまり家族に心配かけんな」
 ino :「そうだね、お互いもう若くは無いしね」
 兄貴:「若くないは余計だ(-_-;)」
 ino :「たしかにそうだ(^◇^)」

実家に到着すると両親と犬と猫たちが迎えてくれた。・・・ただいま(^^)

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色々世話を焼きたがる母に、いいから座ってって、というと母は笑ってこう答えた。

 母 :「自分が動けなくなったら出来ないから、今はやりたいようにさせてよ(^^)」

一瞬ドキリ、とした

 ino :「・・ありがとう、じゃあお願い」

こんな形でしか「親孝行」出来ない自分が悲しく情けなくなった。
出来ることなら大人になりきれない怪我した中年息子の世話でなく、孫の
世話、出来れば自分の子供の、をさせてあげるほうが親孝行だろうに。
#母は「育児のプロ」なんで毎週多くの甥っ子や姪がきても動じないのだ

片手片足片ツラで苦労しつつ一週間ぶりに風呂に入ると体臭が獣から
人間に戻った。その後のんびりと犬や猫どもと沢山触れ合って癒されて、
両親と兄貴と自分とでワイワイと夕飯を食い、また兄貴の車で自宅に
送られてきた。帰りの車中でも兄貴と色々語ってすごした。こういう
機会がないと滅多に語れないもんな、なぁ兄貴(笑)

--------------

過去に自分の家庭は壊れて無くなってしまったけど、
自分にはまだこんなに「家族」がいる。それがこんな時はとても心強い。

そして思った。互いに助け合って、互いに成長出来るような、そんな
自分の家庭、自分の守るべき家族、自分が居ていい場所」が
・・やっぱり欲しいな、ってね。

子供が居れば楽しそうだけど、居なくても共生する相方と
ずっと仲が良ければそれだけで十分。高望みはしない。
幸せってのは自分の手が全く届かない高い所にあるんじゃなく、
辿り着けない遥か彼方にあるんでもなく、実は自分の足元にあるものだと、
・・・もう判っているからね(^^)

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自分に再びそれにチャレンジする資格はあるのか、まだ判らない。
現実にはそんな未来は妄想の域を出ないかもしれない。
でも失敗から逃げるんじゃなく学んで、再び挑戦しないと「逃げた」ままになる。
挑戦すればまた失敗するかもしれないけど、それは「負け」であって「逃げ」
じゃない。逃げて卑屈になって背中が痒いままで生きるより、納得が
出来るまで負け続けた方が痛いけど気持ちいい。

それに勝敗は時の運、闘い続けていれば、
マグレで勝つこともあるかもしれないし:-p<ばき

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2004.11.26

「ありがとう…」 by KOKIA

久々の事故で重傷を負い、当日の夜、痛さでなかなか寝付けず、ずっと考えた。

目を閉じると事故の瞬間がスローモーションで鮮明に蘇る。
あの時こうしていれば事故にはならなかった、とか、あと少しずれたら軽くて
すんだとか、当ると判って自分でリヤロックしスライドで身体を車の右に逃げ
なかったら当る角度が車に直角近くで即死コース・・、もし避けて転がった
車線に車が来たら…肉片か…

「もし」を繰り返せばいくらでも仮説が成り立ち、多くは最悪の結果。少し
寒気がした。でも怪我をしただけで自分はまだ生きている。痛みを感じて
いられるって事は「生きている」事の証でもあるわけだ。

今は思う、生きてて良かった、運が良かった、と。

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運は確かに良かった。今思えば全てにおいてこの事故はラッキーだった。

骨は折れたがこんな程度の怪我で済んだ。左顔面はズダボロだが歯も
折れず、目は無事だったし、鼻も残った。何よりも自分以外の誰も怪我
しないですんだし、自分自身が悪いから誰一人恨んだり憎んだりしなくて
いい。他にも一見アンラッキーなようでラッキーな事が重なっている。

…不思議なくらいポジティブシンキング出来ていて精神的にとてもラクだ。

でもここで生き残った、という事はラッキーだった、だけじゃなく、
自分がここでまだ死んでもいい人間じゃない、って事なんじゃないか?
まだ何かか誰かがが自分を必要としていて人知を超えた何か大きな
意思で、お前はまだやる事が在る、まだ死なせてやるもんか、と
「生かされた」、・・・そんな気もするのだ。

おっとっと、これは自分は選ばれた特別な人間だ、と奢り高ぶってる
のではなく、その逆、つまり「残った者」には「残りたかったのに残れ
なかった者」に出来なかった「何か」をやらねばならない、そんな義務?
責任?を負う。・・・そういう事だと思うのだ。

平たく言えばすごろくで言えば上がり寸前で「3マス戻る」を出したような、
そんな感じかな?

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かつて友を事故で亡くし、その突然の死が受け入れられず何日も泣いた。
叶わなかった彼の夢を思うと、残された家族の嘆きを見ると、友達らの
慟哭を聞くと、彼がなぜ死ななくてはいけなかったのか、どうして自分は
生きているのか、色々なことを考えた。彼は決して「死んでいい人間」
だったんじゃない!絶対に!

…恐らくは、この世に生まれて与えられた天命を遂げたので「帰った」、
つまりこの現世というステージを「上がった」んだ。そう思った、いや思う
ことにした。…そうしないとやりきれなかった。

彼の遺品として、フリースとジャケットをご家族から形見分けして頂いた。
それは今も単車以上の自分の宝物。フリースは日常で、ジャケットは
寒い日にバイクに乗るのに、今も愛用している。両方ともすっかり草臥れ、
赤いジャケットはすっかり日焼けして脱色してるけど、彼と一緒に走って
いたいからそれを着る。どんな服よりもそれは「暖かい」のだ(^^)

今回の事故の時、その彼のフリースを安物ジャンパーの下にインナーと
して着ていた。顔面と手と足は負傷したけど、そのフリースに包まれた胴、
つまり内臓は無傷だった。・・・彼が自分を守ってくれた、そんな気もした。

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今回「残ってしまった」自分は、これから何をすべきなんだろう、何が出来る
だろう、布団の中で悶々と考えていた。身体の痛みと、心の葛藤でなかなか
寝付けずにいた。

眠くなるまで時間を潰そうと痛みに呻きつつ寝返りをして枕元のノートPCを
あけた。そしてMLの仲間が発した、とあるページを見たとき、その答えの
一つがわかった。あまり長く存在出来ないリンク先だと思うので、見れる
うちにぜひ見て欲しい。
 
  「ありがとう」って言いそびれたヤツいる?

