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2007年8月

2007.08.13

旅2007・9日目・帰還

前日行った必死のキャンセル待ちによってやっとgetした大洗行きの
フェリーチケット、これは往路で使った仙台→苫小牧と同じ長距離
トラックドライバー用のベッドルームであった。

通常の二等寝台と何が違うのか、というと普段の二等寝台は二段の
ベッドになっている空間の二段部分が無く、下段の一人だけが上の
天井までの空間を占有して使える、という事。つまりベッドの上に
立って着替えられる。そういった空間的メリット以外は殆ど同じだ。

往路の太平洋フェリーのドライバーズルームには液晶TVがあったり
したけど帰路の三井商船フェリーにはそんなモノは無く蛍光灯だけ
でAC電源すら取れないというインフラの弱さが目立った。

まぁ自分はどうせ寝るだけだからいいんだけどさ(^^;)

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大型フェリーの巨大なディーゼルエンジンのくぐもった騒音よりも
圧倒的に五月蝿い低音ブーストが入ったイビキを放つ隣室の老人の
音響攻撃を、TW用ウェストバッグに常備してる旅装備の一つ、耳栓
で凌いだので、船上の夜はかなり熟睡が出来た。なので携帯電話の
目覚ましが鳴るよりかなり前の05:00には自然に目覚めた。

薄暗いカーテンで仕切られた狭いベッド空間にいるよりも、広くて
明るいロビーのソファーに行った方が快適なので、朝の水分補給の
ためのPETボトルと朝飯代わりの食料類、北海道ツーリングマップ、
そしてこのネタを道中ずっと書き綴るのに使ってた愛用のモバイル
ギアforドコモを持ってそちらに移動した。

驚いたことにそんな早朝であるのにかなりの人がそこの空間にいた。

とはいえ全てがふさがっていた訳でないので、そこの一席を確保し
サイドテーブル上に地図を開き、サイフの中にたくさん溜まってた
旅の生データとも言える各種のレシートを見ながら膝の上に置いた
MSDOS版モバギのキーを叩いて今回のツーレポを一気に数日分程?
纏めて打ち込んだ。

そうこうしているうちに時間が経ち、09:00頃になっていた。

船内に「もうしばらくすると船が大洗に着く」と言うアナウンスが
流れた。ツーレポ打ち込み作業を切りが良い所で終え、書き上げた
分は今では殆ど使われていないだろう「10円メール」を使ってこの
Blogに投稿。沿岸近くなのでエリアの広いmovaの電波なら辛うじて
繋がるのだ。

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さてこれでいい、ツーレポ作文を終えフェリー内で最後のイベント
として風呂に浸かる。これで今回の旅は毎日欠かさず風呂に入った
事になる。つまりパーフェクトだp(^^)q<ばき

実は、自分のこういう単車での野宿放浪旅の場合だと、こうやって
毎日風呂に入る事は稀だったりする。大体は2日に一回とか周期を
伸ばしたりして風呂に費やす時間と洗濯物の発生を抑えるのが常だ。

通りすがりに有名な無料露天温泉を見かけた場合等に気が向いたら
普通に入るけど、そういう時は石鹸とボディタオルで身体を洗って
垢を落とすという「身を清める」事よりも「湯に浸かって温まる」
事が目的なので、あんまり大きい声では言えないけど、出て来た後
それまで来ていた服をそのまま着用するし、そのまま数日間は着て
走るのだ<ばき

旅の日々が長くなると、ドンドン溜まって行く洗濯物を抱えながら
どのタイミングでそれを洗濯するのかを考えねばならないし、その
結果洗濯設備を探したり、その時間を割くことが必須となるからね。

自分の場合は先日の摩周湖でやったように、主にユースホステルを
利用して屋根付きの宿泊場所確保すると同時に洗濯&乾燥を行って
いる事が多い。民宿やライダーハウス、有料キャンプ場等では洗濯
機はあっても乾燥機が無かったりする事がある。綿の靴下やデニム
のズボンは、一晩屋外に吊るしたくらいじゃ絶対に乾かないのよ。

こういったモノが自分の言う、「旅」とツアーで行く「単なる旅行」
と決定的に違うモノの一つだ。つまり「旅」とは人が日々を生きる
行為、要は実生活そのものでもあるから、こうやって時間の経過と
共に発生する洗濯物を処理するのは必須なのさ。

ちなみに野宿やライダーハウス旅がしたくても洗濯が面倒だったり
嫌だ、と言う人はTシャツとパンツと、靴下を3~4set程度用意して
おいて、それをどんどん使い捨てして行き、手持ちが減ってきたら
適当なホームセンターやワークショップ等でそれらを買い足す、と
いうワザも使える。

それだとコストは一回の旅で~2500円って所だ。意外に高くは無い。
コインランドリーで洗濯、そして乾燥をすると結構コストもかかる
からね。えっ?、それを自分はやっているのか、って?、いやいや、
そんなもったい事はしないよ。繰り返しになるけど「旅」とはあく
までも日常生活の延長線上、というのが自分の主張だからね:-p

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船は大きく右に回頭して、ついに大洗港に近づいた。

Ooarai

船窓からは、名作「うる星やつら2・ビューティフルドリーマー」
の劇中でかの面堂終太郎が夜の廃墟と化した校舎のテラスで行う
謎解きのシーンで使った寒い一発ギャグ、「大笑い海水浴場」の
モチーフとなった「大洗海水浴場」がよく見えた<ばき

Ooarai2

…す、すげぇ人出だ(^^;)

フェリーが岸壁に着岸し、そのしばらく後で、船内放送が流れた。
「ライダーは荷物を纏めて車両甲板に行け」、ってね。

一夜を明かした船内の寝台の上に一切の忘れ物が無いか確認をし
エレベータ前に立つ船員に下船確認用の半券を渡して車両甲板に
降り立つ。

Kouhan

往路の時と同様、自分でとっととTWを固縛していたベルトを外し、
フェリー内で使った荷物を括り付け、他のライダーがタイダウン
ベルトを船員に外して貰うため、ただ待っている間に狭い場所で
サイドスタンドターンで旅仕度を終えたTWをクルリと180°方向
転換して、重たいリッターバイクならば四苦八苦しそうな船倉を
手押しでとっとと移動してしまう。

Ferinai2

軽いバイクを旅に使う、という事はこういうメリットもあるのさ。
フフフフフ(^~^)

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無事下船。オレは本州に戻ったぜ!太陽の日差しはジリジリ暑い!
でも気温は暑い事は暑いが、決して我慢できない程じゃないな。

…さあ!、帰ろうか!

多くのライダーが北海道内では誇らしげにハタめかしていたのに
下船前に船の中で畳んで、下ろしてしまったホクレンフラッグを
かの地での状態そのままにして走り始めた。だってまだ自分の旅
は終わってないのだもの。だからこそ正々堂々、高々とホクレン
フラッグを掲げて、胸を張って家まで走るのだ(^^)/

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大洗から迅速に帰宅するためには水戸方向に行き、常磐道に乗る
のが手っ取り早い。下船した殆どの単車がそのルートを取る中、
自分はあえて国道51号を南下するコースを取った。

スケジュール的には今日の夜に自宅に到着すれば間に合うので、
最終日もちょっとだけ「旅」をするつもりなのだ。目指す場所は
でっかい湖、霞ヶ浦。縁有ってせっかく近所まで来たのだから、
北海道だけでなく、この茨城も満喫しないと損じゃんか(^◇^)♪

北海道の田舎道とは比較にならない程交通量の多い本州の国道
では自分とTWが心地良くワルツを踊るのに適した旅の速度の60
km/Hをキープするのは難しいが、それでもどうにか道端を走る
事でそれをこなした。

30km?程度南下した辺りで「土浦はこっちだ」という看板が出て
来たので国道51号から右折して内陸側に進路を取った。暑いけど
天気はもぅ最高ゥ♪快晴だぜぃ♪

北海道の大自然よりスケールは小さいけども、それでも整ってて
綺麗な水田の中を縫う道を走り、旅気分を満喫した。

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…そっか、北海道でなくても本州でこんな風に旅気分を
醸す事は可能
なんだよね。「旅」とは場所で決まる物でなく、
それを行う人の気持ちの持ちようで何処でだって出来るって事
なんだ。

こういった野宿道具を括った旅仕様の単車に乗っているような
具体的な行動を取らずとも、例えば日常を送り、普段を生きる
日々の中であっても、たった今、自分は「旅」をしてるのだ、
と思うだけで、背広を着た通勤電車の中でだって、夕飯の食材
を買いにサンダルで歩いてゆく歩道だったとしても、自分の心が
「旅人」である限り、いつでも自分は「旅」モードになれる。

いつも口に出したり文章にしていても、怠惰なる実生活の中に
埋もれてしまいがちな自分の持論を流れる景色と纏わり着く風、
照る太陽と、TWの心地よい鼓動が、再確認させてくれた(^^)

そんな事を漠然と考えながら、巨大な湖を目指して走った。

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ちょっと蛇足。

この辺りを走っていて気になった事が。この地域だけなのか?
道端の電柱になぜかノスタルジックな雰囲気のポ○ノ映画の
看板が真昼間から堂々と掲げてあって「美人教師*辱」とか
「喪服人妻*す」等のおどろおどろしいタイトルのポスターが
盆休み中の上映期間の記載と共に健康的な夏の陽光の下に設置
されていた(^^;)

こんなのがこんなに目立つ所にあったら子供の教育に悪いだろ、
と思ったりしたが、もしかするとこの村か町は、少子高齢化が
ハゲしく進んで、その結果子供が殆どいなくて、代わりに一大
勢力となった老人達の数少ない娯楽の一つとしてそういう上映
が必要なのかもなぁ…ボンヤリと考えながらこの地域を抜けた。

蛇足終わり。

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しばらく快走していたら、北浦を通過し、その後今日の目的地
である霞ヶ浦に到着した。

こりゃ確かにデカイ!、国道を渡してる「何とか大橋」でその
湖のスケールを満喫してこの日もきっちり「旅」を堪能した。

 よし、帰ろう!、その気力についに着火!

