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2005.05.24

久々に殴られる

今日、色々あって、付き合いのある人を激しく怒らせてしまった。
そこに至るまでの過程や背景はあるが一切の言い訳はしない。

何故?何故?と限界まで原因を追求すれば真実が見える。
「彼に理があり、自分に非がある」

どんな形であれ自分のした事の責任は全て自分自身にある。
声を荒げ怒鳴り壁を叩く彼がそこまで怒るのを自分は理解出来る。
決して怒らせたり不快にさせたかった訳じゃない(これを言い訳というのだ)
それが結果こんな事になり、心の底から申し訳ないと思う。

いきなりつかみかかられ、殴られた。一切抵抗はしなかった。
痛かったけど、これは明らかに自分が招いたものだから。

人は殴られるようなことをしたら、殴られねばならない。
それは「暴力」とは違う、決して一緒にしてはいけない。

・・・でも痛いな、これは耐え難く痛い。

この痛みは物理的外傷や、交通事故の痛さとは違う、心の痛みだ。
でも、彼はもっと痛かったんだな、その痛みをもたらしたは自分だ。
だから許してくれとは軽々しく言えない、許してくれなくても構わない。

そんな自分に今やれる事は、彼に対する心からの謝罪と、
これからそれを態度で示すこと、そして同じ過ちを誰に対しても
繰り返さない事。・・・ただ、それだけだ。


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後日談:

翌朝、彼に出会うとバツの悪そうな顔で、突然謝られた。

一日たって冷静になり、彼も自分に悪意があったわけではないと
分かってくれたようだ。彼自身の衝動的行動も反省していた。
でも原因を作ったのは間違いなく自分なので、自分も繰り返し謝る。
お互いがお互いの非を認めて謝り、反省し、これで一見は日常に戻った。

男女間や、全くの赤の他人とのトラブルの場合は絶対許されざる事だが
それなりに知っている男と男の場合、その程度にもよるが「一発」が
出ると実は関係修復は早い。運動部の若者が夕日が沈む海岸でボコボコに
殴りあい砂浜に倒れこんで笑いあって親友になる、という昔の青春ドラマは
ある意味間違ってない。

逆に、一切表に出さず延々と根に持たれ、陰湿な想いを心の底でグツグツと
発酵させつづけ、そのガスがたまるたびにネチネチと責め立てられるよりも
一気に高まった感情を爆発させて、それを納得して受け止めるほうが
お互いすっきりするからだろう。

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とはいえ一度壊れた人間関係ってのは基本的に「元」には絶対に戻らない。
『覆水盆に帰らず』、というのは物理現象でも、人間関係でも成り立つ
万物固有のエントロピー増大の法則に則った真理だからだ。
…残念ながら、多々の経験で自分はそれを知っている。

程度の差はあれ、人との関係ってのは純真無垢な無傷の状態のままでなく
多かれ少なかれ傷を付け合い、そこを修復し補強しながら「成長」させて
ゆくもんだ。その過程がないと、些細なことで破綻する脆い関係になる。
仮に成長させつづけていてもその傷が断裂するほど深い致命傷があれば
その関係は一発で終わる。

その傷を表面上取り繕って見た目だけ元に戻そうとしても、一度負った
傷は消せないし、元の強度も無くなる。傷が深ければ何かの拍子で
また鮮血が滲む。誠意無くそのまま放置すればその傷は広がり、腐る。
場合によっては傷だらけで機能を失ったまま無理やり元の形に治すことが、
かえって残酷だったりすることもある。

だから、壊れたらそこで終えて元に戻らないのも一つの生き方だ。

でも壊れたのですぐ投げ出して捨ててしまうのは一番簡単で安易だ。
中には壊れてよかった、これで捨てられる、と言うような直す努力を
する価値が無いものも、確かにあるけどね。

だけれども、一度壊れてしまったそれを、お互いが改善し修復しよう、
その方がより良いと判断し、互いが努力し、共同作業を始めてみれば、
その過程で今まで見えてなかった互いの良い所を新たに発見したりもする。
もし、逆に悪い点が見えてきたら、そこの時点で投げ出したって遅く無い。

そして結果、修復が叶った場合に、二人で修復したそれは、以前の原型を
まったく留めないほどにつぎはぎや、添え木、ガムテープだらけの
ような他人から見たら不恰好で不完全な形に仕上がっているかもしれない。

でもそれは二人にとって壊れる前のものよりもずっとずっと強固で、
遥かに価値のある、努力するだけの甲斐のある「絆」、だと思うのだ。


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コメント

inoさん。

なんか、大変なことがあったみたいですね。
inoさんの心の痛みが伝わってきます。
相手を傷つけてしまった痛み。
そして、傷ついているinoさんの痛みも。

とりかえしがつかないことってあります。
しちゃったり、言っちゃったり。

そこで、ゴメンナサイって素直に言うことって
大切なことだってみんなわかってるんです。
でも、こんな簡単なことが大人になるにつれて
できなくなってくる。

私、できないことがしょっちゅうあります。
ゴメンナサイぐらいじゃ済まされないよなあ…
って考えちゃって。
でもやっぱり大事なのはタイミング。
しまった…!と思ったらまずゴメンナサイって
つい出ちゃうくらいがいいんですよね。
事の大小は関係ないし、対処はそれからですね。
素直さって気がつくと失われていくのかも。