自分は顔面に張ってある血とリンパ液が染み出し続け止まらずたまに
滴るガーゼが涙で薄まるほど・・・泣けた。

かつて叔父を癌で亡くしたことがある。この時も余命が告げられ、自分
なりに苦悩したことがある。十年以上前にその頃の心情を記した文章が
これ

だが、このFLASHはそんな陳腐なもんじゃない、
特に母親からアツシにあてた手紙が、涙無しには見れない。

・・・そっか、もし死んでたら、自分は沢山の「ありがとう」を言えなかった。
つまり今まで沢山の「ありがとう」を言わずに、言えずに、ここまで生きて
きたんだ。自分は死なずに済んだ者として、まずはその「ありがとう」を
伝えよう。

---------------

この「ありがとう」は普通の「ありがとう」じゃない。

例えば「愛してる」っていう言葉は、照れくさく対象もいなくて(自爆)日常で
使えないが、「ありがとう」って言葉は簡単に軽く言える。でもさっきの
FLASHに出てくるアツシと、母親が手紙で放つ「ありがとう」はそこに
込められた万感の想いにあふれている。

これを見て「これはマザコン」とかいう女がいたら、自分はそいつを
人間として軽蔑する。

そんな「ありがとう」を自分はまだ言い尽くしていない、言い足りない。
言うまで死ねない。でも自分は「単車乗り」だから、この傷が癒えたら
また走り出す。単車を降りてでも全力で守る物(例えば再び家庭とか
子供とか)が出来るまで走りつづける。

そしたら最悪、またいつどこかの路上で野たれ死ぬかわからない。
事故ってのは今回のように自分が悪くて起きる物ばかりじゃないから。
そうなる前に、ここでもそんな「ありがとう」をいくつか言っておきたい。

---------------

まずこの世にあるもの全てへ、「ありがとう」
こんな自分もその構成要素の一つです。


自分を作るために命を自分にくれた食物となった全てに、「ありがとう」
その「命の襷」、まだちゃんと受け継いでます。


自分の兄弟、友人、知人、会社の同僚、全ての仲間達へ、「ありがとう」
あなた方が自分を必要としてくれているから、自分は生きていられます。


さくさくささん、お大事にさん、そして、なおさんへ、「ありがとう」

ここは独りでいる部屋の中でぶつぶつ独り言のようにぼやきつづける
様を、誰かがたまにチラッと覗いて行くだけのBlogと思ってたけど(自爆)
そんな自分にコメントを寄せて頂き感謝です。些細なことだけど、
ここで自分は孤独じゃなかったんだ、という事がとても嬉しかった(^^)

特になおさんの励ましは、ポジティブシンキングの源泉になっていて
精神面で大きな支えです。「ありがとう」、「ありがとう」、「ありがとう」


そして事故の連絡をオレオレ詐欺だと思ったという両親へ、
「本当にありがとう」アツシ同様、あなた方のおかげで自分は生まれ、
生きて、今ここに在ります。

なのに駆けつけて最初に血まみれのガーゼに巻かれてベッドに
横たわる自分を見てどう思いましたか?。それを思うと、アツシの
母親が手紙に込めた親の子を想う気持ち、これは彼らだけの想い
じゃなくて、人として、誰もが共感出来る想いであるはず、つまり、
そんな両親に、辛い思いをさせてしまったんだな、と深く反省してます。

離婚、事故…35歳にもなった息子が親を全然安心させてあげられなくて
心配させてばっかりで、親不孝ばかりしてて、出来そこないな人間で
ごめん。

---------------

最後に元カミさんへ、自分と結婚して、短い間でも一緒にいてくれて、

「ありがとう」

上のFLASH、目を閉じて流れる歌だけを聞くと今でも切なくなるよ、
今更だけどね。もっともっと、一緒にいられる間に言っておくべきだった。
何があっても、どんなことより最初に沢山「ありがとう」を言わねば
ならなかったのに、それが先に言えなかった。今思えばそれがとても
悔やまれる。

自分はあなたにはもう逢えない人間、つまり本当に死人みたいなもんだ
この言葉は二度と伝えられない。だけど、今言いたい、「ありがとう」。
あなたに出会えたから、自分は「今の自分」になれたんだ。

・・・あなたも今の幸せを、大切にね(^^)/

 
 

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2004.11.23

事故る

iMODEからの初投稿

今朝方、単車で事故って、久々に救急車に乗り今は病院のベッドの上

命に別状は無いけど骨折するわ顔面7針縫うわ両膝パンパンに腫れて歩けないわ‥、
冷静に考えて全治一ヵ月~二ヵ月って所だろう

しかし我ながらヘマしたな、反省しなきゃ
自分が痛いのは脂汗かいて唸って我慢すればいいけど
事故って周りに迷惑かけたのが、これから仕事の絡みやあちこちに迷惑かけるのが
…ひたすら申し訳ない

ベッドの上では考えがまわる
こんな今の自分でも、まだあちこちに人との繋がりが残ってるんだな、ってね

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2004.11.20

圧縮されない爆縮戦隊

以前UPした通り、自分はサラリーマンでありながら背広が苦手で、
ネクタイが大嫌いなスチャラカなサラリーマンだ。

まあこんなヘアスタイルでは背広を着ても似合わないというのも
あるし(まるでブレザーが制服の中学校の野球部員のようなルック
になってまう)あまり意味の無い拘束具(=ネクタイ)を締めてまで
仕事をしたくない。でも本音は電車男の最初の頃のようにファッ
ションに無関心で「モテナイ君」なブサイク中年男ゆえこういう
格好をするのに慣れてない、ってのが正解かな。

普段は私服でこっそりバイクに乗って出勤し、作業服に着替えて
研究開発をしてる気軽なワークスタイルだから余計にそう思うの
かもしれないがやっぱりネクタイは息苦しいし、ブラプラしてる
だけで機能性が皆無、そんなものは付けたくない。これがせめて
額の汗を拭くハンカチとか液晶画面拭きとかならいいのに<ばき

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…ではあるが、仕事の都合でどうしてもそういう「仮装」をせねば
ならない時もある。この日もその諸般の事情で名古屋近辺の某食品
メーカーの、某工場に行かねばならなかった。ここ一週間で自分が
取り組んできたサンプルの分析結果を持って、営業サイドが新たな
事業展開の商談をするのにあたって、開発担当技術者として同行を
求められたのだ。

技術者として作業するのであれば正装たる作業服で行きたい所だが、
この日は下見と今後の作業の段取り調査するためあちらの担当者と
初めて会い打合わせをするので礼を失した姿で行くわけに行かない。
仕方ないので前日に背広を引っ張り出した。

実は以前のアレ以来、ネクタイを締めるのは2度目。7月に通夜に
出るために礼服を着て黒ネクタイを締めただけでその前後は一度も
ネクタイを締めていない。だから爆縮戦隊として「戦闘服」を着用
するのは実に半年ぶりになる。

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…久々に出した背広は防虫剤の匂いまみれ&ヨレヨレだった(^^;)
吊してスチームアイロンで蒸して脱臭&ヨレ対策をした。

