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2005.03.09

35歳からのスキー&スノボ挑戦(前編)

…元々雪山には縁の無い人生だったが、でも今では雪山が楽しい(^^)♪
こうなったのは、実は去年からだ。そのエピソードと現状を紹介してみる。
ダラダラ書いていたらえらく長くなったので初の試みとして分割してみた。

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通っていた高校の修学旅行がスキーだったのでそれがスキーデビュー戦と
なるはずだったが、高校2年の正月にやっていた郵便配達のバイトに
行く途中、自転車で原因不明の事故にあい、頭部強打による重傷を負い
スキーどころではなかった。原因不明なのはその時の記憶を喪失してる為。

その時の様子は、後日自転車ネタでUPしよう。

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多くの人がスキーデビューするだろう十代後半、自分は大学時代だが
その頃は持っているパワーを授業とバイトと単車にほぼ均等割りして
注いでいたのでスキーどころじゃない青春を送っていた。

大学は工学部
だったので結構忙しかったけど、週4回のバイトをこなし
スキーをしそうな部活やサークル活動に参加する時間は全く無かった。
春休み夏休み、冬休みは一般学生のように遊ばず、暇さえあればバイトを
入れてガンガン稼いだ。日中は工事現場、夕方から深夜までコンビニと、
バイトのダブルヘッダーでようやく貯めた金で車とバイクの免許を取り、
中古のRZ250Rを買い、稼いだ小遣い(親からは中学生までは貰っていたが
高校生から貰わずに自力で稼いでいた)と、たまの休日はそれに全て
注いでいた。RZ-Rは殆ど毎日触って弄っていた。最後は31Kの腰上を
新品で組んだり…オレもあの頃は若かったなぁ(^^)<ばき

なもんで、大学生活中も雪山に出る事は一度も無かった。

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就職2年目の冬、自分は親会社の研究所に出向し分析技術を習得中だった。
そこの面々がそろってスキー大好きな連中で、冬になったら職場スキーに
誘われた。自分は一度も経験した事が無かったが、これも付き合いだ、
やってみるか、と参加することにした。

ツアーバスでゲレンデに着き、装備をすべてレンタルして装着。
集合した彼らからリフト前で5分ほど以下のレクチャーを受けた。

 彼らA:「転ぶときは尻を落として山側に倒れろ」
 彼らB:「止まるときは板をハの字にしてふんばれ」
 彼らC:「曲がるときは外足に体重を掛ければ曲がる」

初めてのスキー板に戸惑いながらもロッジ前の平地のような所で
ヨタヨタしながらそれをやってみた。・・・確かに止まるし確かに曲がれた。
たったそれだけのレクチャーで自分は言われるままリフトに乗らされて
山のてっぺんに連れていかれた。それがどういう事なのかすら、
当時のウブな自分は分からなかったのだ。

それは赤倉の一番高い山のてっぺん、リフトからスマートに降りられず
転げ落ちた自分はそこから下る斜面を見て絶句した。マジかよ!
全員がバリバリのスキー上級者集団の彼らは現状に絶句してる自分に
「じゃあ下で待ってるから」と一言言い残し、とっとと行ってしまった。
眼下に広がる急斜面で足がすくむ自分はなすすべなく呆然としていたが
どうしようもないので挑戦してみた。でも35度以上ありそうな急斜面に
板を履いたばかりの人間が対応出来るはずもなく、すぐさま十数m転落、
雪まみれで立ち上がろうとして即転倒、急斜面を滑落、それを繰り返した。
3〜4回ほど転げ落ちる事で一本目の急斜面を終えた時にはもう右膝を
不自然に捻じっていて靭帯を傷めていた。

痛くて痛くてもうスキー板を付けていられなくなり、やむなく板を担いで
靴を緩めびっこを引きながら丸一日かけて一人でゲレンデをトボトボ歩いて
降り、ふもとの診療所に行った。同行者は滑落を繰り返す自分の姿を下から
ビデオで撮影したあと勝手気侭に滑っており、一度も遭遇できなかった。

その日の夜の宴会で、自分がブザマに滑落してる姿を繰り返し上映されて
ゲラゲラ笑われ、ああ、なるほどね、スキーってのはこういうもんなんだ。
良く分かった、理解した。じゃあいいや、もう一生スキーなんてしねぇよ。
・・・と一人心に誓ったのだった(^^;)

