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2006.02.23

カネは自由を奪う

自分が横のサイドバーでリンクを張ってる「世捨て人の○」なるHPがある。
諸般の事情により、本文中ではあえて伏字としておく。

この人、昔は自分と同じように偏屈だけどキラリ!と光る貧乏節約術を
使いこなし、独特の感性で培った広い触手で世論を読んで、それでいて
趣味も満喫しながら中年フリーターとして日々労働しながら生きていた。
当時の(今もだが)キャッチフレーズが、

 「人を使わず、人に使われない、人生めざして」

最初に彼のサイトを発見した時はその目指す生き様に共感したもんだ。
とはいえ、中身をよく読むと女性に関する考え方とか、結婚観とかでは
絶対的に相容れられない方向性の違いもかなりあったけどね<ばき

------------

そんな彼は、コキ使われる労働者たる自身を自嘲しつつ、いつかそれを
脱して「自由人」になる、という明確な目標を有してた。早期リタイヤして
自由人として生きる、という目標を今後どうやって展開してゆくのかが、
離婚して普通人としての未来を失い、自暴自棄気味の自分には楽しみ
だった。

だが彼、AZMA氏は日々の労働に飽きあきしてたようで、自身の生き方、
ポリシーそのものである「自由人」という言葉の意味を、いつしか何故か
「働かずに食う」と偏狭な意味に歪曲して、それまでの労働でせっせと
貯めた、たった700万の小金を握り締め、定期安定収入が得らている
優良バイトを辞め株の世界に入った。

その結果が、彼のHPの中で逐一報告されているので是非見てほしい。
手持ちの小金を常時フル回転させ、短期薄利多売で利鞘を稼ごうという
無謀な挑戦を繰り返し、結局半年もたたずナケナシの資金のもう約2割
失っているらしい。あ〜あ。

自分が彼の立場なら「株で食う」という目標を立てた「自分の株」を
一度損切りして、清算する
のに十分な損失を出してると思うけどな。

あっという間に損した金を貯めるのに一体どれだけ大変だったのだろう?
そしてそれを不毛な株取引で揮発させずに、実生活で使っていたとしたら
どれだけの間、気楽な日常の生活が出来たのかが、ちょっと銭勘定のみ
に熱くなってる脳みそをクールダウンすれば理解出来るのだろうが、今は
まだその精神状態になるのは難しそうだ。

しかもかつて彼が目指した「カネは無くとも心豊かな自由人」とは程遠い、
日足チャートと株価にがんじがらめに縛られ、ヘタすれば夢にまで株価が
踊りかねないような生活をしている。かつてフリーターだった頃には職場を
愚痴りながらも、その狭間で少しでも確実に手にしていた「自由」を完全に
失ってしまっている生活を続ける無様さに気付いて欲しいと思うのだが・・

ま、大の大人が自己責任でやってる事だから、余計なお世話だわな:-p

でも最近の内容をみると彼のサイトのキャッチフレーズを、以下のように
変えた方がいいんじゃないか、と思えてしまう。庵主、見てたらごめんよ。

 「カネを使って、カネに使われる、人生を実現」

少なくともタイトルに掲示してるキャッチフレーズは今のままだととても
実現出来そうに無いな、株をやる前までは実現出来そうだったのに。

せめてトントンか、せめて毎月食ってく程度の利益が得られてかつての
彼らしい「自由人」の生き様や誇りを取り戻してくれ、と祈ってるが(-人-)
秒単位で価値が変動する財産を抱えてしまったら、もうそれは無理だ。

株価が気になって、どこに居てもそれをチェックしたくなりリラックスする
ことなど出来ないだろうし、日常から脱する旅もケイタイで株価をチェック
しながら、なんて不毛な事になりかねないからね。

事実、時事ネタを彼なりの視点で斬っていたコラムも、そういう事を考える
余裕がない、とあっさり辞めてしまったようだ。でもそういう事をしていた
かつてのフリーターとしての生き方と、今の生き方、どっちが「自由人」で
あるのか…答えはとっくに出ているような気が、自分はするのだが。

------------

彼の生き様や、面白い貧乏ネタに共感できる所もあった自分からすると、
不思議であるのは、彼はカネなんて無くても自由が得られるし、そもそも
カネを稼ぐという不毛な目的のために自分の大切な時間が奪われるのが
マッピラごめんだ!と言う確固たる信条を持っていたにもかかわらず、
完全にその真逆の、カネが主目的で、カネに自分の時間も
思考も価値観も、何もかもを縛られた「カネに常にコキ使われる人生」
という不自由極まりない世界に、しかもよりによってそのカネに
目が眩んで入っていった
事だ。