…ああっ!、洗濯済みのワイシャツが一枚も無いじゃんか(T◇T)!、
ちゅーことはしかたないので以前のをそのまま着るしかない<ばき
襟が汚れて少し色が付いてるような気がしたのでブリーチ剤を希釈
して古歯ブラシでチョンチョンと付けて脱色(^^;)
吊してファ○リーズを噴霧し、スチームを当て、その後アイロン。
するとアラ不思議、クリーニング後のような仕上がりに♪<ばき

十数本しか持ってないネクタイ(殆どが親と兄貴からのお下がり)も
低温でアイロンをあててしゃっきりさせる。

…うーむ、アイロンって単純だけど偉大だな。自分がもしカタギの
サラリーマンなら使用頻度がもっと高い家電製品なんだろうけど、
自分は雑誌をバラしたりワッペンをバイク用ジャケットに溶着させ
るのにしか使っていないんだよね。

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そんな濃紺の十数年前のリクルートスーツと、結婚生活時に元義父
さんから貰った自分的にとても大事なコートを着て、艶が無くなり
かけた革靴を履いて駅へ向かう。そうそう、元義父さんについては
思う所があるのでまた後日改めて書こう。

新幹線に乗る駅までは都心方向に向かうので危険な「爆縮」傾向に
あるのだがさすがに都心と違い圧縮限界を越え臨界に達するような
車内圧には達していない。

新幹線に乗る駅に到着し、切符を買い、自分が乗る列車をホームで
待つ。ホームを通過する新幹線の速度がハンパじゃないな、生理的
恐怖を感じる。

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乗った新幹線はのぞみ177号、席は禁煙指定席の6号5列のC。

タバコの煙でアレルギーに近い症状が出る(気管支が腫れてゼィゼィ、
って呼気音になる)自分は薫蒸室たる喫煙車には乗れない。それなら
デッキで立ち乗りするほうがマシだ。早く新幹線の全面禁煙化と、
ついでにブータンのように国内タバコ非合法化を切に願う。タバコ
税が無くなったら財政が大変!というのならば、消費税や所得税が
上がってもいい。生きるのに快適な環境が得られるのならば身銭を
切るのはちっとも惜しくない。

新幹線の中で持参した今日の打ち合わせの情報に目を通して頭中に
叩き込む。戦闘員たるサラリーマンにとって新幹線の中も「戦場」、
つまり職場だ。物見遊山に行くわけじゃない、移動している時間も
会社は自分に給料を支払っている。ならばそれに見合った仕事を
しなければ給料ドロボーだ。

…と周りを見回すと、他の「戦闘員」は寝てるかマンガ読んでるの
ばっかり(^^;)

まあ人は人、自分は自分だ。自分の信念はそんな中でも揺らがない。
名古屋駅で降り、今回の仕事の同行者たちと落ち合い、現場に行く。

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…無事に名古屋での仕事を終えて、駅で同行者と別れた。

新幹線の切符売り場は長蛇の列だった、ここ一時間以内の指定席が
埋まったと構内アナウンスがされている。自分は昼飯を食ってない
事もありゆっくりとメシが食いたかったので一時間半後のこだまの
禁煙指定席をget

名古屋駅近辺をうろつき、駅構内東側半地下にあるレストラン通り
で一番端にあるとんかつ屋に入り、名古屋らしいジャンボ味噌カツ
定食を発注。

misokatu

1370円でご飯と千キャベツが食い放題♪遠慮無く両方お代わり♪

ここの女性店員が自分の好きなaikoにそっくり!一瞬本人かと思う
ほどに(^^;)。会計の時に「似てるって言われない?」と聞いたら
やっぱりよく言われるらしくて照れまくりながらも喜んでくれた。
…か、かわいいじゃん(*^^*)<ばき

かわいいコに出会えてしゃべれるとうれしいな♪たのしいなぁ♪
ハッ!これじゃ本当にヱロ中年オヤヂそのものじゃん、_| ̄|○
でもそっか、キャバクラに男が行くのはこういう楽しさを求めてる
からかもね。自分はわざわざ金を払って「営業トーク」したいとは
全然思わないけどな。

-------------

ホームに入りKioskで青柳うぃろうを自分に対する土産(泣)として
買う。好物なのだ。そんな売店には戦闘服姿のサラリーマンが大挙
して押しかけている。その手には既に仕事の武器は無く、駅弁と、
ビールと、つまみと、スポーツ新聞の夕刊が。

往路は仕事の一部だけど復路は戦闘服姿とはいえ仕事は無い(人が
殆どだろう)。彼らは無事に、自分の闘いを終えたのだ。ある人は
勝ちどきを挙げながら、またある人はヤケ酒して、この日の闘いを
終えて家路につくのだ。戦闘員のオジサンはみんな疲れているんだ。
戦士にも休息は必要、乾杯ーーーっ!

…そういう不思議な開放感が、この時間のKioskと帰りの新幹線の
車内にはある。

かく言う自分も、まあ硬い事言わず缶ビールの一本や二本飲んでも
いいじゃん、と思う。実際復路車内で出張報告書でなくこの文章を
モバギで書いてるくらいだし<ばき


------------

だが、闘いを終えた戦士達に酒が入り、メートルが上がってくる
(=死語)と話しは別。通路を挟んで反対側にいるオヤヂ三人衆が
すっかり宴会モードになって酔っ払っていやがる。これがたまに
デカイ声で笑ってうるさい。あーっ、まったくオヤヂどもはコレ
だからっ!(-"-)
                  ↑  ↑  ↑
     そういう自分だってさっきaiko似の店員としゃべって
     喜んでた中年男のくせになぁ(苦笑)

------------

日常で圧縮されることに慣れてる爆縮戦士達は、開放感あふれる
新幹線で旅すると外に向かって膨張モードになってしまうようだ。
いつもが圧縮率が高いだけに急に開放されると抑制されずに暴発
してしまうのだろうか?ガード下の飲み屋街で繰り広げるような
「高圧ガス抜き」をあろうことか車内で…(-◇-;)

うーん、こいつらを、このまま朝の通勤電車に放り込んで「圧縮」
したらどうなるだろう?大人しくなって静かになるのかな?いや、
圧力に耐えかねて「パンク」して・・・吐くだろうな(苦笑)

 

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2004.11.17

私的TW改造法

それなりの台数のバイクを所有するに至った自分ではあるが、その中でも
特別な存在はヤマハのTW200だ。自分にとってのメインバイクはTDMでも
テネレでもSRXでもなくこのTW。ちょっと前の大ブームになる以前からその
素性を見抜き愛用している。そんな我が愛機は87年式の最初期型、
こんなやつだ。

TWama.jpg

今ではTWを街乗りバイクだと思っている人も多いだろうが、それは大きな
間違いだ。厳密には「OFF車」ですらない。これはアドベンチャートレール、
冒険用バイクなのだ。