そこから近場の高速のICを目指して走り出した。…でも東北と
北海道の地図は持っていても関東の地図を持って来てないので
自分が今どこを走っているのかさっぱり判らん_| ̄|○<ばき

ある程度走った後、見つけたガソリンスタンドに飛び込み給油、
苫小牧のホクレンで給油してから120km走って今回は3L入れた。
さすがに北海道と違って燃費がちょっと悪化したな、40km/Lか。

北海道野宿旅のフル装備で固めた自分とTWを珍しそうに眺める
店員と少し雑談をした後にこう尋ねてみた。

 「最寄の高速のインターってどうやって行けばいいの?」

少し走って、同じ系列のガソリンスタンドのある交差点を右に
曲がってそのまま走れば高速はこっち、っていう看板があるよ、
という情報を得た。どうもありがとう(^^)/

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言われた通りに走って、そのガソリンスタンドのある交差点を
右折して、さらにしばらく走った。すると目の前にどこかで見
覚えのある陸橋が見えた。アレ?この陸橋ってもしかして…

あ!、ここは土浦北ICからトミンサーキットに行く経路にある
あの陸橋じゃん!(トミンへ行く場合は陸橋を渡らないけど)
なんとまぁ!旅の最後で自分のホームグラウンド?とも言える
見覚えのある場所に出てきちゃったぜ(^^;)

地図無しで初めて走った道だったので、ここに出たのは本当に
偶然なのだが、まぁこれもまた一興♪、旅とは生活の延長上に
ある、とは自分でもよく言ったもんだ<ばき

逆にここまでくればあとはどうやって帰ればいいのかは承知だ!
そそくさと走り国道6号に出て、常磐道の土浦北ICに到達した。
高速ICのチケットゲートの手前で一度停まり、ポタリと漏れが
まだあるオイルのレベルを目視して、それがまだ下限に至って
いない(でもそれなりに減っている)ことを確認してから相棒に
語りかけた。

 「さぁTW、最後のお勤めと行こうか!」

でもTWは、イヤだ!とダダをこねてる子供ようにセルボタンを
押してクランキングしてもエンジンがなかなかかからない(^^;)
でも暫くしたら「…ちぇっ、仕方がないなぁ」と言ってるかの
ようにやる気がなさそうに弱々しく燃焼室に火が入った。

確かに大変な道のりだけど、でも頼むぜ相棒(^^)

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常磐道に乗る。ギヤを一段ずつきっちりフケ切るまで引っ張り
車速を上げ、順次シフトアップしてトップギヤ5速でアクセル
8割開け位の状態で90~100km/H程度で巡航を始めた。

ブンブン!と回るエンジンからはカムチェーンのノイズが少し
増えていた。最初期TWのカムチェーンテンショナーは自動では
なく手動調整式、だからすぐそういった状況が乗り手に伝わる。

車齢20年のご老体の小さい心臓から悲鳴のようなノイズを放ち
TWには過酷過ぎるステージを突っ走り守谷SAまでたどり着いた。

Sa2

そこで二輪駐輪場に入れて火を落とすと、エンジンから猛烈な
熱気と4stオイルの焼けるような嫌な匂いが放射されていた。

北海道を走っていたら絶対こうはならないのに…すまん、TW。

荷物の上に括り付けたPETボトルの茶を飲み、シリンダヘッドに
も少しそれをかけてみた。するとまるで焼け石に水を垂らしたの
かのように瞬時に激しい音を立てて蒸発してしまった。こりゃ
油温も相当上がっているぞ、ヤバいな。

少し冷えてからマニュアルカムチェーンテンショナーのカバー
を取ってみたら、インジケータが約1mm凹んでいた。さらに
そこに付着しているエンジンオイルが嗅ぎ慣れない危険な刺激
臭を放っていた!

これは危ない!絶対にオイル本来の匂いじゃない!この長旅で
特に往路と帰路の高速連続走行で食らった高熱で相当劣化して
いるようだ。

ベースが鉱物油である以上こういう刺激臭は飽和化処理された
オイルからはしないはず。だけどそれが各種添加剤の存在下で
熱分解してオレフィン化したり、酸化した結果カルボキシル基
が形成されたなら出る可能性がある。単なる丸刈り中年にしか
見えないけども一時期はその筋でメシを食ってたプロだからね。

90km/H走行ですら危ないと判断して、それ以降は80km/Hで点灯
するスピードメーター内の速度警告灯が付かないところで走る。

えっ?速度警告灯?何それ?、って言う人の方が多いとは思う
けど、今の時代は別に知らなくても困るようなモンじゃないと
思うので今回はスルーしとこう(^^)

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だいぶ都会に近付いてきた。北海道が似合うTWは、こういう
殺伐とした所は似合わない。途中ホクレンフラッグが落っこち
かけたので首都高のエスケープゾーンに停まって応急処置。

Shutoko

生き物の息吹がまったく感じられないな、ココは・・・

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自分の単車の旅は、首都高速の横浜羽田間にある、かの有名な
ベイブリッジが基点であって終点のゲートと勝手に決めている。
だから今の居住地から見たらえらく遠回りなのに、行きも帰り
もそこを通るルートを取る。

だけど今回の「旅」は、最初に掲げた目的を果たすこと無く、
サロマの地で中断して帰ってきた。そして必ず再開する!と
かの地で誓った。だから今回は、「旅」を〆る儀式ともいえる
ベイブリッジ通過しない。それは次回に取っておくよ(^^)

複雑に入り組んだ首都高速を最短距離で家に至るコース取りで
ルートを選び、夕刻の渋滞の中をひた走り急いだ。

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下道に下りるとだんだんと自分の生活圏内にある景色が増えて
行き、自分が旅から日常に戻ってきたと感じられるようになる。
不思議と懐かしさすら感じたりする。以前走ったのは僅か一週
間チョイ前なのに。それはその間にあった「旅」の様々な経験
が自分を少しだけど確実に変化させているからだと思う。

その景色の中には元カミさんと一緒に買物をした店や、入った
事のあるファミレスやハンバーガー屋なんかもある。でもそれ
すらも心に刺さったままの痛いトゲ、ではなく、元カミさんと
一緒に生きた間の楽しかった出来事として、自分でも不思議な
くらい暖かい気持ちを持って通り過ぎる事が出来た。

もしも、元カミさんと最初に出会ってから、ずっと今のような
気持ちでいられて、何があっても随時こう対応出来ていたなら、
もしかしたら今も一緒に走り続けていられたのかもしれないな。

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日が沈みかけて薄暗くなりかけた頃、やっと自宅に帰りついた。
そこには旅に出るまで生活していた「日常」というステージが
大道具小道具全てそのままで残っていた。

Jitaku

徐々に薄暗くなる夕方は、初日の安達太良高原キャンプ場での
雰囲気にも似ていたが、ヒグラシの「カナカナカナ…」と鳴く
物悲しくノスタルジーに溢れた「今日という日が終わる」感が
ここにはヒグラシはいないため無い。

完全に暗くなる前に荷物を降ろして片付けなければ、と思って
TWの後ろ側に括ったスタッフバッグを括っていたゴムネットと
ゴムひもを解きにかかった時、これが旅を終えた後始末の片付
け作業でなくて、まるでどこかの宿泊地に着いて、宿営のため
荷物を下ろしてるんだ、という感覚がだんだんしてきた。

そうだ!、自分は諸般の事情で旅を中断してこの家まで走って
到着したけど、この「旅」はまだ続いていて、昨日までのよう
にその日に泊る場所まで走ってきて、今夜はここに泊ると決め
ただけなんじゃないのかな?