カネとは、かくも恐ろしいものなのか…(-人-;)ぁぁ南無阿弥陀仏

株で儲けて、それで食ってこうとしてる彼には誠に申し訳ないと思うが、
自分は既に彼の生き方に共感することは出来なくなっている。それでも
自分はそのHPを「素人が株に手を出すとこうなる」というリアルな
反面教師としてたまに覗きに行っている。それなり?に株の勉強をして、
仕事をやめて日中は家にヒキコモって相場の波に翻弄される事を本業に
して、足りないなりにもそれなりの覚悟を持ってやっていても…やっぱり
こうなるんだよな(^^;)、という「生きた事例」だから。

パチンコや競馬で勝った人間が賭場のヒーローになるような成功体験を
人は見せられると、往々にして自分もやれば儲かる、やらなきゃ損だ、と
思ってしまうもんだ。でもその実態は表に出るものよりはるかに多くの損を
抱えているはずなのだ。

今の株ブームもそれと同じだろう。瞬間的に得した人間ばっかりが脚光を
浴びて、本を出版したりするけれど、実際ははるかに多くの誰かが広く薄く
長く損をしてその人たちの儲け分の資金を拠出してるって事だと思うのだ。

だからこれを「マネーワーク」とではなくて「マネーゲーム」というのだな。

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では「本当の自由な暮らし」は一体どういう暮らしの事なのか?
自分は「カネに生き方が影響されない暮らし」と理解している。

じゃあ質問、以下の2つのうち、どっちが「自由な暮らし」だろうか?

 A:カネに困らないほど沢山持っている働かなくてもいい大富豪
 B:カネは持ってないけど、日銭を稼いで生きてる無宿者

答えはBだ。Aはそのカネを維持する為に余計なエネルギーが必要で、
万が一失ってしまうと、その生活が破綻する。でもBは失うものが無いし、
コレ以下に落ちても、それほど大きい影響はない。つまり、カネの影響は
Aよりも少ない、つまりそれだけ「自由」だ。

生活レベルをどんどん落としていけば、極論すればカネは無くても生きる
事は可能だ。日本の中で貧乏だ、カネが無い、という人間は、間違いなく
アフリカやバングラディッシュの貧民よりも良い暮らしをしている。
彼らも同じ人間、そしてそのレベルでもちゃんと立派に生きてるんだぜ。

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そもそも「自由」とはシガラミが少なければ少ないほど、得られるモノだ。
そしてカネはその自由を切り売りしないと得られないシガラミそのものだ。

そのシガラミが、「自由」と引き換えにする価値のある物であるならば、
それで一向にかまわない。自由は無くてもそっちの方が人間としては幸せ
だからだ。例えばそれは家族だったり、儲けは少ないけどやりがいのある
仕事だったりする。

また、自分が欲しい形の自由を得るため、自分の他の自由を切り売り
する事も有意な行為だ。それは塩漬けとなった株を損切りし、資金を
得て、新たな株に投資する行為と、実は全く同じ事だ。

つまり、「肉を切らせて骨を絶つ」って事。つまり少し犠牲があっても、
それなりの価値はちゃんとあるのだ。例えばサラリーマンや労働者が
働いて給料を得て、労働の隙間にある休日に背広や作業服を脱いで、
そのカネで自分が楽しい事をする、と言う事がまさにそれにあたる。

でも、人間が持っている自由は無限じゃない。それを切り売りしすぎて、
自由をすっかり失ってカツカツになりながら、それでもより多くのカネを
求めようとする連中が、最近あまりにも多い気がしてならない。

かつては前述の彼もそんな連中を自身のHPで批判していたのだが、
今ではミイラ取りがミイラとなって、不毛な株の世界に沈みつつある。
その姿は自分からするとまるでこう見える。

「損切り出来ず(株の世界に自身を)塩漬けし、含み損を増大させてる」

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自分が敬愛する今は亡き尾崎豊は名作「回帰線」の中に収録された
「スクランブル・ロックンロール」の中でこう歌っている…はずだ(汗)
うろ覚えなんで間違えてるかもしれないけど確かこんなこんな感じ。

〜前略

 自由って一体なんだ? どうすりゃ自由になるかい?
 自由って一体なんだ? 君は思うように、生きているかい?