その性能はカタログスペックでは語れない。それを一見すると単なる非力な
バイクに過ぎない。だがなぜドラムブレーキなのか、なぜ低圧縮比でロー
プロファイルカムで結果16PSなのか、なぜ7Lしか入らないタンクなのか、
なぜセルが付いていてキックも付いているのか・・その理由が一つ一つ
判って行くたびに、このTWという乗り物から離れられなくなっていった。

--------------

自分は売れセンの単車はあまり好きじゃない。それは作る側が消費者に
媚びているのが目に見えてしまうからだ。だからちょっと前のTW200や、
今のTW225は全然ダメダメ。自分にとってそれらは単なるパーツ取りの
車両に過ぎない。角目ライト&ゼッケンカウルを失ったところで、TWはもう
「TW」ではなくなってしまった。

オリジナルのTWは設計者が何を考え、どういう思い入れを込め作ったのか
ものすごく良くわかる。というか、乗っていてそれを嫌というほど判らされて
しまった。自分はこういう、技術者の想い、作り手のメッセージがはっきりと
表に出ているバイクが好きだ。つまり、技術者が作りたくて作った
バイク、そういうのに魅力を感じる
のだ。

TWは元々一部のマニア(≒自分)にしかウケず、大ヒットモデルのセローの
影に隠れて一時は販売中止になりかけたほどの不人気車だったが思わぬ
形で大ヒットする。その前までヤマハのラインナップから外れなかったのは、
作った技術者が販売継続を訴え続けたからだという。そんなエピソードも
実にTWらしい。

だが現行のTW225や、FTR223や、CB400SSや、VanVan200や、W650や、
250TRからはそういうメッセージが殆ど伝わってこない。そこにあるのは

 「こうすればとりあえず売れそう」。

技術者魂が完全に幽体離脱してて「技術者はこれは作りたくなかったん
だろうな」という悲哀すら感じれてしまう、と言ったら言い過ぎか…
オーナーの方、これを見て気を悪くしたらごめん。

--------------

でも「何かのモノマネ」は「オリジナル」にある「魅力」を欠いてると思うのだ。
例えば音楽だって、カバー曲はオリジナルを絶対に超えられないじゃん。
a〜haの「Take on me」のラップ調カバーを聞いた時は気分悪くなった(苦笑)

ただ、勘違いして欲しくないのは、モノマネでも媚びたマシンでも、いいものは
いい
って事。例えばZ1000S1とZRX1200、前者がオリジナルだし高いけど
乗り物としては後者がいい。なにせ静かで、速くて、安全で、安いのだ。
工業製品としてはもう勝負にならないほどに後者がいい。同じ理由で
伝説となってるXR1000よりは現行のスポーツスター1200の方がいい
だろう。「魅力」は弱くても「実力」は新しい方が比較にならないほど、
圧倒的に上だ。

そういう意味では自分の初代TW200より今のTW225の方がブレーキも止まるし
パワーもあって、初心者が街中で乗るには安全な乗り物だと思う。いや本当に。

---------------

でも、自分は確かに止まらないけどドラムブレーキの方がいい。どうしてだか
判るかな?それはTWにはドラムでなければならない理由があるから。
その理由を挙げるとこうなる。

 1)ドラムブレーキならスペアのレバーホルダーとレバーがあればクラッチ側と
  兼用出来るのでレバーを折ったりレバーホルダーが割れても修復が容易。

 2)ディスクが剥き出しだとガレ場や崖から滑落してディスクを変形させたり
  キャリパーをヒットして走行不能になる可能性が高くなるがドラムは大丈夫

 3)切り株や岩にブレーキホースを引っ掛けブチ切ってオイル漏れを起こして
  走行不能にならない。ケーブルならタイコリペアパーツやスペアケーブルを
  持っていけばその場で修理出来る。

・・・本当にハードな所を走ったことの無い人には、こんな理由は思いつかない
だろう(苦笑)。でもTWはそういう所を走るために生まれた単車だ。TWに乗って
そういう所を走ると、TWはOFF車ではなく、実はトライアル車に近い
思想で作られている
と判るはずだ。

かつて自分はTWに乗って北海道の廃道を走ったりしてたのだが、そういう
所では仮にマシントラブルが発生して走行不能になると下手すると命を落し
かねない。例えばこういう所とか。

tw.jpg

そういうアタック走行をしてたので、わが相棒たるTWには様々な仕込みと
改造がしてある。

 ・崖から落ちた時に引き上げるためのロープ(10m)&カラビナ2個、
 ・ヘッドライトは汎用性のあるH4球仕様に改造済
 ・キーをONにしなくてもエンジン掛けなくてもヘッドライトが点灯可能  
 ・キーをONにしなくてもホーンが鳴らせる
 ・ハンドル周りにスペアレバーホルダー&ブレーキレバー仕込み
   (ホルダーもレバーもクラッチ側にも使える兼用なのだ)
 ・タイヤレバー2本&エアポンプ&パンク修理キット常駐
 ・方位磁石装備
 ・左右ミラーには洗濯バサミ各5個
 ・シガーライターソケット増設
 ・スペアボルト類&ナット類装備
 ・応急処置用針金兼フレーム収納式蚊取り線香ホルダー2個
 
…他にもいろいろあるが、あとは内緒(^^;)
基本的には冒険&野宿旅をするための改造と装備を施してある。
繰り返しになるが、TWから外していいノーマルパーツは一つもない。

TWの太いタイヤは、街中でアスファルトを蹴るためじゃなくて、
自然の中で大地を掴むためにあるのだ。

mud.jpg


--------------

このように武装したTWを駆り、かつては毎年北海道へツーリングに
行っていた。コレがその時のパッキング。北海道ではキャンプ場が
あちこちにあるのでキャンプ泊がメインだ。つまりこの装備には自分
ひとりが野宿して旅する(≒一人で生きる)のに必要にして十分、が
凝縮されている。

だから一泊でも、一週間でも、一ヶ月でも、一年であっても、時間と
わずかな金さえあればこの生きるための最小限の道具を相棒に
積んで「旅」を続ける事が出来る。

しかも、この姿のままでとんでもない悪路に踏み入り、走破することが
出来る
のだ。こんな凄いバイクは世の中に(ノーマルの)TW以外に
存在しないだろう。

Tw02.jpg


--------------

そんな自分的にほぼ完成の域に達しつつある愛機に、最近新たな改造を
施してみた。これは輸出仕様のTWにしかない装備の一つ、そんなパーツを
探し、発注して、それを装着してみた。これはずっと以前から欲しかった
装備なのだ。なお、同じ装備をTDM850にも施している。