ここでの「宿営」がいつまで続くかは判らない。途中で仕事が
入ってまたも長期出張でここを空けることもあるかもしれない。

でもそれは旅の最中のイベントみたいなもんだ。だから、また
いつの日にか、今回の旅を始めた時のように再びTWに(または
他の単車に)荷物を括りつけて、今回の旅の続きをするために
自分は走り出すだろう。

自分が生きている限り、自分の「旅」は続く。その理由や目的、
スタイルや行く場所、生きる場所に左右される事なく、生きて
いる限り、それこそ毎日が「旅」なんだ。日常にだって新鮮な
事はあるし、美味い食い物もある。旅先にだって平凡で退屈で
のっぺりした時間もあるじゃん。その全てが、実はそれこそが
「旅」であって「人生」なんだ。

荷物を手に呆然と夕暮れの庭に立ち、そういった思考を回して
いた自分に、まるで呼応するかのように重たい荷物を外されて
身軽になり重心がずれたTWが突然ハンドルを自らの重みで切り
込ませて頷いた(ように見えた)

 「そうさ、俺らは今までもそう生きて、旅してきたじゃん」

…そうだったなTW、お疲れ様、また一緒に旅しようぜ(^^ゞ

                本日の走行距離 210km

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 参考:今回の旅のデータ

 期間   8/5 10:00 ~ 8/12 18:00

 燃費   全走行距離   2234km
      総燃料消費量 58.73L (満タンからスタート)
      平均燃費   38.04km/L

 出費   交通費    62540円(高速+フェリー他)
      ガス代     8317円
      食費     14053円
      宿代     13800円 (船長の家は一泊2食付)
      フロ代     1500円
      雑貨入園その他 6288円
      お土産代    2100円
      ---------------------   
      総支出額   108598円


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2007.08.12

旅2007・8日目

森の中の山小屋で30台後半の中年男同士が夜を明かし、そして朝が来た。
山小屋らしく飲料水はワイルドに井戸水を手動で汲み上げて使う。

Ido

今日は最短最速で苫小牧のフェリー乗場に駆け付けてキャンセル待ちを
せねばならない。往路に使った太平洋フェリーだと09:00から受け付ける
という。三井商船の大洗行きが取れれば一番良いが、ダメなら仙台行き、
それでもダメなら八戸、青森、最悪は大間崎に渡り、北海道を旅するの
には最適だけど、高速道路を巡行するには最低なTW200での苦行のような
高速連続走行を敢行せねばならない。

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もう時効だからゲロするが十数年前に国内仕様の初期型TDMに乗ってた頃
八戸ICから当時住んでいた横浜横須賀道路某所出口まで5時間で帰った
事がある。給油する以外は殆どリミッターが効いた状態のままでずっと
巡行した結果だが、あれは若かったから出来たな、もしも今、ZZR1400を
与えられても、多分その記録は出せないと思う。だって渋滞の車列の間を
150km/Hとかで突っ走っていたんだもの。

今は沢山経験を積んだからそういう無謀な事はしない。お前はヒヨって
臆病になったのか?、もしそう問われたら、堂々と胸を張って「そうだ」
と答えよう。色々と経験を積んだお陰で、スピードの本当の怖さを知った
からね、だからもうそういう無意味なマネはしない。スピードの極意とは
メーターの絶対量じゃ測れない所にあるから。

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見送るガミ氏と握手を交わし、お互いの旅の(=人生の)健闘を祈り出発!。
目指すは苫小牧港!寄り道は一切無しで最短時間で突っ走る!行けTW!
・・・ただしウチらの旅の速度、60km/Hはキープでね<ばき

ヘコヘコとアップダウンを繰り返す直線の国道274号を西に向かい、瓜幕から
南下、そのままひたすら国道274号をひた走る。天気は北海道に渡って今日
までの間で間違いなく最高の天気!、これが北海道の最終日というのだから
少し泣けるが、最後の最後まで雨に祟られるよりは、たった一日でも最高の
天気の中を走れるから自分は相当に幸せモノだぜ(^◇^)!

Kaisei

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十勝清水を抜け、日勝峠を登る。途中にある清水ドライブインを見て記憶が
甦る。・・・そういや、ここもあの時にあなたと一緒に来たよね元カミさん。
あなたはとっくに忘れてそんな記憶はもう無いだろうけど、自分はちゃんと
あの時の事を全部覚えているよ(^^)/

・・・不思議と心苦しくは無かった。むしろ数日前には出来ていなかった
それを肯定的に考えられている自分に自身が驚いた。元カミさんとは人生の
一時期を一緒に旅した(=生きた)。でも、そのままずっと一緒には居られ
なくて、二人は途中で別の道を進む進路を取ったのだ。それは、その時の
我らの選択は、きっと今回の旅の中で雨でライダーハウスに逃げ込んだり、
雨が降りそうなキャンプ地でドカシータープを張ってそれに備えたように、
結果として正しい選択だったんだ、・・・と、今は思う。

全くの他人である二人の旅路(=人生)が何かのきっかけで一瞬だけ交錯して、
そしてほんのちょっとの努力と、信じられないほど沢山の奇跡が幸運にも
働いて、ほんのしばらくの間だったけど二人で一緒に旅して、生きられたと
いう事を、自分は誰にでもなく自身に誇りたいと思う。

別々の道を進んだ二人は、もしかしたらある時に偶然、どこかの旅路ですれ
違う事があるかもしれない。でもその時には自分は卑屈にならず、逃げ隠れ
もせず、堂々と

 「おう久しぶり、元気そうだね、頑張ってるか?この先も頑張れ(^^)/」

と、旅のライダー同士がすれ違いざまに交わす一瞬のハンドサインのように、
今のそういう自分の気持ちを伝えようと思う。あの時、あなたを好きでいて
一緒に旅する(生きる)事が出来て本当に嬉しかったし、楽しかった、何より
幸せだった。今の自分があるのもあなたのお陰だよ、ありがとう!(^^)/

本当は好きでもなんでもない自分の事をどうにか好きになろうと頑張ってた
「元カミさん」というあの頃の人格がもう宿ってない、今はとっくに誰かの
ものになってしまった「かつては元カミさんだった女性」には、今のこんな
自分の気持ちや感情など、カケラすら理解して貰えない事は重々に承知して
いるんだけどね(;_;)<ばき

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国道274号をひたすら走り、日高の道の駅で便所に寄っただけで、すぐ国道
237号に乗ってさらに南西に向かって走り続けた。この道はかなり交通量が
あるので60km/Hで走るTWは他の車からみるとかなり邪魔なようだ。なので
後方をミラーで確認し、車が迫ると路肩に逃げて、腕をクロスさせた左手で
アクセルを制御し空いた右手で「ホレホレ、先に行きな」とハンドサインを
出して抜かせた。

ひたすら国道237号を走っていると牧場が見えてくる。ただそれまでよく
見ていた乳牛のそれとは雰囲気が違い、そこには馬が見える。日高だねぇ。
日高ケンタッキーファームはこちら、という看板を見てももう動じる事は
なくゴーグルの中で微笑んで、ひたすら苫小牧を目指した。1分1秒でも
早くフェリー乗り場に行くのだ、その先には元カミさんがこんな男は不要、
と火の灯るタバコの吸い殻をそのまま車窓から投げ捨てるように見切った
こんなどうしようもない「今の自分」でもいい、必要としてる、と言って
くれる人が待っているのだ(^^)

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この時点で苫小牧まであと50kmくらい。時間は10時を回っていた。ヤバイ!
ふと目の前に高速道路の看板が見えた。地図をさっと確認するとこれは
苫小牧市街まで伸びているではないか、これだ!、コスト云々言ってられ
ない、TWよ、ブン回すぞ、準備はいいか!

北海道暦は長いが、北海道で高速道路に乗るのは実は始めただったりする。
なにせ普通のバイクなら北海道では高速に乗らなくても殆どアベレージが
変わらない、・・・事もあるから<ばき

それにTWで北海道に来るのは下道をのんびり走るためなので、高速に乗る
のはナンセンスなのだ。でも今は乗る。少しでも時間が短縮出来るのなら。
で、乗った。そしたらなんと!この日高自動車道?は無料開放中だった(^^;)

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苫小牧に近付くにつれ北海道には似合わない重工業地帯の様相が見え始め
それまで自然の中を走っていた自分の皮膚感覚に似合わない匂いの風を
全身に浴び始めた。やだなぁ。並走している下道にリヤカーを引いて歩く
旅人が見えたので、手を大きく振ったら向こうも気が付いた。頑張れ!

高速を降り、国道234号に乗る。ここは北海道上陸後に早来町に向かって
走った道だ。一週間程前なのにそれがもっともっと以前だったような気が
する。一週間前に6年ぶりに走った時には、数日前に走ったかのような
感覚があったんだけどね(^^;)<ばき

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フェリー乗り場に行き、そそくさと窓口に降りる。大洗行きの三井商船
フェリーは窓口が閉まっているが、仙台行きの太平洋フェリーの窓口は
「キャンセル待ち受付中」なる表示とともに一部が開いていた。

呼び鈴を鳴らしおねぇさんを呼び出し、乗船手続きの為の書類を一通り
書いてキャンセル待ちの申し込みをした。すると渡された整理券番号が
栄光のNo.1!、やった!、ポールポジション取ったぜ(T◇T)<ばき

いやいや、まだこれで船が取れた訳じゃないのだ。油断出来ない。

しばらくロビーの長いソファーに寝転がり、士幌から苫小牧のキャノン
ボールランの疲れを癒した。しばらくしてから三井商船フェリーの受付
に行ってみると、窓口に一人、キャンセル待ちをする少年が並んでいる
事に気が付いた。なに!そんな手があったのか!、こっちはPPを逃した!