 寂しがりやの君の名前すら誰も知りはしない。
 スクランブル交差点では心を閉ざし分かり合う事がない。

 どんな風に生きてゆくべきか、判ってないねBaby
 君の怖がってるギリギリの暮らしなら、何とか見つかるはずさ
 奪い合いの街角で、夢を捨てちゃいけないよ
 見栄と偏見の吹き溜まり、気をつけてまっすぐ歩いて欲しいよ

後略〜

これを迷走中の今の彼に贈<ばき

------------

かく言う自分は、「まだ」株には手を出してない。リスキーな資産運用は
ローリスクローリターンの運用基盤となるものをきっちり構築してから
でも遅くないからだ…と、言いつつ、それはとっくに出来上がっている(笑)

儲ける、とか、食える、とか、老後の資金に、というレベルには遠く遠く
及ばないが各種利子の合計が年1*〜2*万程度(当然税引後)、と言えば、
そういう事に敏感な方ならば大体想像出来るのではないだろうか?(謎)

そう、自分にはサラリーマンとしての安定的収入があり、さらにそういう
ローリスクローリターンの資産運用もきっちり回っている。だからこそ、
さらに少しリスキーな外貨に手を出せたのだ。

今のところ外貨遊びは年間*万円の為替差益と、円普通預金とは比較に
ならないほど高い金利による利子が付くので、それも小遣い銭くらいに
なっている。某銀行のNZD普通口座は普通口座でありながらなんと3.5%!
の年利が付くのさ(^^)

ちなみに外貨では一円の損も出してない。それは元々外貨相場が株とは
違って変動幅が小さく、その速度も遅い相場なので損する事が難しいし、
そこで儲けないと自分の老後や生活が成り立たない!とかいう切羽詰った
運用で無いから、損する方向へ値動きしても、ゆったりと長期的に対応が
出来るからだ。

生活は生活で確立しておいて、それとは別にあまった金で遊ぶ。これなら
損しても生活には影響が無いし、得すれば嬉しい副収入ゥ♪、となるのだ。
これならば大きな利益は得られないかもしれないけど、相当に高い確率で
資産の右肩上がりカーブが実現出来るということ。ドカン!と儲けずとも
20年で倍にするくらいの運用利率でいいや、って位の方が気が楽だよ。

------------

…思うに、相場モノって、自分にノルマを課したり、それで食ってやる!
と悲壮感をプンプン匂わせながら目を血走らせて必死になり一日中PCの
モニターに齧りついてまでして、やるようなもんじゃないと思うのだ。

それじゃまるで朝から晩までパチンコ屋に篭る連中と大差無いよ。

しかもその中の一部だけは勝って、多くの人はスって、場を提供してる
胴元(東証や証券会社)は常時大もうけ、っていう所まで全く同じじゃん。

株で食おうとしている人には悪いけど結局のところ、多くの人がやる
それは、単なる「遊び」の域を出ないと思う。「遊んでみて」それが
面白くなれば「趣味」にしてもいい。もしそれで食っていけるほどに
趣味をとことん極めたら、その後で「職業」としても遅くは無いのだ。

いきなりそれまでの仕事を辞めて、遊びを職業にして、しかもそれで
食っていこう、なんてどんな仕事でも無理だ。まるで今がブームだから
と、安直にお笑い芸人になりたがる若者と大差が無いと思うのだ。

------------

本当の自由とは、絶対にカネでは買えないものだ。だから尊い。

カネは何かの目的を達成するための手段、道具の一つに過ぎない。
カネなんて無くても、人は自由になれるし、自由でいられ続けれる。
なのにカネがあればもっと自由が買える、と錯覚するから、せっかく
持っている自由を捨ててまで余計なカネを得ようとしてしまうのだ。

この矛盾に多くの人が気付けば、一見すれば貧しく代わり映えしない
自分の人生が、実は自身に出来る労働をしながら、自分の身の丈に
見合った日々の暮らしを、つつましく継続し続けている、という、
カネが増えなくともそれでも十分に尊い、という事が、ちゃんと理解
出来ると思う。生活レベルを落とすことにも抵抗しなくなるだろう。

そしてその日々の中にある、自分自身にとって一番大切な事が何か、
その個人の自由を費やしてでも得る価値のある、絶対にカネとは違う
そのモノが、本当は何であるのかが、はっきり見えてくると思うのだ。

かつては誰もがちゃんと見えていた、でも今は集めた小銭のテカリが
眩しくて、すっかり見失って存在すら忘れかけているそれが、ね。

----後日追記----

彼はネット上から完全に逃げ出してしまった模様。
彼のHPも消滅したため、リンクは切りました。
 

 

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受信: 2006.03.06 11:13

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