それがこれ。品名「リヤフラップ」、P/Nは「5EK-21621-00」、値段は557円。

TWnow.jpg

つまり、リヤの泥除けを延長するパーツ。ヨーロッパ仕様のTW125には
標準装備されている。

最近の小僧がやる改造はノーマルリヤフェンダーを取っ払ってしまうようだが、
ヤマハの誇るセローが「カモシカ」ならば、TWは”Traveled Warthog”の略、
つまり「旅慣れたイボイノシシ」の事だ、と言ってそうそう!と納得して
もらえる「旧来のTW乗り」ならば、この改造の意味と意図をちゃんと正しく
理解してくれるだろう。

街乗りには不要かもしれない、でも「旅」には要るのだ、これが。

---------------

最初期型でしかもノーマルのTWはもう見かける事が難しくなってきた。
自分のもついにガソリンスタンドのバイトの幼いにーちゃんから、

「OFF仕様のTWって珍しいカスタムですね」

と言われる始末と相成ったが、昔はOFF車としてのTWを愛するチームがあった
らしい。たしか「ざ・TW組」というクラブが別冊モーターサイクリストの
1999年2月号の「追跡シリーズ191・TW200」という記事の中で紹介されて
いる。

蛇足になるが、その記事の最後にある「オーナーからの一言」に、
実は自分も載っている(笑)


 

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2004.11.10

「電車男」に思うこと

今、巷では「電車男」の本が売れているらしい。2ちゃんねるのスレをまとめた
本らしいが、最初はあまり興味がなかった。2ちゃんねるはかつて友人が
画像と実名を晒されて叩きをされていた事もあり、どちらかというと悪い印象
しか持っていなかったからだ。

だが、そのストーリーの成り立ちに興味を覚え、書籍ではなく、ネット上で一連の話を
纏められているHP
をGoogleで探し、それを見てみた。ふむふむ・・・

・・・そしてMISSION・6のラストまで読み終わるまで、一度もPCの画面から目が
離れなかった。最後は、自分自身が経験したそれまでの出来事や、当時の
思いまでもが入り乱れ、…泣けた。

-------------------------

そこにはトレンディードラマや、韓国ドラマ、こぎれいなファッション誌にある
ようなスマートで、お洒落な、でも「吊るし」の恋愛ストーリーではなく、また
渡辺なんとかさんの書く痰壷か肥溜めのようにドロドロした汚らしい愛欲入り
乱れる粘っこいストーリーでもない。

どこにでもいそうなサエない男が一生懸命に頑張り、それを回りで茶化したり
励ましたり、叱ったり、アドバイスいたり、共に喜び合う「仲間」達の、身の
丈で原寸大の感情移入しやすい笑いあり感動あり、そして最後に涼風が
駆け抜ける気持ちの良い話が何一つ飾ることなく綴られているのだ。

ああ、これにリアルタイムで参加したかった!

この中で「走る」電車男は、TVに出てくるような生まれてから一度足りとも女に
不自由した事の無いような男と違って、それまで一度もモテた事のないオタクな
男だ。その姿が、かつて似たような青春を送っていた自分と激しくダブる(自爆)

世の中には、中高校生の頃から彼女がいて、その女に飽きたら乗り換えて、
とっかえひっかえして遊びまくる男も(女も)確かにいる。でもそんな生き様は
「自分ら」には出来なかった。それがどんなにしたくても、それを横目で見てる
しかなかったよな、電車男よ。

そんな彼が最高の相手と出会い、一世一代のチャンスを生かし、2chの仲間の
力を借りながら、一喜一憂しながらそれでも確実に成長し、最後は告白し、相思
相愛を確認しあう、このストーリーは、恐らく男の多くを占めるだろうモテナイ君や、
かつて何らかの恋愛をしたことのある男たちに必ず「何か」を感じさせたり、突き
動かされたり、自分自身の経験とタブらせ過去を思い出させる「魔力」を持っている。

少なくとも、告白前に手を握るだけでこれだけ盛り上がれる話は、
プロの作家にはどうやっても書けまい。

-------------------------

自分もこの話を読んで、最後に嬉し泣きして、そしてかつての自身の記憶を鮮明に
思い出した。…実は彼ほどではないが、こう見えても自分もかつて「奇跡」を起こした
ことがあるのだ(笑)

そして居ても立ってもいられなくなり、押し入れに放り込んだまま放置してた以前の
メインPC、古い486マシンを引っ張り出し、立ち上げた。懐かしいwin95の起動画面を
長々と見ながら待つ。記憶が正しければそこのHDDの片隅には、かつて自分に
起きた「奇跡」を圧縮したLZHファイルがまだ残っているはず・・・・・・あった!

それは今は「無き」元カミさんと付き合い始めた頃に交わたメールのバックアップ。
その当時自分にとって二番目に大切な宝物だった。一番目?当然元カミさんだ<ばき
彼女にとってはさほど大事なものじゃなかったようだが、自分は最後までずっと持ち
続けてた。

汚れた大人になってから純だった小学生の頃校庭に埋めたタイムカプセルを
掘り出して開けるように、恐る恐るその圧縮ファイルを解凍して、その中にあった
テキストファイルを開き、自分自身の心をあの当時にマインドタイムスリップさせた。

-------------------------

一度会っただけで妙に気になる彼女に(つまり一目ぼれってか?)近づく為に、
何か何かと何かしらのきっかけを探したっけ。ひょんなことからその機会が
訪れたのに、テレくさくて、そっけない対応しか出来なかった。事実自分が
一番最初に彼女に出したメールには、なんとたったこれだけしか書けなかった。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - -
    >先日お約束した画像ファイルです。
    >
    >御領収ください。
    - - - - - - - - - - - - - - - - - -

そこから奇跡的に続き紡ぐメールのやり取りに毎日毎時が楽しくて嬉しくて!!

そして想いを伝えていない好きな人に初めて電話する時の、あの緊張感は
電車男のそれと同じ、電話を持つ手が震え、汗をかき、何度も何度も指を
ボタンに伸ばすのに、かけられない!!。
当時人生最大の勇気をもって、何度も確認しながら押した番号、そして鳴り
始めるベル、そしてそれが止んだ瞬間のあの緊張感!無我夢中でしゃべり、
終わった後の幸福感♪告白した時の緊張感、想いが通じたときの絶頂感、
初めて手を繋いだときのドキドキ感、初めて抱きしめたときの、離したくない!
というか愛しい!というような、あの気持ち・・

まるで自分がジェットコースターに乗っている!と思う程の毎日だった。
本当に、本当に楽しかった(^^)。

その前の失恋から立ち直れず、もう一生恋愛なんて出来ないんだなと
沈んでいた頃や、そこから立ち直り「もう恋愛なんてしねぇぞ」、と開き直り
趣味に生きていた頃には想像すら出来なかった。・・・ありゃ?そういや
今はちょうどこんな感じだな(苦笑)

--------------------------

電車男のストーリーに引き続いてそんな頃の「タイムカプセル」も一通り
読み終わってみて、思った。人間失格な自分でも電車男と同じように、
こんなにも『がんがっていた』んだな、ってね。