仕方が無いのでその少年の後ろに並んだ。看板には本日の空席は皆無と
表示されている。うーん、大洗は難しいか、仙台行きが取れればいいか、
ダメなら夕方から函館目指して走って、真夜中の便で青森にでも行こう。
・・・と思っていたら、突然窓口が明いた。キャンセル待ちの受付が
これから始まると思ったら、現れたおねぇさんが開口一番こう言った。

 「今日、空席が出たので、今いるお二方にはキャンセル待ちではなく
  席をご用意出来ますけど、如何ですか?」

なに!何とラッキーな!、と言うことはまだ乗船するまでの間、
暫くは遊んでられるじゃんか<ばき

しかも空いたのは隣に寝ている寝相の悪い見ず知らずのオヤジから殴る
蹴るの暴行を受けたり、子どもに踏まれたりする事のない二等寝台!
そそくさと受付を済ませ、太平洋フェリー側の窓口で事情を話して不要
となったキャンセル待ちの一番札を返却した。今の自分のように急きょ
乗りたい人はまだ居るはずだからね。

------------

18:45に苫小牧発、大洗行きのフェリーの乗船手続きは15:00からだ。
今は14時チョイ前。よし、飯でも食うか、と地図を見て、近所にある
魚市場の食堂を目指した。ホッキ丼が名物らしい。テケテケ走って
いたら、左手に安っぽい黒い牛のハリボテを掲げた、ちょっと前の
ワイドショーやニュースでバンバン登場していた某企業があったので
記念撮影<ばき

Meethope

マルトミ食堂なるその市場食堂に着いたのは14:15頃。でもなんと!
その食堂は14:00までだった(TT)、ちくしょう、北海道にまた課題を
残しちまったじゃないか、次回には必ずこの課題を果たそう。

そう、北海道を旅すると、「次はこうしよう」「あそこに行こう」
と言う具合に果たす課題よりも多くの次なる課題が発生するのだ。
だから毎年来ても、決して飽きないし、また来年も行こう、と思う
ようになるのだ。6年前が初北海道だった元カミさんもそうだった
らしい。今では何処にも居ない人だから、その想いを今回自分は
果たそうと、ここに来た。でもそれを果たせずに、逆に新たなる
課題を持って今日帰る。これは決して失敗ではなくて、新しい未来へ
行くためのステップなんだ、と肯定的に考えよう(^^)

------------

この時点で14:30。スムーズに乗船手続きをして、土産を買って帰る
事を考えるとあと一時間位で北海道の走り納めとなる。どうするか、

とりあえず苫小牧に一件しかないホクレンに行き、今日最初にして
北海道で最後の給油。225km走って5.7L入った。燃費は39.5km/Lって
所だ。やっぱり最後の高速道路での85km/H巡行が燃費悪化を招いたな。

ちなみにこのホクレン、なんと今まで手にしてなかった道南地域を
示すホクレンフラッグの黄色配布地域だった!なので、最後の最後に
なって、道北、道東、道南を示す三食のホクレンフラッグが揃った!
隠しフラッグの黒は、サロマから最北端を目指せばすぐ上の紋別辺り
で手に入ったのだが、自分的には3色揃っただけで満足(^^)

Hokurenflag2

ホクレンさん、今回も沢山お世話になりました。次回もヨロシク!

------------

さあ!あと一時間くらいだ、どうしよう?このままフェリー乗り場に
行くのもシャクだな、と思ったので地図を見て考えた。よし!思い
切って支笏湖まで行ってみるか、片道25km位だからどうにかなるべ。

長い直線の登りである国道276号を走り、支笏湖の湖畔まで行って、
最後の北海道らしい景色を楽しんだ。いつかまた、俺は必ずここに
帰ってくる。そう誓って、不毛な都会の苫小牧へトンボ帰りした。

Lakesikotu

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町中にあるスーパーで船内で食すための食材を買い込み、フェリー
乗り場へ!。

Feritokamomai Huda

受付を済ませて2Fにある土産物売り場で少し時間を潰す。洞爺湖
名物のワカサイモを箱は持って帰れないから一個だけ今食べて
帰りたいので売ってくれ、と売り子のおじさんに頼んだら試食用の
それをまるまる一個無料で貰った。感謝!だからじゃないけど
ワカサイモは北海道土産にオススメでっす(^^)/

乗船時間が迫り、バイクを船倉に入れた。その中に摩周のYHで同じ
部屋に泊まったDS4の人がいて、やぁやぁ!、とあいさつを交わす。
エレベータでロビー?に上がり、二等寝台の自分の場所を確保して
から身軽な短パン姿になる。世話になったガミさんと、自分の帰り
を待つ今の彼女(?)にメールで無事船が取れた事を連絡した。

あとは出航までの間、船内の大浴場で夕刻の西日に浮かぶ苫小牧の
風景を見ながらゆっくりと風呂に漬かった。ぶえぇぇえぇええぇえ

そういや今回の旅は、何だかんだ言いながら毎日必ず風呂に入って
いたな。自分としては珍しいかもしれない<ばき

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船は定刻通り出航。自分は買い込んだ食材と、安缶チューハイで
一人で北海道と離別の宴を行い、このツーレポを一通り書いてから
早々に寝に入った。すぐ隣のジィさんがとてつも無い音量のイビキ
をかいているが、ウェストバッグに常備されてる旅装備の一つ、耳
栓を装着して難なく寝た(笑)

明日になれば、もう家に戻ってると言う事が、何か信じられないや
昨日までずっと北海道の自然の中を走っていたのにね。


                 本日の走行距離 263km

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2007.08.11

旅2007・7日目

「船長の家」で朝を迎えた。寝るまでザンザン降っていた雨は上がり、
薄曇りとなっていた。朝の天気予報では今日から数日間は天候が回復
するらしい、との事だった。よし、やっと恵まれた日々を過ごせるな。

サロマ湖畔からなら、今回の旅のノルマにしてタスクである最北端行き
も頑張れば一日で到達出来る距離だ。いいライダーハウスも多いから
今夜はそこにでも泊まって、明後日は最終目的地の朱鞠内湖の湖畔の
キャンプ場にいけばあの6年前のように満天の星空も見えるだろう。

そこが前回から続くこの旅の終点、そしてこれから始まる新しい旅の
始点になる。・・・ちょっとだけ、寂しいけどね(謎)

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ありとあらゆるものの味がカニに感じられてしまうような強烈な夕食を
食って寝たが、それでも不思議なもので朝になると腹が少しだけ減って
いて、朝飯が食える状況になっていた。朝食のアナウンスを聞いて動く。

夕飯も多かったが、朝飯もとても朝飯とは思えない質と量があった。
朝から刺身だ、揚げ物だ、焼き魚だ、と、一般の旅館でこれが夕食に
出たら「やー、今夜は豪勢だねぇ」と十分思えるだけの朝飯だった。

Senchoasa

だが朝にガッツリ食うタイプの自分の敵ではないのだ(^^)。ご飯を
山盛り2杯食って余裕で完食(^◇^)。なお同室のお二方はかなりの
量を残していた(^^;)

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部屋に戻り準備をしていた時、携帯にメールが入っているのに気付いた。

開いてみるとそれは今の彼女(?)がピンチになっている事を告げ、自分に
助けを求めるメールだった。出来る事なら、と足されてはいたが帰って
来て欲しい、という事が明記されていた。助けようにも、帰ろうにも、
自分は北海道のオホーツク沿いのサロマ湖の辺にいるのだ。そう簡単に
は帰れない。それに自分には今回の旅で果たさねばならない、ケジメを
付けねばならない元カミさんとの約束がある。あと2日あればこの6年
の間果たせなかったそれが叶うのだ。

サラリーマン人生最後の夏休みはあと9日残っている。それだけあれば
北海道の旅を完全に満喫して完了することも可能だろう。そうすれば
次のステップに行く事も出来る。それに遠方にいる自分が行かなくても
この旅を完了してから駆けつけても、十分間に合うかもしれない。

また一緒に北海道に来よう、今度は行けなかった所にまた一緒に行こう、
と6年前の旅の最後に元カミさんと約束した最北端の地は、もう道路の
標識に出てくるような、手の届くすぐの場所にあるのだ。行くしかない。

・・・だが、今の自分に大切なのは、果たしてどっちなんだ?

過去の想いと約束を完了させてケジメを付け、自己満足する事なのか?
それとも今の自分を必要として助けを求めている彼女の要望に答える
事なのか?。同じ過ちを俺は繰り返してはいけない。人生最愛の元カミ
さんを結果不幸にした過去の経験を生かさず、また今の彼女を同じめに
あわせるのか?

ふと2日前の相生の記憶が甦る。そうさ、答えはそこにあったんだ

------------

・・・そうだよね、元カミさん(^^)。今回の旅はここで中断するけど、
それを許して欲しい。決して頓挫した訳じゃない、断念した訳でも無い。
あなた交わしたあの約束は次の機会を設けてきっと果たす。それまで
しばらくTW用のウェストバッグの中で待っていてくれ。

今回が最後の旅なんだぜ、と言い聞かせて老体にムチ打って走らせた
TWも、帰ったらもう少し延命させてやろう。この旅を再開し、そして
終えるその日まで、もう少し頑張ってくれ、相棒よ。

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自分の旅のモットーは、状況に応じた臨機応変だ。たった今、昨日まで
とは状況が変わった。方針を決めたのなら即断即決、今の彼女に返信を
打った。

 「可能な限り、最短で帰る」

とはいっても、フェリー乗り場まで丸二日、フェリーに乗って帰り着く
までにさらに1日かかるのだ。しかもウルトラハイシーズンの今に予約
無しで飛び込みでフェリーに乗れる保証も全く無いのだが(--;)。

とりあえず旅の途中でこまめに連絡を取り合っていた士幌に住む友人に
そちらに伺うのでヨロシクと連絡を入れた。よし、今日はそちらに行く。
準備万端、さぁ行くか!、今日は使いませんように、と願いを込めつつ
カッパを畳んで定位置に括り、いざ出発!、カニ堪能しましたぁ!