inoさんみたいに堂々と自分の非を認められる人って
すごく立派ですよ。
終わったことは覆らないけど、inoさんの誠実さは
その彼にきっと伝わったと思います。

人間誰しもミスや失敗はあるから、
失敗したときに謝る素直さと
相手を許す寛大さを
持ち合わせていたいですね。

投稿: なお | 2005.05.25 18:01

なおさん、こんな情けないネタまでコメントしてくれてありがとう。

ご覧の通り、自分は弱っちいダメな人間ですよ。
挫折も沢山しますし、こうやって失敗することも多々です。

悪いことをしたな、失敗した!ってのは、実はしでかした本人が
一番よくわかってるんですよね。でもそこで、まず最初に
「でも自分は悪くない」、「仕方なかった」、「知らなかった」
と、自分の保身のために、ついつい言い訳を考えてしまうもんです、
かく言う自分もそうです。

でも、何より一番最初にしなきゃいけないのはそんな
自分の正当化じゃなくて自分が認識してる通りの非を認めて
相手に謝ることだと思うんです。

何一つ失敗しない人間なんていませんよね。
だから失敗するのは、そしてそれを謝罪するのも、
何ら恥ずかしいことじゃない。

でも失敗から何も学ばないのは恥ずかしいです。

失敗ばかりの人間の都合の良い言い訳に聞こえるかもしれませんが
自分は人は失敗をしても構わないと思うんです。
そして愚直に同じ失敗を繰り返してもそれでもいいと思うんです。
でもそれは失敗してもそれを反省せずにすぐ正当化して、
何度も繰り返すのではなく、その失敗を認識し、反省し、
それを繰り返すまい、という努力が感じられる
場合に限りますけど。

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あっ、そういえば忙しくて恒例の家計簿をまとめるのを忘れた(笑)
明日にでもUPして、いつものココの雰囲気を取り戻します(^^ゞ

投稿: ino | 2005.05.26 21:36

inoさん。

自分の正当性を主張する。
私、それですね。
私は悪くないって今まで思ってました。

日頃、上司の朝令暮改の指示命令に振り回されることが多く
結果として、言葉通りに動くと上司の思いと違っていて叱られる。
言葉の裏側にある真意をなかなか読み取れません。

その真意もコロコロ変わるので、
一心同体じゃあるまいし、ついていけないよって思ってしまう。
で、言葉になって出てくるのは
「私は指示どおりに動いたのですが…」
という言い訳になるのです。
心の中では「適切な指示を出さない上司が悪い」という思いが消えなくて。

どうしたらもっと大人になれるのでしょうね。
結果として相手の思い通りにならなかったわけだから
やっぱりゴメンナサイって言うべきなんだなあ。
反省。。。

投稿: なお | 2005.05.27 17:52

なおさん、それはちょっと違うかもしれませんよ(^^)

本当に正当な事はちゃんと自分の正当性を主張する必要があります。

自分が謝る必要がある、と思うのは、明らかに自分に非があって、
そしてそれを自分自身がはっきり判っている場合です。

なおさんの例で言えば、指示されたことを自分が頑張れば出来るのに
放置したり、ド忘れしたり、自分の努力不足で達成出来なかったり、
例え自分自身に責任の無い不可抗力であっても、
自分自身に起因する原因で無くても、それが達成出来なかったら、
自分はまず最初に頭を下げて謝ります。

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また、例えば普通に外を歩いている時にいきなり後ろから殴られて、
「お前、オレ様の道を勝手に歩くんじゃねぇ」と理不尽な言いがかりを
付けられたら、それは謝っちゃダメです(笑)

実はその道が本当にその人のもので、それを知らずに不法侵入していたら
それを納得行くまで聞いてから、ちゃんと謝りましょう(笑)

自分が本当に悪くない、それが本当の正義だ、と
思うのならそれは主張しましょう(^^)b
でも、それが間違っていることが判ったら、今までの自分の言動に
明らかに矛盾していてもそれを、真実を認めなきゃダメです。

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他にも例えば1:9の交通事故の場合、1側であっても
自分には本当にその分の責任があるのならば計算して
9-1=8の主張をするのではなく、9分は主張し、1分はちゃんと謝る、
また自分が9分側だと判ってるなら当然まず最初に謝る、
でもその後で1分は主張する、…そういうことです。

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仕事の進め方についてはちゃんと判りやすい指示をしない
上長に非がありますよ、マジです。

自分が労働に従事する某発電設備などは、作業指示が
あやふやだと、ヘタすると仕事をする自分が死にますし、
逆に自分が作業現場監督をする場合、適切な指示を出さないと
仕事をしてくれる作業者を自分が殺すことになります。

仮にそれが事務仕事にしろ、一発で死に至る危険な仕事でも、
人の上に立ち、仕事を率いるリーダーってのは、そういう
重責を負ってるんですよ。

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自分がされて嫌な(つまり自分自身はしたくない)「自分の正当化」は、

…例えばウソをついて、それがバレたときに開き直ったり、
自分がした失敗を他人のせいにして自分は関係ないと逃げたり
確かに悪かったけど、それをさせたのはあなたのせいだ、と
屁理屈に近い身勝手な責任転嫁をするような、

・・・そういう人として見苦しいモンです(苦笑)

 

投稿: ino | 2005.05.27 20:52

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