そう思ったら何か無性に元カミさんの声が聞きたくなって、思わず傍らに
あった携帯電話を手に取った。しかしそこでやはり手が止まる。

・・・で、電話出来ん!電車男よ、俺にあの時の勇気を!!
・・・ってか、元カミさんの連絡先がわからん_| ̄|○ ←電車男風

なにせ、こんな事をしないように(しないけど)、メルアドも、電話番号も、
引越先の住所も、婚姻生活中に知り得た彼女の全ての情報は完全に
抹消して手元にあるのは一枚の写真だけ。
でもこれでいいのだ、好き合う電車男とエルメス嬢と違って、別れた
男と女からは何も価値あるものは生まれはしない。

こう見えてもシャイな中年男なんで、こういう話を直接人前で話す事は
めったにないが、タマにすると、さらにタマにこう聞かれることがあるので、
その時はこう答えている。

他人:「・・とするとinoさんはまだその元カミさんが好きなんですか?」
ino :「おう、好きだよ、そんな相手でないと結婚出来ないよ」
他人:「じゃあなんで離婚したんですか?」
ino :「そんな大好きな人を自分では幸せにすることが出来ないからさ」

--------------------------

よく聞く台詞にこんなのがある。

「男と女が長年付き合ってると愛情ではなく単なる情しか残らない。」

自分の場合はその逆だな。さして長くない時間で思いを残して別れたので
「愛情」から「情」が取れた。つまり広い意味で「愛」しか残ってない
例えば死別した夫婦やカップルなんかも多分こういう感じだと思うけど違うかな?

だから元カミさんが仮に今の生活の中で不幸になっても不憫とは思わないし
同情もしない。それが彼女自身で選んだ生き方だからね。でも常に幸せで
あれ、と願ってやまない。

そんな訳で近状を知りたいとは思わない、だが最近おせっかいな知人
(≠友人)が語った風の噂が本当ならば、今の彼女は自分と暮らしていた
よりも幸せになっているらしい。その今の旦那が俺のような人非人では
なく、もっといい人でありますように、そして何よりも彼女がこれからも
ずっと幸せでありつづけますように・・・(-人-)ガンガレ!

--------------------------

電車男のストーリーを読み、そして埋もれかけた自分の過去をも、こうやって
ほじくり返して、その結果、年甲斐も無くこう思うに至った。

「ああ、恋がしたいな」
    ↑ ↑
  文字だから打てるけど口からはとても出せん(^^;)

タイムリミットも近いから(自爆)、それまでにあと一度くらいは「恋愛」して
みたいもんだ。電車男の話には、バツイチ中年サラリーマンにもそう思わせる
だけのパワーがあったのだ。だが自分はそんな事をシラフで言える歳でも、
戸籍でも、顔でも、収入でもない…_| ̄|○ ←電車男風

でも元カミさんと付き合う前の大失恋だって俺は立ち直り、恋愛して結婚まで
したじゃないか。やればオレだって出来るって事だよ。

などと、思いつつ古いPCの中身をバラバラ見ていたら、なんとその大失恋の、
その時を書いたファイル(電車男のように相談していた友人に結果を報告した
メール)までも出てきた(^^;)

恐る恐る読んでみた・・・そういやこの時も未熟な俺なりに相当『がんがって』
いたなぁ・・若気の至りとはいえ、この時も我ながらよくやったよ。結果玉砕した
けど今も悔いは無いもの。

もう時効だろうから、もしそんな自爆ネタが読みたい人がいれば笑い話のネタ
にでもどうぞ。そういや以前この旅のエピソードの一部をここ
流用したっけ。

--------------------------

自分でも、また以前のように『がんがれば』もしかすると何か新しい事が
起きるかもしれない。そのためには何よりまず自分側から何かのアクションを
起こさねばならないんだよな(^^ゞ

よーし、まずは出会い系サイトへGo!<ばき
#うそうそ(笑)


 

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2004.11.06

ウルサ過ぎる排気音は不要

一見すると見分けのつかない一般人と単車乗りを一発で見分ける方法が
ある。それは単車や車の排気音を「いい音♪」と思うか、「迷惑な騒音」と
思うか、だ。

かく言う自分は「単車乗り」なんで、適度な音量、音質の排気音は
アグレッシブで心地よい響き♪、と思ってしまうタイプの人間だ。だが、
世の中にはそんな人、つまり単車乗りは少ない。だから世の中の
多くの人は、

 「バイク≒騒音発生源(五月蝿い)≒危ない」

というイメージが無いだろうか?昨今の現状を思うとそれは仕方が無い。
だって乗ってる本人が誰よりも一番ウルサイと思うし、危ないと思うもの(自爆)

だから、一人でブイブイ走っている時はあまり気は廻らないのだが、
狭い商店街とか歩行者が歩いているトンネルとか、夜の住宅街とか、
ベビーカーを押すお母さんの横とかは、迷惑かけて申し訳ない、と
極力静かに走る。場合によってはクラッチを握って惰性で走り抜けたりも。
赤ん坊を抱いた母親の横を通る時は、キルスイッチでエンジンすら切る
事もある。スヤスヤと眠る赤ん坊に、無触媒のコ汚い排ガスを吸わせたく
ないからね。

----------------

そう、単車乗りだけど自分はあまりやかましい排気音は好きではない。
乗っているバイクも殆どがノーマルマフラーか、純正流用か、社外品でも
かなり静かなレベルのマフラーしか入れない、と言うか入れたくない。
爆音は乗っている自分自身が音にやられ草臥れるし、頭痛がする(苦笑)

…なもんで、直管の族車は当然、不健康で死にそうな鼓動を吐くボロい
ハーレーや排気干渉バリバリで音量音質共に耐え難いレース管付けた
ドカティーの改造車や2km先にいるのがわかるサイレンサーの入ってない
ウス汚いSR400とか排気音が一定で聞いていてちっとも楽しくないデカい
スクーターの五月蝿い奴は同じ単車乗りとして括られたり見られる事が
恥ずかしくて情けなくて悲しくなる。

そんな自分のバイクのマフラーとキャブは以下の通りだ。小さい奴から
並べてみた。なんでキャブも?、と思うかもしれないが、吸気音は結構
無視できない音源なのだ。

      マフラー  キャブ          備考
 ------------------------------------------------------
 QR50   ノーマル  ノーマル  一応レーサーなので五月蝿い
 CRM80   ノーマル  ノーマル  ブン回すと2stサウンドを吐く
 BW'S100  ノーマル  ノーマル  触媒入りマフラーは静か
 TW200   ノーマル  ノーマル  ノーマルを超えるマフラーが無い
 TZR250RS YUZO    ノーマル  JMCA、でもYUZOは元々静か
 TY250ZS  TY250Z用  ノーマル  レーサー品だがノーマルと同等
 SRX600  ヨシムラ  CR33φ   吸気の方が五月蝿いかも
 XT600Z  輸出用   ノーマル  北米XT600S用バッフル装着
 TDM850  OVER    ノーマル  最初期型は多段膨張式で静か

…奇しくも250cc以上のバイクは全部マフラーに手を入れているな(^^;)

その目的は軽量化とパワー(≒フィーリング)アップで、音量音質とか
デザインは二の次。だから装着することで必ず実利が得られる製品しか
使わない
し、使いたくない。ノーマルから替えることで音量は確かに上がるが、
不思議とその車種向けに発売されてるマフラーとして一番静かな奴をチ
ョイスしていることに気が付く。そして不思議と、デザインもまとまっていて
カッコ良かったりする(ナルシーか?)