Senncho

しばらく走ると、道の脇にとてつもない量のホタテの貝殻が山積みに
なっている場所などがあった。これだけの貝を人間が食ったのか(^^;)

Kai


もうしばらく走ると前方に稚内へ向かう方向を示す標識が現れた。だが
今回はこの道を進むわけにはいかない。だけどいつか必ずまたそこに
辿り着く、と心の中で誓い、進路を西に取り、走り出した。

Kanban

その途中でこんな悲しいモノにも遭遇してしまった。以前北海道を
走った時も同じような悲劇を何度も目撃しているけど、今回も…(;_;)

Fox

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国道238号から南西に伸びる道道103号に乗り走る。天気は薄曇りだけど
雨さえ降ってなければもう上々!、そのまま若佐に入り一旦国道333号に
乗り、栄まで走って再び道道103号に乗って南下し、留辺蘂を目指した。
留辺蘂は2日前に通った所だっけ。極力同じ道は走りたくなかったので
約1kmだけ同じ国道39号を走ったけどすぐ足寄方向に行く国道292号で
南下コースを取った。

Kaiteki

あ〜〜〜〜〜〜〜っ、最高に気持ちぃ〜〜〜〜〜〜〜いっ!!

握るハンドルと座るシート、そしてステップやニーグリップしてる膝から
自分の神経が車体の隅々まで伸びていって、車体の挙動や調子の全てや、
路面を掴むタイヤの感触までが、自分の身体の一部として伝わっている
ような錯覚に襲われる。

20年モノの200ccのバイクとは思えないほど快調にTWは走る。人が生きる
ために必要な最小限の道具を背負って旅するのに、コイツほどマッチする
バイクは無いな。元々ベタ惚れだけど、一緒に旅するたびに、コイツに
惚れてゆくよ。新しいバイクは沢山出回っているけど、TDMやXTをはじめ
色々なバイクを持っているけど、それでもコイツ以上に自分にシンクロ
する乗り物は無いのだ。

バイクとの関係を人間のそれと例えるのはなんだけど古女房っていうのは
多分こういう感じなんだと思う。畳と女房は新しい方がいい、なんて言う
けど、本当にマッチする相手なら、死ぬまで一緒にいても飽きる
事なんてないんだと思う

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国道242号の脇には線路が走っている。もうレールが赤錆に覆われている
のでそれが廃線跡だとすぐに判った。ちょっと道を外れて、その線路の上
を走ってみた。

Haisen

かつてここには人が汗を流して軌道を敷設し、そしてその上を走る列車に
歓声を上げたはず。でもそれは今では役割を終えて、土に還ろうとしてる。
そんな事を想いながら、今はバスがその役割を果たす国道に戻り、南西に
向けて走り続けた。

下塩幌と言うところで道道468号に右折して通商「ミルクロード」なる道
を進む。たしかに酪農地域特有の景色が広がり綺麗なのだが、山に向かい
進む道でもあるので、だんだん雲が下がってきて、空が暗くなり、ついに
雨がポツポツ降り始めた。

今日はカッパを着なくてもいけるか?、と思っていただけに残念(TT)
でも状況に応じて対応するのが旅であり人生だから、それを躊躇してる
暇はない、さっさとカッパを着込んでそのまま上士幌を目指した。
そしたら段々雨が止んできた。なんだよ!もう!

------------

上士幌ではちょうど気球のイベント?が行われていたのでちょっと寄り
道してそれを覗いてみた。熱気球が体験乗船をやってたので乗ってみた
かったが、あまりに沢山の人が行列をなしていたので断念。

Kikyu

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そこから士幌に住む友人に電話で連絡をして、そちらに向かった。
この友人とは、このBlogのコメントにたまに出没する「ガミ」氏だ。

Gamisi

彼とはかれこれ数年来のつきあいがある。同じ年齢と言うこともあるが
人が生きるために大切なモノはなにか、という本質面でお互いの考えが
近い事もあり、細かい所は微妙にずれているが結構気が合うのだ。彼が
脱サラして渡道後、住まいを訪ねた事が無かったので一度訪ねてみた。

彼の家に着いたらその前にはいかにも自分の友人らしい怪しい物体が(^^;)

Gamitei

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今夜は彼が知人から借りてくれた某所にある山小屋で、彼の育てた野菜
主体の飯を食らいながら二人で中年独身男の辛い現状と、今後の悲哀に
満ちた将来、そしてお互いの人生についてシミジミと長く語りあった。
・・・シクシクシクシク(;_;)<ばき
#うそっす

Yamagoya

この山小屋はいいなぁ、自分も将来はこういう隠れ家が欲しいもんだ。
北海道に作って、毎年行くのもいいが維持管理がちょっと無理か(^^;;)

会食後、彼の車でさっき寄った上士幌航空公園に行き、20機以上のカラ
フルな熱気球が一堂に揃い、カウントダウンと共に一斉にバーナーを
焚いてまるで巨大なボンボリか提灯のように夜に浮かび上がる様を眺め、

Kikyu2 Kikyu3

その後で士幌町の中央から東に伸びる道道134号の先にあるプラザ緑風
なる所の植物性モール温泉に漬かった。

20年モノのスポンジがヘタり長時間乗っていると尻が痛くなるTWのシート
で食らった尾てい骨周りの痛みを湯で癒した。今日で中断したこの旅を
いつか再開するその時までに必ず、いや帰ったらすぐにでもこのシートは
改善してやるぜ(^^;;;)

------------

そう、不思議な事に、ケジメを完全に果たさずに中断した事による
挫折感は無く、逆にまた自分には次があるのだ、また今回取り戻した
かつてのあの気持ちを持って自分は再び北海道を走りに来れるのだ、
というポジティブな思考の方が強くある。

現実としてはそんな長期の休みが今後取れる可能性は低いのだが、でも
こうやって旅していると「ダメかもしれないけどやってみなきゃ判らない」
というシチュエーションに何度も遭遇し、往々にして実際やってみたら
どうにかなっちゃう、という実例を沢山感じる事が多いのだ。旅とは生活
であり、そして人生だから、つまり人生もそうなのだ。

ドン詰まりだから何をしても無駄なんて事はなくきっと頑張ればどうにか
なる。頑張らなければ絶対に成す事はないし、頑張った結果ダメでもその
頑張れた事が、きっと次に行くための知識と経験として生きるのだ。

さぁ明日はフェリーを飛び込みで取れるかどうか・・・盆休みド真ん中
だからかなり難しいだろうけど、これもやってみなくちゃ判らない、
やってみて、もしもダメならその時また次を考えるとしよう。

色々と訳ありの中年男二人で過ごす森の山小屋の夜はこうやって老けて、
いやいや縁起でもない誤変換だ、あらためて、更けていった・・・


                 本日の走行距離 213km

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2007.08.10

旅2007・6日目

YHでは二人のライダーと相部屋になった。同じような旅人だけに会話も
弾む。ライダーハウスに集う人種とYHにくる人種はすこし質が違って
それもまた面白い。YHの方がちょっとだけアッパークラスな感じかな?

自分が思うに北海道を旅する旅人は以下のように分類されるような気が
する。上であればあるほど、旅する力(=生きる力)が強く、濃い人が
多く存在する感じがする。頭の数字はマイナスの対数でその濃さを表現
していると思って欲しい(笑)

 1)徒歩、リヤカー引きで野宿旅
 2)自転車で野宿旅
 3)バイクで野宿旅
 4)自転車、バイクでライダーハウス旅
 5)改造貨物車、オープンカーで野宿旅
 6)自転車、バイク、徒歩、電車でYH旅
 7)自転車、バイク、徒歩、電車で宿旅
 8)四輪車でオートキャンプ旅
 9)四輪車で自ら決めたプランで温泉巡り観光地巡り旅
10)キャンピングカーで野宿旅

これは「自分はこれがベース」というレベルであれば旅の最中それを
ずっと継続してなくてもそのレベルだと言っていい。なお旅行会社の
企画する観光ツアーに参加し、観光バスで観光地を巡る時間を金で買う
人は「旅する力」を自分以外の誰かに委ねてしまった受動的「旅行者」
であって自ら決めて行動する能動的な「旅人」ではないので除外した。

自分は上記でいうと基本は3)だ。無人駅やバス停に泊まった事もあるが、
自転車や徒歩の旅人からみれば自力ではなく機械に乗っているからね。
だけど悪天候の場合にはライダーハウスに逃げ込むし、洗濯物が溜れば
YHに行くし、噂の食材があればそれを食うために民宿でも旅館でもOKだ。

そんな自分の生き方(つまり旅も同じ)のモットーは相反するようだが

 「確固たる自己の確立と主義主張を持つ事」
 「その時の状況に応じ柔軟に臨機応変する」

・・・だ。旅は日常生活よりも短い間に激しい振幅で変化が現れるので
このモットーをしっかり握って離さないようにしていないと容易にその
場の雰囲気や、回りの旅人のペースに巻き込まれてしまう。よく北海道
や東南アジア、インドなどに沈んでゆくバックパッカーの若者は、多分
そういうタイプなんだろうな。

自分はそうならないように、芯だけはビシっ!と一本通った人間であり
たいと思う。

------------

朝の天気予報は全道壊滅状態。どこにいっても雨、雨、雨、時々曇り、
そして所により激しい雷雨と来たもんだ(TT)、こりゃダメだ。それじゃ
今日もそこそこ距離を稼げる(=走りっぱなし)って事か(TT)

それじゃ、今日は「食の北海道」を満喫させて貰うか。向かう方向は
北に向かう今後の行程も考えると羅臼、知床、そしてサロマの辺りだな。
そうと決まれば即断即決!、朝イチでサロマ湖畔にあるカニ料理で有名
な民宿の「船長の家」に電話を入れて今夜の宿を確保した。ここは毎回
行こう行こうと思ってはいたがいけなかった所なので、これで課題を
一つクリア出来る。