一泊二日のツアーだったが翌日は膝が腫れ上がり宿から出られず、一日中
そこにあった漫画を読んで、午後バスに揺られて帰り、そのまま病院送り。
それから十年チョイの間、自分の眼中に雪山が入る事は一切無かった。
途中、リトライのチャンスはあったけど、日常だけでなく、そこでもまた
比較されこれ以上ダメ出しされるのかと思うと…とても行けなかった。

でも今思えばそれは正解だった。行っていたら「雪山PTSD」になってた。

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2年前の離婚で自分という存在が無意味、無価値となり、自分を支えていた
錨(≒足枷)を失って自由というつかみ所の無い大海原に投げ出され、
そこで漂流しながら少し考えた。

…気が付けば自分ももう34歳、人生の折り返し地点はとっくに通過していて
もうやり直しが効く年齢ではない。そんな人生の守りに入る理由が無くなって
しまった今、年甲斐も無く、「攻め」に転じてもいいんじゃないのかな?
どうせもう、自分に失うものは何も残っていないのだから。

そこで、それまでやった事の無い事や、逃げていた事、やりたくても
様々な事情で出来なかった事を離婚を契機に積極的にやる事にした。

例えば四輪車は生活と荷物運びだけ、スポーツや趣味性は二輪車で追求、
と言うそれまでの主義を曲げて5MTのB4-RSKを購入して280馬力のターボと
4WDを満喫したり、カーステを弄ったりレカロを入れたりして車弄りに進出、
二輪車もどうせ趣味性を突き詰めるならそれに適したマシンを買っちゃえと
コース走行用にTZR250RSを購入したりと、所帯持ちでは難しい事を平気で
やりはじめた。

それとあわせて端から見たら自虐的にも見えるだろう貧乏節約エコライフ
食える野菜を庭で育てる家庭菜園家計簿付けによる家計管理など行い、
副産物的給料UPもあって結婚時よりも圧倒的に金が余る状態を作り出し、
その金で外貨で遊んでみたりもしている。

つまりここのBlogはそれの記録でもあるわけだ<ばき

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そんな中、去年の冬に柏崎に出張していた時、途中一日だけ休日が取れた。
そこで思い切っていっしょに仕事をしてるスポーツ万能な後輩に頭を下げて
頼んでみた。

 ino:「頼む、俺にスキーを教えてくれ」

翌朝、車で一時間程のキューピットバレーというスキー場で99cmの短い
ファンスキーを借りた。そして後輩に基礎から教わりながらスキーの
イロハを黙々と練習した。

バイクで140MPHで巡航することもさほど苦でない単車乗りである自分は
自分で制御が出来る範囲であるならスピードはちっとも恐くない。
例えば完全に制御された遊園地の絶叫マシンなどは、乗るともう
楽しくて楽しくて、ずっと笑いが止まらない。

でも制御されない速度は歩くような低速でも恐い。スキーはまさにそれだ。
ハの字で「止まる」と「曲がる」しか分からないから、一度斜滑降になると
もうアウトだ。何故かって?怖いから斜滑降中に速度を落とそうとして唯一
知ってる制動方法であるハの字にしてしまうから。すると結果として谷側の
内エッジに全体重がかかった状態で速度を停止寸前まで殺してしまうから。
そしてそのままでは怖くてハの字になって浮いた山側にある外足に荷重が
どうしても移せないから。今となっては嘘のようだが、最初はそれで悩んだ。

だがある時ふっと気が付いた。それがブレイクスルーポイントだった。
それは「曲がるのと止まるのは実はまったく同じ行為じゃん」って事。
それそれが独立した行為じゃなくて、速度制御はターンの一種だし、
ターンをより急激にかけるとエッジが立って止まる、つまり両者は同じ。

直滑降から始めて少し左か右に振って、外足の内側エッジで減速しながら
曲がり、そのあと斜滑降で殺した速度を取り戻して、今度は逆の外足の内側
エッジを効かせる事で減速しながら逆に曲がって・・を繰り返せばゲレンデの
下まで滑って降りられるのだ。そのターンの角度が大きければゆっくりと
小さければ速度を上げて滑ってこれる。(これはあくまでも初心者の理論ね)

