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2005.11.23

あの事故からもう一年

最近は色々と忙しく走り回っていて、気が付けばもう勤労感謝の日、
ようやく「足を止めて」休む事が出来た。昨夜は01:00には寝れたし
目覚ましも07:00にセットしたので、たっぷり朝寝坊出来た♪

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勤労感謝の日、といえば、去年自分が単車で事故った日だ。

そう、去年の今日と言えば自分は救急車で病院に担ぎ込まれて
アスファルトに叩き付けられてズルムケになった左顔面に麻酔を
ガンガンに打たれて、裂けてべろ〜んと剥けた皮膚を縫い合わせる
応急処置を受けた直後の一時待機室にいたっけ。

一年間って、長いようで、アッという間なんだな。今でもあの当時の
事を細部まで鮮明に思い出せるのに。あの痛みや自戒の念までも。
それでも、この一年間のという時の長さを最近は鏡を見ると感じる。

あの時に顔面に負った傷も、全く怪我の事を知らない人が見たら
多分それほど気にならないだろう程度まで、「復旧」しているのだ。
ハゲかけた中年のブ男だから元に近い形に戻ってもメリットが無いし
歳や過労に応じてそれ相当に老け込んでいるから、老人の娯楽に
過ぎない毎日の病院通いよりももっと無駄な医療費を使ったのかも
しれないけどさ(苦笑)

あ〜あ、どうせメスを入れたなら再婚しやすいようにイロ男化する
大改造しちまえばよかったかなぁ(-_-;)<ばき

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事故った当時、自分は飛ばされ、頭から路面に落ち、ジェットヘルの
バイザーとゴーグルを割りながら顔面をアスファルトで摩り下ろして、
挫滅創と擦過傷、打撲傷を負った。今から思えばよく首を折らずに
すんだもんだ。

つまり一歩間違えれば死んでいた可能性が高い。だが幸か不幸か
一歩は間違えなかったようで死なずに済んだ。たぶんそれはほんの
紙一重の差だったと思う。嘗て我が友は7年前、典型的右直事故で
曲がってきたタクシーに跳ね飛ばされて、死んだから。

それ以外にどういうメカニズムか判らないのだが、両膝関節骨折、
左手中指骨骨折、その他打撲傷を負い、這うように退避した歩道で
寝転がっていたら数分後にやってきた救急車のストレッチャーに
乗せられ救急病院に担ぎ込まれた。その前に自分で自分の顔面を
割れたミラーの欠片で見た時、

 ino :「オレの俳優人生もこれで終わりか(T◇T)」<ばき

じゃなくて、率直に、そして冷静にこう思った。

 ino :「あちゃー、これじゃ元には戻らないだろうな」

潰れたり、破片が刺さってたり、皮膚が捲れたり、削れたりして
ダラダラ血が流れ出てて、まるで熟れたトマトを潰して裂けた
ようになっていたから。

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応急処置で施した顔面の抜糸が終わり、削れて無くなった皮膚に
周囲から肉芽が盛り上がって行き生傷がようやく塞がり、当ててる
ガーゼにリンパ液が染みなくなったのは事故後一ヶ月以上たって
からだったかな。その当時から、その一ヶ月後くらいの時、自分は
下のようなツラしてた。女子高生に気持ち悪がられるくらいのね。

この時点で、実は顔面の輪郭や原型が回復してた事も凄いが
ズル剥けた部位は当時まだこんなだったのだ。気持ち悪いかも
しれないけど、これも自分の真実なんであえて晒してみよう。
ガーゼ取れた直後と、その一ヵ月後の比較。でもさすがに
フルサイズ張ると気持ち悪いだろうからサムネイルでね。
もし拡大したければ画像をクリックしてくれぃ。

kao1a

目玉の内出血は左顔面が紫色に腫れ上がっていた時の名残で、
幸いにも視力に影響は出ず、他のズルムケて赤みが出ていた
傷と共に段々と消えた。だが鼻の横の傷はここの皮膚が削れて
無くなっていたため肉芽が盛り上がり徐々に大きくなっていった。

医師の薦めもあって、人生初の形成外科手術を受けたのは
以前UPした通りだ。その結果、ケロイドは切除され、その後の
傷跡も月日とともに段々と目立たなくなって、今ではこの通り

kao2a

右端が最近の傷跡。ここまでくれば立派なもんだろ(^^)♪
ダラダラと延びた中年男の鼻の下を若干切除したんで
左側の口元だけが上にリフトアップしちまったけど(^^;)。

それ以外の傷跡も今では大して目立たなくなったから
とりあえずファンデーションで隠さなくてもいいわ♪<ばき

でも、あのズルムケ完熟トマトみたいな顔面がこんな風に
回復するとは現代医療と、生き物の自己回復力って…
凄いもんだね(^^)♪

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そう、あの事故で負ったダメージは思えば身体だけだった。
経済的ダメージも確かにあったけど、カネで済む事ならば
そんなのはビビたるもんだし、仕事面でも回りに助けられて
結果早期に現場復帰を果たすに至った。

ただでさえ孤独なバツイチ中年男のネガティブ化スパイラル
によって放っておけばかってに下落してしまうメンタル面も
その後いつもコメントをよせて励ましてくれた「なおさん」の
お陰で殆ど痛まずに、それどころか、かえってポジティブに
なれた。自分のこの一年間は、なおさんが寄せてくれる
コメントに相当救われてた。本当にありがとう、なおさん(^^)/