なおサロマにもYHはあるのでそっちの方が安上がりなのだが、個人的な
諸般の事情でパスだ。理由はもう言わずともご理解頂けるだろう(苦笑)

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小綺麗に盛りつけられオシャレだが旅人の腹を満たすには少々不満な量
の朝飯を喰らい、そそくさと荷造りする。

Yhasamesi

昨夜一緒に風呂に入った電車で旅する高校生の小僧君が、他のバイク
乗りの後ろに乗って駅まで送られて行くのを手を振って見送り、そして
自分も出発した。

摩周の町中に出て国道243号に乗り、しばらく東に走ってから道道885号
に乗って北東へ進む。このあたり中標津は道東のツーリングスポットだ。
かの有名な開陽台もすぐそばにある。だがそこは6年前に行ってクリア
した場所だ。寄る必要はない。淡々と酪農地域を走り抜ける。だんだん
霧が激しくなってきて、走るだけで衣類が濡れてきたので、止まって
カッパを着る。そして再び走り出す。もしも天気が良かったら、色々と
また思い出してしまう思い出深い場所だけど、この着りのお陰で何も
見えない。夜じゃないけど、霧よ、ありがとう(^^)/

Kiri

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だがその霧のせいで曲がるべき道を間違えたようで気が付いたら何故か
中標津空港の南を走っていた(^^;)<ばき

あわてて道道774号に乗り羅臼方向を目指す。おお、ホクレンが見えて
きた。よしガソリンを入れよう。125.9km走って3.0L、41.97km/Lかぁ、
昨日摩周湖と屈斜路湖の峠をブイブイ走ったから悪化しちまったぜ:-p
で、この標津ホクレン、なんとここだけのオリジナルフラッグをくれる
所だった。たった3Lしか入れてないのに申し訳ないっすね(^^)

申し訳ないついでに、ちょっと無理なお願いをしてみた。旅の初日に
発覚していたTWのオイル漏れ、結局ずっとジワジワ漏れっぱなしのまま
ずっとダマシダマシ走っていたのだが、そろそろオイルレベルが下限に
近付いていたのだ。そこで事情を話し、「エンジンオイルを100mlだけ
でいいので売ってくれ、銘柄は何でも良いから」、と頼んでみた。

すると快く応じてくれて、ノーキョーSPガソリン車用オイルをオイル
レベル上限チョイまで入れてくれた。しかも量が少ないから無料でいい
との事。旅してるとこういう温情に直に触れられる。本当にありがとう。

そのホクレンではチャリティ募金をしていて、それをするとライダー
限定でオリジナルグローブの片方だけをくれるキャンペーンをしている
という。そこでそのチャリティーに乗り、さっきのオイル代込みという
事で募金としては多めの額を募金箱に投入。善意には善意で答えて
それを回していかなくっちゃ(^^)b

Tebukuro1

ちなみにそのグローブ、なんで片方なのか、というとこの先の羅臼の
ホクレンで同じキャンペーンをやっていて、そこで募金すると片割れ
をくれて一組みになるのだ、という。ちょうどそっち方向を目指して
いるので、寄ってみます、と告げ、世話になったホクレンを出た。
片割れとなったグローブ夫婦、涙の再会のため突っ走るかぁ!

でも羅臼まで50kmくらいしかないから1Lチョイしかガソリンが入らない
んだけどなぁ<ばき

------------

道道774号のドン突きにある国道244号を北西に進み、2km程走ってから
右折して道道1145号に入り、北上する。羅臼に向かうのなら海沿いに
出て国道で行くのが王道だろうが、そっちは結婚する前に何度も走った
事があるので、一度も走った事の無い道を行くのさ(^^)

牧草地を走るダートを含む道を新鮮な気持ちで駆け抜けたあと、海沿い
を走る国道335号に乗り北上、羅臼を目指した。

そう、ここから入る知床半島方面は6年前に元カミさんと行かなかった
場所なのだ。だから今回あの時の約束を果たすためにやってきたのだ。
一緒に旅した記憶はないけどそれ以前の単独行では何度も来た所なので、
純粋に懐かしさが込み上げる。この時自分には6年前にこの地に捨てて
埋葬してきた、結婚する以前の自分自身が当時より確実に老いた肉体に
舞い戻って乗り移っていた。

そうさ、俺はようやく帰ってきたんだ。この地に、この世界に。

そういやそんな最中にこんな看板を見つけたよ。この世界って、FOMAの
電波が使える事がそんなにも凄いことらしい<ばき

Foma

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このころ空は曇っていたが雨は降っておらず、霧もないので濡れる心配
は無かったが、それでもずっとカッパを着て走っていた。それは何故か?

実は猛烈に寒かったのだ。真夏に寒い?と疑問に思われるかもしれないが
この時の羅臼の気温は17度しかなかったのだ。関東で35度とかを記録する
この時期に、同じ日本でもこの最果ての地では気温がたった17度とは・・

17deg

おっと、羅臼ホクレンがあった。片割れのグローブを揃えるためにもここ
に寄っていかねば。でもたった46.1kmしか走ってないけど、とバイトの
若い女性に断ってから給油したら1.1Lしか入らなかった(^^;)<ばき
ここまでの国道335号は流れが速かったから、ちょっと燃費が悪化気味だ。

ここでも募金して、泣き別れだったグローブのもう片方をgetした(^^)
よかったね、片方しかないグローブって新品でも、一見立派でも、何の
役にも立たないからね。

Tebukuro2 

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羅臼の寒さにホクレンを出てすぐにダウン。直後の道の駅に逃げ込んだ。
この側のキャンプ場は10年以上前に利用したなぁ。朝起きたら目の前に
デカイ鹿がいてビビったっけ。

Rausumichinoeki

道の駅ではER-6に乗る旅ライダーとカワサキパラツインのミドルマシンに
ついて熱く語り合った後、暖かい飲み物を飲んで身体を暖めてから出発。
知床峠を登り始めた。熊の湯に漬かって暖まりたかったなぁ(;_;)<ばき

途中スゲェ濃霧のため、殆ど視界が無く、数mだけ見えるセンターライン
だけを頼りに知床峠を登りつめた。だが、視界は10mくらい。本当なら目の
前にそびえ立つ羅臼岳が全く見えなかった。せっかく今回の旅のタスクを
一つ果たせたのに、これじゃダメじゃんか。…ごめんな元カミさん。

Siretoko


峠の下りで追突されてはかなわんと、旅装備の一つである赤色点滅灯をTW
に装着して、霧の知床峠をウトロに向けて下り始めた。

Rearfog

しばらく下ると突然霧が晴れ、そして雲も切れて青空が見え、日が差し
始めた!うわ〜幸せ!最高だぜ!おもわず歓声を上げ左手で
ガッツポーズしながら気持ちの良い道を下っていった。

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ウトロに降りた。さっきまで雄大な自然を眺めていられたのに、途端に下
世話な観光地に入ってしまい残念。とりあえずいい時間なので昼飯食おう。
道の駅にいったら、葡萄海老と鮭児とウニの究極海鮮丼なるものがあった。
一日5食限定で3990円!、さすがに売れ残っているようだった<ばき

そこを出てフラフラ走ったらバイクが停ってる店があったのでそこに入る。

Ikkyu

一休屋なるそこで鮭親子丼を頂く。一人だったのでカウンター席になった
ので、板前さんと色々話しをすることが出来た。この鮭は「時しらず」と
いう春に川を遡上する鮭なんだ、とか。いやー、美味かった(^◇^)

Oyakodon

さあ雨の降る前に走り出そう!国道334号をオホーツク沿いに南西方向に
向かって出発。途中名所のオシンコシンの滝を横目で見ながら通過する。
そういやここは10年以上前に初期型のTDMで北海道を旅した時に来たっけ。

その直後、突然空から鳥撃ち散弾のバラ弾のように大粒の雨が降り出す。
防寒のためにカッパの上は来ていたが、昼飯を食うまえにカッパの下を
脱いでいたのでザァザァと降る雨の中、あわててブーツカバーとカッパ
の下を着込み、準備万端。ちゃんとした装備さえしていれば雨中走行は
それほど苦痛じゃないのだ。決して楽しくないけど、それをも楽しむ!、
それが旅の極意なのさ。

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途中の斜里の街で、突然腹がゴロゴロ言い出して便所に行きたくなった。

目の前にホクレンがあったが、町中に入れば道の駅があるという看板が。
じゃあそっち行くべ、と思ったが、嫌がらせのように信号という信号に
全てひっかかり、道の駅には看板が出ておらず行き過ぎたりして限界
寸前で便所に転がり込んだ。真新しい道の駅だけあって肛門水洗便座で
快適快適<ばき

漏洩汚染を招くメルトダウンをギリギリで凌いだ帰り道、こんな名前の
橋があるのに気が付いた。これは「左の人」が命名したに違いない(--;)

Sayoku

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斜里の町中を通過し、その後国道334を離れ農道に入る。海沿いの景色の
後で、北海道らしい農業風景を眺めるなんて贅沢だなぁ(^^)。

その後で今度は道道467号で北上して濤沸湖に出た。今度は湖の景色が
美しい。デカイ橋の欄干にはとてつもない数の鳥が羽根を休めていた。

Toridarake

国道を走ると、その脇に馬が放牧されていてワラワラ歩いてた。
のどかだねぇ。これで雨さえ降ってなければ(それは禁句だってば)