つまり、「爆音≠性能UP≒ルックスUP」って事だ。

闘うために極限に性能追求され研ぎ澄まされた戦闘機のスタイルが
シャープで美しいように、性能を突き詰めるとデザインも良くなるのは
不思議といえば不思<ばき

----------------

でも、やっぱり、バイクの音は一般民間人にとっては単なる「騒音」に
過ぎない。近隣住民と仲良くすることは単車乗りである前に一市民と
して必要なことは以前UPした通りだ。良好な関係を
維持し続けるためにはまず最初に自分が努力するのだ。

例えば音量のデカイバイクは極力アイドリングを控えるとか、お隣さんが
洗濯物や布団を干していたら、エンジンをかけないで人力でバイクを
道路まで押し上げるとかそういうコマめな努力はかったるくても必ず
実を結ぶのでやったほうがいい。

----------------

それでも乗るマシンによっては走り出す前にアイドリングしておかねば
ならない。ピストンクリアランスが大きい鍛造ハイコンプピストンを仕込んだ
SRXは1分以上の暖機運転が必要だし、ご機嫌ナナメになるといくらキック
してもエンジンが沈黙する「キックの鬼」XT600Zなどはその最右翼だ。

余談になるが、自分のXT600Zはこんな感じ。ここのNo.10がそれだ。
またXT600Z-TENEREと言う超マイナーバイクの情報はここにあるので
参照されたし。自分はここの会員No.23だったりもする:-p

----------------

空冷600cc単気筒の音は静かなヨシムラサンパーでも、輸出仕様だが
純正マフラーでも響く。我が家の場合、軒下や庭からバイクを出すには
自宅と隣家との狭い間を走らねばならない。自分がもし単車乗りじゃない
隣家の立場だったら、そんな所を単車で走って欲しくない。

SRXはセル始動だし、辛うじて人力で押し上げられる軒下に停めてるので
その隙間を押し歩く。だがXTは庭の土の上にあり、そうも言ってられない
場所にある。で、編み出した技がこれだ。

自称「ダブルサイレンサー・暗殺者モード」(笑)

silent.jpg

マフラー開口部に、さらにもう一つサイレンサーを取り付け、サイレンサーを
直列ダブルにする。XT600Zの開口部にはレーサーパーツと交換し余ってた
TY250ZSのノーマルサイレンサーがすっぽりはまるのだ。しかもその取付け
角度は画像のようにナンバープレート類と同じになる。

それを上向きにして差込み、そのまま回転させて下向きにするとナンバー
プレートの右端でそのサイレンサーが押さえ込まれるので、このままエンジン
を空ぶかししても排圧ですっぽ抜けない。偶然とは言え特許モノの機構だ。
着脱も片手でラクラクだし♪

----------------

この状態でエンジンをかけると、スクーターやカブよりも静かなんじゃないか?
と思うほど静かになる。カムチェーンやカム、タペット音の方が大きいと
感じる程だ。

ノーマルだと、「ズドドドドドドド!!」
でもこれなら、「ストトトトトトト・・」

軽く吹かすと、「ズバババッ!バババババァーン!」
だったのが、 「カヒョ?ン…ヒョヒョヒョ?ン…」

・・・と、なるのだ(笑)

----------------

この方法を使うと20年前のXT-Zがまるで普通乗用車のように静かな
排気音になるので可能ならばこのまま公道を走ってみたい、とも思う。
だが、さすがにフン詰まりになるからエンジンが回らなくなるだろうし、
排圧高すぎて壊れそうだし、2kg弱もの重たいカタマリをこのままプラプラ
させながら走るわけにもいかないのでちゃんと固定が必要なんで無理。

それに単車ってのは静か過ぎると逆に車から気付かれずに左折で巻き
込まれたり横から車線変更してきて、いきなりサイドアタックされたりする
ので危ない(経験済
)
つまり、一部を除いた健全な単車乗り(笑)にとって排気音ってのは、

 「大きすぎは他人に迷惑と判ってるが、小さすぎは自分の身が危ない

という正と負の葛藤に苦しむシロモノだ。普通の方、意外でしょ(^^;)?<ばき
その相反する曲線の交点、つまり許容範囲は、人や環境によってかなり
違うんだけどね。

----------------

このように、ある程度の音量がいる単車に比べると四輪車は実に静かな乗り物だ。
V8の4500ccのシーマなんて、ボンネットの中にSRX600やXT600Zが7台半も
入ってるとはとても思えないほどに静かで無振動だ。セルを回してもエンジンが
かかった事に気付かずもう一度キーをひねってしまったりするほどに。

そう考えると、単車ってのはその存在自体がもはや反社会的なのかも…とも思う、
フジツボから重低音ボクサーサウンドを放つB4に乗る自分であった<ばき!


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2004.11.03

庭先菜園の驚くべき収穫

ここのBlogの時系列をどんどん遡って行ってもらえば判るのだが
離婚後の孤独生活を支えてくれていたのは大きく分けて仕事と趣味だった。

その趣味は大きく分けて3つ、乗り物系と、ライフコスト削減と、植物の育成

本当は動物大好きなんで、色々な生物と一緒に暮らしたいな、と思うのだが、
一人暮らしなんで犬、猫は飼えないし、長期地方出張が多いんで魚や小鳥や
虫やモエビなんかも飼えない。命を預かる以上、ハンパな事は出来ないからね。

-------------

前フリが長くなったが、今回はその植物の話。それも以前の雑草ではなく、
ちゃんと食える家庭菜園の方だ。

野菜、つまり食える植物を育てる事はその成長過程を楽しむだけでなく、
その成果がそのまま食生活を豊かにしてくれるし、無駄な食費の抑制にも
一役買ってくれる。つまり『一石三鳥』って訳だ。こんな面白い事やめられん(^o^)

夏頃にジャガイモを収穫した話をUPしたが、その時にサツマイモの育て方もUPした。
サツマイモはこのクソ暑い夏に太陽エネルギーをガンガン吸収してスクスクと育った。
元はたった5個のイモだったのに、そこから芽を出し、蔓を伸ばしていた。
8月に現場に出張する前は、まだ大した事無かったのだが、9月に帰ったら
庭が半分イモヅルで埋め尽くされ、フェンスがイモヅルで生垣になっていた!