この時、ターン中は外足が殆ど仕事してるから、内足はハの字にせずに
持ち上げ気味にして外足にそろえてしまったほうがいい、この方が急制動用に
内足の外エッジも使える。・・気が付けば、ボーゲンを脱していた。

最初の連中も、後輩も、入門書も、スキースクールも、なんで一番最初に
こんな肝心な事を教えてくれないんだろう?
ハの字で止まるなんてのは
平地か直滑降だけに有効な方法じゃないか、それと同じハの字の体制で曲がる
プルークボーゲンをその時にいっしょに教えるから、超初心者はそれを別の
テクニックだと勘違いして混乱するのだ。(オレだけか?)

ブレーキ(スロットルoff)で寝かせて曲がり、スロットルonで引き起すのは
単車乗りなら分かるだろう、教習所でのパイロンスラローム走りそのものだ。
スキーはそれにOFF車のブレーキターンとアクセルターンを組み合わせた
ようなもんだな。最初からそう言ってくれたらそれで分かったのに<ばき

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そんな突然のブレイクスルーで開眼し、足の親指付け根あたりのエッジで
速度と方向をほぼ自在に制御する感覚がわかった事で俄然楽しくなってきた。

最終的には初心者用ゲレンデを自由に普通に降りてこれるようになり、
スピードにも少しは乗れてきて、自分自身がこう思える状態になった

 ino:「あっ、今、俺滑ってる、すげぇスキーしてるじゃん!

これでわかった、「なんだよ、スキーって実は面白いんじゃん」、と(^^;)

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その2週間後に出張が終わった。帰る前に長野に住む単車乗りの友人に
こう連絡を入れた。

 ino:「出張帰りの途中でそっち寄るから、スノボ教えてくれない?」

彼は以前からスノボをやり込んでいたのでこんな申し出を快諾してくれた。
何故にスキーの後にスノボに初挑戦!なのかというと、スキーもスノボも
ほとんど初体験、つまりまっさらからのスタートなので両者に偏見が無い、
ある意味良いスタートだったから。

周りを見ていると片方が滑れると片方に挑戦しなくなる傾向が見て取れた。
自分はどうせやるならスキーもボードも両方滑れるようになりたかったので
初めから一方だけをやらずに均等に両方を経験し、向き不向きが分かったら
その時点でどちらかにのめり込めばいい、そう思ったのだ。

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柏崎から帰るその日に、友人と白馬五竜というスキー場で待ち合わせた。
中年男には無謀かもしれない、スノーボードに初挑戦するために。


                      --- つづく ---

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コメント

inoさん。
ずいぶん鮮烈なデビュー戦だったんですね。
よくぞ再チャレンジしてくれました。

飽きたりハマったり波はありますが、私のスキー歴は長いです。
今はお付き合い程度に行くだけですが十分楽しいですよ。
レジャーが多様化して世間一般のブームはかなり下火…
それでもやっぱり冬は雪山ですよね。

夏の暑さと日差しが苦手で、バーベキューや海水浴といった夏イベントには
ほとんど参加しない私ですが、冬だけは活動的になります。
山に降る雪は大好きです。

投稿: なお | 2005.03.11 18:32

なおさん、いつもコメントありがとう(^^)

「つづく」、としておきながら、諸般の事情が発覚して
続きをUPしてません、その事情のおかげで今も…(T◇T)
#何の事かは・・・後編に書きます(謎)

正直相当嫌なメにあいましたが、このまま「逃げる」のは
何か「負けたまま」になりそうで悔しかったんですよね。
それに雪山ならばこんな自分でもまだリトライ出来ますし。

かく言う自分はスキーもスノボも両手で数えるほどしか
経験ありません。つまり「ド」が付くヘタクソです(^^;)
でもヘタなりに両方面白いです。もう若くはないので
これからあまり上達はしないかもしれませんが、
残る余生を楽しめる先の長い趣味になりそうです(^^ゞ

そういや自分も暑いのは苦手です。夏は涼しい山中で
野宿とか北海道ツーリングとかの避暑方向に走ります。

投稿: ino | 2005.03.12 00:32

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