Uma

網走市内に入った。市街地を走り抜け呼人浦を左に見ながら国道238号
をひた走る。雨がだんだん強くなってゆく、避けるように卯原内という
所にあったホクレンに入り、ガソリンを入れた。137.9km走って3.2L。
燃費は43.09km/L。知床峠を越えた割りにはそこそこ良いのはその後の
雨で淡々と60km/Hで走り続けていたからだろう。

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常呂の先で「船長の家はコチラ」の看板が出たので、その看板に従って
進み、今夜の宿である「民宿・船長の家」に到着。この時雨はピークで
ズブ濡れのまま受付に行くのがはばかられたので、玄関先から大声で駐
輪場所や、カッパの仮置き場について指示を仰いだ。

民宿といっても、ここはもうりっぱに旅館と言っても良い規模がある。
とはいえ今夜の部屋は相部屋だ。前日はYH、その前々日にはライダー
ハウスにいた自分は何の抵抗もない。見ず知らずの旅人と会話するのは
楽しいと思いこそすれ、苦痛とは思わないから。

奇しくもこの日も相部屋に集ったのは自分を入れて3人のライダー。
雨について語り、そして今夜の夕食について色々な想像を巡らせていた。

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館内放送がかかり、食堂に移動した。そこにはかなり豪勢ではあったが、
想像したよりは少なめの食材の並んだ席があった。なんだ、この程度
なの?と思ったのは最初だけで、スタートしたら、そこから出るわ出るわ
まだ食ってない料理の乗った皿の上に次の新しい皿が乗せられてゆく、
というと大げさかもしれないが、そのくらいのイメージでカニを主体と
した料理が出続けるのだ。

Sennchoyuu

これが最初にテーブルに並んでいたモノ。これを食っているとその脇で
一人一つずつあるカセットコンロで生きたタラバガニの半身を茹で始める

Taraba

それをも飽食した後にはまた鍋一つ分のカニシャブ、さらにそこから出るわ
出るわの海の幸、もう食えない、と思っていたら、最初に机の上にあった
チーズケーキと茶碗蒸を食うのを忘れていた_| ̄|○

チーズケーキは食えたけど、茶碗蒸は一口食ったらそこにもカニが
入ってて、その味で断念。もうしばらくの間カニ味の何も食いたくない、
と思いながら部屋に戻り、膨れた腹をかかえて、3人とも早々にその
まま寝込んでしまった。

雨が降っているとあまり寄り道せず移動する時間が増える傾向があるから
結局今日もムチャクチャ走ってしまったよ。ここまで走ると地域を太い筆
で塗りつぶす「面の旅」というより、「点と点を線で結ぶツーリング」に
なってしまうが、雨の日は仕方がない、旅の極意は臨機応変だからね(^^)


                 本日の走行距離 約280km

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2007.08.09

旅2007・5日目

・・・夢を見た。

自分は節分の鬼の役になっていた、そして何故か元カミさんが自分を
嫌悪しきった表情で、泣きながら何か聞き取れない言葉を叫びながら
止むことのない豆礫を自分に向けて投げつけてきた。自分はなすすべ
もなく逃げ回るばかり。気が付くと元カミさんと反対側から今の彼女
が同じく泣きながら自分に同じように豆を投げつけていた。

パラパラパラ、バラバラバラ、わ〜〜!もうやめてくれ!

------------

・・・目が覚めた。

なのに豆を投げつける音はそのまま続いていた。まさか正夢?<ばき
いやいや、そんな事があるわけがない、ここは白滝のキャンプ場だろ。
そこで正気に戻った。これは豆じゃない、雨だ、しかも大粒の豪雨!
うひゃひゃひゃっひゃー、何てこったい!オーマイガーっ!

一応前日雨対策を一通りしておいたから、最悪のシチュエーションは
避けられているけど、それでもドカシータープと、ペグダウンした
フライシートから少しはみ出た部位から若干水が染みていた。

夢で見えた大豆と涙は、こういう事か。元カミさんが泣いていたのは
過去の自分を怒っているのか、それともあの頃を掘り返すような旅を
今しているからなのかな?、今の彼女(?)が泣いていたのもその為なん
だろうか?、ごめんねお二方、これは自分が未来に行く為にどうして
も乗り越えなければ、ケジメを付けなければならない旅なんだよ。

おっと、そういう事よりも、まずは現実の雨をどうにかしなくっちゃ。

------------

テントの中で片付け出来るものは全て収納して、雨対策まで完璧に
行った。そしてカッパを着込み、メットを被る。メットは優秀な雨具
なのだ。やれる準備は全て出来た。・・・よし、やるか!

Ametento

フライシートを開け、両手で持てる荷物をテントから3m離れた屋根が
付いたバーベキューかまど場に持ち込み、それを繰り返して荷物を
全て屋根付きの所に移動を終えた。

後はテントとドカシータープ、そしてTWだ。

かなりあわてて荷物の持ち出しをしていたので、気が付かなかったが
テントとドカシー、そしてTWは驚くほど沢山の蛾にたかられていた。
前夜に外灯に沢山寄っていた蛾が朝になって始まった大雨を避ける
ために、どうやらバイクやテントで雨宿りしているらしい。

その画像をUPするけど、虫に弱い人は見ないほうがいいかも・・・
  ↓
Twmusi

そんな蛾を払いながらまずフライシートを外し屋根付きの場に投げ
込み、テントは形を保ったまま屋根付きの場に投げ入れた。

Amayadori

TWのゼッケンカウル内に常備してあるゴーグル拭き用のウェスで、
テントとフライの水滴を拭けるだけ拭いて、でもズブ濡れのまま一気に
畳む。そして間髪入れず一気に最終パッキングまで行い、ドカシー
タープを撤収して畳み、全てのパッキングを終えた。

Nuretento

何度やっても雨降る中のテント撤収は嫌だよな(TT)、でもこれを乗り
越えないと先に進めないのなら、嫌でもやるしかない。躊躇すれば
するほど、先送りすればする程、傷は深くなるのだから。

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昨夜甘露煮を貰ったオッチャンに別れを告げ出発!

おっと、その前に今夜はもうキャンプをする気力が無くなっていた
ので、晴れていそうな方向にある適当な宿を確保しておこう。地図
を見た。とりあえず洗濯物もたまってきたので、洗濯をするために
ユースホステルに行こう。移動可能な距離と方角を考えて摩周のYH
に電話を入れたらあっけなく予約が取れたので、今日はそっちに向
かう。そうだ、摩周に行く途中で、あそこに寄って一つケジメを付
けておかないと。

------------

国道333号を東に向かって走り出した。丸瀬布を抜け、遠軽に入る。
そこからちょっとだけ遠軽方向に走り、コンビニに寄った。

今回のツーリングで、自分は実は初日の東北自動車道のSAで買った
ペットポトルをずっとそのまま使い回している。1Lと使い勝手の
良いボトルなので、飲み切った後は1Lの紙パック飲料を買って詰め
替えているのだ。こうするとゴミも少ないし、コストも安いし(^^)

Tumekai  Tumekae2

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そして目の前のホクレンでガソリンを給油。200km走って4.5L給油。
と言う事は44.6km/Lか、まぁまぁ走った方だね(^^)

遠軽を南下し、今度は国道242号に乗って、南下した。ある場所を
ただひたすら目指した。近付くにつれ、どんどん気が重くなって
行くのが判った。本心では行きたくないのだろう、でも行かねば。

留辺蘂に入り、国道39号に乗り東へ進み、相内から道道143号へ曲
がり、訓子府で道道986号を東にすすみ、チミケップ湖を抜ける
林道コースを選んだ。そういや今回は我がTWに殆ど林道を走らせて
やってない事に気が付いたのだ。どうりでスネてオイルを漏らす
訳だ<ばき

Rindotw

------------

道道494号から訓津峠を抜けて行く林道で至るチミケップ湖は殆ど
観光地化されていない自然の状態に近い湖だった。小雨が降って
いたのもあって、あまり長居出来なかったが、天気が良かったら、
相当な景色だったんだろうなぁ、残念。顔面にたかろうとする虻
を払いながら、TWの元に戻り、再び湿った赤土のダートを舗装路と
同じ速度(60km/H)まで引っ張りトップギアを使って淡々と走った。

Lakechimikep

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林道を出て道道494号を完走、国道240号に乗り、それを南下する。
重苦しい心理状態のままそれでも走ると、そこに道の駅がある。
相生だ。ここに自分が旅の定宿として毎年のように利用していた
廃線後の駅と客車を利用したライダーハウス、「駅の宿」がある。

Aioi

道の駅の内部の売店、そして飲食店、何もかも6年前とほとんど
変わらない。廃線後の相生駅のホームから少し離れた位置に移動
してしまった畳敷の客車以外、何一つ変わってないといっていい。
ファーム富田の時のように、売店の中に元カミさんの姿があるん
じゃないか、と錯覚しかける程に。

自分はずっと旅をしてきて、ここには良い思い出しかなかった。
だから6年前もここに元カミさんを連れてきた。でもその事で、
自分は元カミさんに嫌な思いをさせてしまったのだ。

Aioi2

それが自分の我がままで連れてきた事が原因だったのに些細な
事だし、自分は悪くないのだから、と勝手に開き直って結局、
最後までちゃんと謝らずあの時の旅を終え、そして今に至る。

だから、この場所に寄って、写真一枚になってしまったけど、
その元カミさんにちゃんと謝りたかった。今では手遅れだけど、
それでもどうしても!。ウェストバッグに入れておいた写真を
手に取り、客車の前で元カミさんに向かい一人、頭を下げた。