もう「なおさん」はここにはいないけど、一度直接お会いして
ちゃんとお礼を言いたかったな(^^)

そう、実はどんな医療技術、投薬、自分の自然治癒力より、
自分が一番楽になれた「治療」は、ここでのなおさんや他の
友人らとの交流、リハビリ先の美人の整体師と交わす会話<ばき!
迷惑をかけた職場の人間関係、多々の友人らとの直接の
コミュニケーション…だった気がする。もしそれらが無かったら、
こうやって顔の傷は癒えても心の傷は塞がらずに、いまだに
「出血」を繰り返してしていたかもしれない。

確かにそれらが無くても「時間」という遅効性万能薬が傷を癒す。
だけどそれだけは心傷の程度によっては回復が思うようには
出来ないもんなんだよね。

それだけでなく、さらに共に新たな出会いや痛みを紛らわせる
出来事や、より楽しい生きがいがあれば「傷」はより早く塞がり、
そして自身の自己治癒力が活性化して、全ての相乗効果が
良い方向に動いて、結果再び立ち上がり、再び歩けるように
なるんだよね(^^)

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とはいえ、身体の傷と同じで心の傷も回復不能なまでに大きな
心の欠落や、回復途中で様々な作用が働いて本来とは違った
いびつな形に癒着してしまったりしてずっと苦しむ事もある。

自分の場合は…離婚のそれがそうかなぁ(苦笑)<ばき!

発作的衝動によって、突然「大出血」する事はだいぶ減ったけど
それでも、未だに苦しい事、あるもんなぁ…

元カミさんを筆頭に、二人を知る友人知人にとってそれは
とっくに「枯れて風化し消えかけた過去」になっている。
自分は独りで頑張らねばならないけど、それでも早くその
レベルになるまで「回復」して、顔の傷と同じようにあの頃に
相当の年月を感じられるくらいになりたいもんだp(^◇^)q

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ここまで書いて、ふと思い立って、単車に乗り、今まで避けて
通っていた事故の現場に行ってみた。一年前と同様の事故現場
までのルートを忠実に再現し、走る。そして事故って通過する事が
出来なかったその現場を今度は何事も無く通過した。よっしゃ!!

これでようやくあの事故からは、完全に回復出来たぜ(^−^)
 

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コメント

本内容の顔面傷跡撤去手術後について、メールで問い合わせが
あったのでそれについていくつか解答します。ご参考までに。

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Q:ケロイド除去手術後、再発しませんでしたか?

A:ケロイドの再発は傷が塞がった直後の細胞の活性が
  高いときに刺激が加わることで起こるようなのでそれを
  防止し、傷跡を綺麗にするために、抜糸後から一ヶ月間
  くらい、左顔面の動きを抑制するかなりハデなテーピングを
  施してました。傷の動きを防止するとともに、他の傷跡も
  含めた日焼け防止効果があるそうです。そして、大口を
  開けて硬いものを食ったり、げらげら笑ったり怒ったり、
  という顔面の大きな動きを極力しないようにしていました。

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Q:切除後、広がる方向に傷跡が引っ張れませんでしたか?

A:上記テーピングはそれを防止することも兼ねていたので
  それはありませんでした。そのかわり、皮膚の一部が切除
  されているので、左側だけ上唇が釣りあがる形になりましたが、
  傷口が安定してテーピングを日焼け防止だけの小さい
  ものに変えてから、顔面を動かして、喋って、飲み食いを
  普通にしだした所、最初は目立った左右不対象な形が
  段々目立たなくなってきました。それには約半年くらいは
  かかっているかもしれません。その間も、日焼け止めを
  傷跡に縫って、薄い皮膚下にメラミン沈着をしないように
  するよう指導を受けていました。

  現状では、切除後の傷跡は真一文字の縦幅の無い、
  すこし凹んだだけのものになってます。シコリやツッパリも無く、
  なんら不自由も違和感も感じていません。さらに今でも日々
  目立たなくなって行っているようです。数ヶ月ぶりに会う
  知人が会うたびに目立たなくなる、と言ってましたので。

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Q:何か注意する事はありませんか?

A:術後は「ともかく動かさない」事に尽きると思います。
  場所が場所なので大変だと思いますが、ケロイドは
  基本的に傷跡に動的な刺激が加わると出来やすいようです。
  自分の場合、手や足では関節の近傍の傷がケロイド化
  する傾向があるようなので。顔面はよく動く所なのでそれを
  動かさないようにするのは大変だと思いますが…
  関係無いかもしれませんが食う物とかも大きいものや刺激の
  強いもの、劇辛とか、熱いものは避けてました。

  あと直射日光だけでなく、反射光や、蛍光灯を含めた
  紫外線を極力避け光学的刺激を防止することも重要な
  ポイントのようです。

  自分の場合ケロイド治療薬のリザベンも処方されましたが
  副作用の方がきつくて本来の数週間連続飲みが出来ません
  でしたが、それでも傷の活性が一番高い抜糸の時までは
  頑張って飲んでました。でもそれは気休めくらいにしかなって
  ないかもしれません。
  
  リザベンについては右サイドバー内に医薬品の効能を
  調べるHPへのリンクを張っていますので、それで調べて下さい。

投稿: ino@追記 | 2006.01.14 16:57

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