inoumi.jpg

うわー、一ヶ月半見ないだけでこんなになるんだ、へぇ?、と関心しただけで何もせず
すぐ次の現場に出張に出てしまった。今から思えば少し刈っておけば良かった。

ハードな仕事を片付け、3週間ぶりに帰ってきたら、庭は全面イモの葉で覆い尽くされ、
隣家の庭に侵入するわ、上記フェンスを乗り越え向こうの駐車場に分厚く垂れ下がるわ、
庭に置いておいた単車が4台蔓で絡め取られるまでに凄まじく成長していた(^^;)
残念ながらその画像は撮っていない。

-------------

迫り来るイモヅルから家を守るため、先週庭を上の画像まで取り戻すべく鎌を手にした。
イモヅルは網目のように縦横無尽に庭を走っていて、長さも10m近いものもあった。
あまりに量がありすぎて、刈った蔓が山になったのでゴミ袋に詰めたらこんなになった。

inoumi.jpg

…あまりの量でゴミ捨て場に一度に出すのが気が引けて一週間かけて捨てたよ(^^;)

で、今日はついに収穫だ!残ったイモヅルを無情に刈り取ってゆく。
葉っぱはまだピンピンで、新芽も沢山出ている蔓は新鮮な命を感じる。
それをカットしてしまう事に罪の意識すら感じる。勘弁してくれ・・・・(T人T)

・・ゴミ袋がまた山になった頃に、ようやく蔓の根っこに到達した。さあ、掘るか♪
すると出るわ出るわ、植えた本人がビビる程出てきた。これがそのイモの姿だ。

imo1103c.jpg

これは蔓2本分。こんな沢山のイモが地面の下にあるとは(^^;)
比較のため作業時に履いていた27cmEEEEの鉄芯入り安全靴(中国製で2000円♪)を
置いた。この靴の長さが約30cmある。これを参考にしてもらえばイモのサイズが判って
もらえるかな(^^;)?

この画像のように地面に刺さっているイモを取り除くと、その下からさらに出てきた。
自分で言うのも何だが、こんな立派なイモが沢山出来ているとは思わんかった。

-------------

サツマイモを植えてあるのはフェンス沿いの幅10m×奥行き1mほどなのだが、
そのうち約1mほどの幅を掘っただけで、イモがコレだけ出てきた。これで9.5kgだ。

imo1103c.jpg

作付面積のたった一割しか掘ってないのに、こんな量を掘り出してしまった(^^;)
このまま全部掘り出しても絶対食いきれないと判断し今日はここで中断。
大豊作だ♪、でもイモは今安いんだよな・・キャベツか大根にしときゃよかっ<ばき

土の中から掘り出した直後のサツマイモは店にあるようなくすんだ紫じゃなくて
ショッキングパープル、と言った方が良いほど色鮮やかな紫色をしている。
そのイモの泥を洗い落としてアルミホイルに包み、七輪で炭火を起こして炙って焼き
食ってみた。…甘い香りが庭先に漂う(^^)。ある程度炙ってからアルミホイルを
剥いてみると採れたて、焼きたてのほくほくの焼きイモが完成♪

食ってみた。・・・ん???美味いっ!
あー、なんて贅沢なんだろう(^^)

一通り作業を終え農作業の汗と泥を流そうと行きつけの激安50円銭湯に向かう。
そのついでに掘り出したイモをいつも世話になってるバイク屋に差し入れた(笑)

-------------

と、言うことでまだ全部を掘り出してないけど、サツマイモの家庭菜園は大豊作が確定。
にもかかわらず、このイモ畑では実は自分は殆ど何もしていない。芽吹いたイモを植え
ただ勝手に生えるに任せていただけだ。太陽と大地と大気と雨と植物の力は凄いのだ。

ジャガイモの時も思ったが、根菜は(特にイモ類は)楽々ノーメンテで確実なリターンが
このように期待出来るからオススメだ。主食になるので食費も確実に落とせる。
なお今回掘り出したイモだけ食ってればとりあえず一週間は食い繋げるのだが
毎日イモばっかり食うつもりも無いので実家や、ご近所や、会社、バイク屋(笑)に
おすそ分けする予定。せっかくの大地の恵み、独り占めは良くないぜ♪

なにせ掘り出していない推定80?90kg?のイモがまだ庭に埋まってるし(^◇^;)<ばき


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2004.11.01

車椅子≒メガネ

自分の職場には車椅子の同僚がいる。

職場は完全とは言い難い中途半端なバリアフリーだが彼はそつなく
仕事をこなす。最近は街中でも車椅子の人を見る事もさほど珍しく
ないが、自分の場合は車椅子を使う彼が居るのが普通の日常なんで、
それを特別な事だとは思わないし何の違和感も感じない。

----------------

足が悪いから車椅子を使う。それは視力が弱いからメガネをする事と
何ら大差が無い。もっと簡単に言うなら寒いから上着を羽織る事や、
作業するから軍手するってのと同じかな?…ただそれだけの事なんよ。
彼の日常の働きぶりをみているとそれが分かる。

そんな彼は、実は車椅子バスケの選手だ。会社の部ではなく、社外の
サークル活動でだが、あちこちの試合に参加しているようだ。実は
最近北九州市で行われていた「全日本ブロック選抜車椅子バスケット
ボール選手権大会」に関東ブロック代表選手として参加していた。

で、今朝、彼が出勤していたのでその戦果を聞いてみたら…なんと!
見事優勝!!やったな!おめでとーぉをおををっ、げほげほ、おをを!

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目標があって、それに対して頑張って努力した結果、それが報われる、
って言う事は素晴らしい事であり、また羨ましくもある。自分は最近
ガムシャラにやってた現場仕事でしか、それを成し遂げてないもんな。

そこには健常者だろうと障害者だろうと(個人的にはこの表現が好き
じゃない)何ら差は無くて、そこにあるのは「一人の人間」としての
生き方、つまり「生き様」そのものなんだな。

自分もそんな頑張れる「何か」を見つけたいな、それは仕事じゃなく、
人としての生き方の「何か」、今までダラダラと生きた結果分かった、
自分がやってはいけない事や、やる資格が無いもの、手段こそ目的と
なりかねない仕事で命を消耗させる事、そんな言うもんじゃなくて、
新しい、今後の人生を捧げるにふさわしい正真正銘の「生きがい」を
…ね(^^)

----------------

一度は手にしたけど失った『それ』を、また探すために、俺も日々を
頑張って生きよう。傷付き身動き取れないだって「心の車椅子」さえ
あれば、そしてそれを恐れずに使えば、また以前と同じようにきっと
動けるように…なるからさ。

よし、まずは今日の会社帰りに激安食材を探して節約生活に拍車を
かける所から始め<ばき!

 


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