 「本当にすまなかった。悪かった。ごめんなさい」

Aioi3

多分、もう二度と使う事は無いだろう駅の宿、そして寄る事は
無いだろう相生の街を背に、TWは自分を乗せてまるでこの場
から逃げだすように走った。

------------

そんなメンタル状態で行ったその先の阿寒湖は、もうボロボロ。
あの当時、何処に寄ったとか、あそこの銭湯に入った、とか、
土産屋街で見聞きした事、話した言葉の全てを鮮明に思い出し
とても近寄れなかった。だからこの時だけはTWにムチを入れて
アベレージを+10km/Hほど上げて国道241号を先に、先に!、と
急いだ。

そこから摩周までの道は、何を見たのか・・よく覚えていない。
ただ途中で日が差してきたので、北海道の国道でありがちな
「ご自由にお休みください」という駐車スペースでズブ濡ていた
テントを広げて天日で乾かしたりはした。旅人として脊髄反射
しちゃうんだよね、こういう所だけはさ。

Tentodry

摩周温泉で少し正気を取り戻し、ホクレンでガソリンを入れた。
セルフになってて、しかもフラッグをくれない。スタンプは
店内にズカズカ踏み込んでいけばくれるけど。ここまで174.8km
走って4.23L入ったので、燃費は41.32km/L。精神状態が悪いと
アクセルコントロールも乱れるのだろうか?

ホクレンのおっちゃんを捕まえてベラベラと話をして、少し気を
取り直して久々に摩周湖の方に向かって走り出した。その途中に
今夜泊まる摩周YHがあるのを横目で確認しながら長い坂を登り、
駐車料金が有料の第一展望台をパスして、無料の第三展望台に
向かった。もしも霧が晴れていたら、自分の今の気持ちや未来も
晴れるんじゃないか?、そんな賭けにも似た、何かしらに縋る
ような気持ちで展望台の上に進んだ。

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Mashu

眼下に広がっていたのは「霧の摩周」、と言われてるこの場で
しかも曇天で雨が降りそうな状況なのに、中島に生える木々が
一本一本見えるくらいの鮮明な絵はがきのような摩周湖の姿
だった。正直な話、ここまで晴れた摩周湖を見たのは生まれて
初めてかもしれない。

これを長い時間見続け、そして思った。いつかまたこの景色を
見にここに来たいな、ってね。今までやってきたようなTWに
野宿道具を括り付けて回る北海道ツーリングの旅スタイルに
固執する必要なんて実は無いから、またいつかこの場に来よう。

素晴らしき北海道の景色に、救われた気がした。感謝(^^)。

------------

そう心の中で割り切ってしまうと、その後で記憶で汚染された
場所を走ってみてもさっきの相生ほど苦しく無くなくなった。
当時は楽しかった、でもそれを思うと今は苦しいそれは、無に
なった訳じゃない。厳然たる事実としてあの過去は存在し続け
ている。

でもそんな楽しかったあの頃の思い出は、もうこの世で自分
一人だけしか記憶している者が居ないローカルな物だ。だから
その思い出は自分の脳内本棚の奥に大切に持っていようと思う。
自分が旅した、つまり生きてきた事に対して、良きにしろ悪き
にしろ、誰にも汚されない、あの当時にはこんなにも頑張って
いたんだ、人生を楽しんでいたんだ、胸を張っていいんだよね。

Iouyama

------------

摩周湖から硫黄山を経て屈斜路湖畔を走り、国道243号に出た。
メンタル的に救われつつあったので、路上の上をノコノコ歩いて
いたミヤマクワガタを手にとり愛でる余裕も出た(^^)♪

Miyaman

そこから再び摩周温泉を目指し、そしてさっき確認したYHに
チェックイン。

Mashuyh

今夜は同室の(同質の)ライダーと北海道話やどっちにいけば
晴れているのか、といった話題で話しながら一見無駄な、でも
有意義な時間を過ごした。夕飯は小奇麗だがちょっとショボ<ばき

Yhyuuhan_2

さあ、もう寝よう、今日はちょっと走り過ぎたよ(^^;)


                 本日の走行距離 278.1km

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2007.08.08

旅2007・4日目

昨夜にとてつもない豪雨が降ったりしたので、ライダーハウスに逃げ
込んだ選択は正しかった(^^)

場末の工事現場事務所のプレバフ建物にじゅうたんを敷いただけの
部屋で自前のエアマットと寝袋という環境ではあったが、屋根と壁が
あり風雨をしのげる、と言うことがどれだけ心強い事なのかを実感
した。ビンボー生活、と言いながらもいつもの自分の日常生活が、
どれだけ恵まれていることか・・・いつもあるものが、無くなると
それの有難味を激しく実感するものだ。それがモノだったり、環境
だったり、一緒に暮らしていた連れ合いだったり・・ね<ばき

起きた後、自分を心配してくれた今の彼女から携帯に電話がかかって
きた。ライダーハウスに泊まったという話をしたが、一般人である
彼女にはやっぱりその概念がよく判らないらしい。そりゃ無理か(^^;
でも自分を心配してくれる、つまり想ってくれる人がいる、という
のは旅先や出先ではいつもよりもぐっと嬉しいし、心強いな、深く
感謝。無事である事と感謝の気持ちを告げ、電話を切った。

------------

ライダーハウスには色々な人が集う。そこに自転車乗り、単車乗り
果ては車で来ている人もいる。そしてその人なりにこだわり貫いた
旅のノウハウを持っている。そういう情報交換の場としても、ここは
機能している。

思うに、大昔からずっと続いて、文化の交流や、言語の伝達、技術の
伝承といった役割を担っていた宿場街の旅の宿という設備は、こんな
ライダーハウスのようなものだったんじゃないだろうか?。

個室が当たり前の現在の宿泊設備が失ってしまった、人が日々旅する
(=生きる)為に必要だった「旅人同士が直接、かつ交互に行うコミュ
ニケーションの場」が、ここには未だに色濃く残っているような気が
する。これをマンションと長屋、と置き換えると、日々の日常生活に
おけるご近所コミュニケーションの欠如、と綺麗に当てはまるのは
偶然だろうか?

旅支度をまとめ、TWに括り付けながら、今は廃れてしまった、そんな
旅人同士としてのあいさつを同じ宿で過ごした「旅人」として、準備
が終わり次第、そこを出発した。

Go

------------

朝から天気は曇りだった。晴れているのは十勝や帯広、釧路の方だけ。
あとは何処に行ってもほとんど雨、という予報だった。天気だけを
考えれば晴れているそちら側に逃げるのが正しい。それにそちらには
自分の友人であり、ここに稀にコメントを寄せてくれるガミ氏が住ん
でいる。じゃあそっち側にでも行くか。ただ距離が近すぎるから、
途中何処かに寄り道をしていこう。

とりあえず陽日がさしていたので近所の美瑛の丘をくるぐる回って
その美しい景色を堪能してみた。そしてちょっとだけ、以前の旅の
記憶が甦り、楽しかった思い出と一人で旅している今のギャップを
感じて、猛烈に寂しく思ったりもした。

Biei

・・・さぁ、テキパキと先に進もう。それが自分に許された唯一の
進むべき道なんだから。

見飽きることのない、何日でもこれだけで過ごせるようなこの美瑛の
景色を一時間程で切り上げ、騒がしく車やトラックが走る国道237号
に戻った。

------------

地図をみたら美瑛から少し北上した旭川の街の外れに「旭山動物園」
の文字が見えた。近年話題となったあの動物園だ。動物好きな自分
にはうってつけだべ?と思い、今日はのんびり観光モードで行こう、
と決めてそちらに向かった。今回の旅の目的(=6年前の旅の続き)
としても、・・・多分適うよね(^^)?

Doubutukanban  Asahiyama

行ってみたら、車はすごいし、観光バスはガンガンくるし、とても
一地方都市の郊外にある市営動物園とは思えないような客の入り!

Asahinaibu

大して広くないんだけど、でも色々見てみると、確かに客に動物を
どうやって見せようか金をかけずに工夫を繰り広げた、その努力が
あちこちにみられた。だから人気のあるペンギンやアザラシ、シロ
クマといった施設は十数分並んだが、それでも並んだだけの価値が
あったよ(^^)

例えば入ってすぐのところにいるフラミンゴは手を伸ばせば触れる
かもしれない、という近距離の所でフラミンゴらしい姿で立ってたし、
  ↓
Huramingo


ペンギンはプールの底から水という流体の中を「飛ぶ」姿が見え、
柵からはフラミンゴ同様、手を伸ばせば触れるんじゃないか、と
思えるような距離でペンギンの表情までを見る事が出来る。
  ↓
Pen1  Pen2


大きなトラが寝てる傍からその姿や巨大な肉球を観察出来る。
  ↓
Tora1  Tora2


ライオンは鬣の後ろ側がじっくり観察出来るし
  ↓
Lion


黒ヒョウに実はヒョウ柄がある、なんて事をすぐ近くで見れる。
  ↓
Kurohyo


白熊がガンガン水中を泳ぐ様も見れるし
  ↓
Sirokuma


アザラシも水柱の中を泳いで姿を見せてくれる。
  ↓
Azarasi


おまけで、シャクトリムシも見れたし、頭にトンボも停ま<ばき
  ↓
Shakutori  Tonbo

それほど大きくない動物園なので人気のある設備を全部並んで見て
も午前中に見終わった。さぁ観光客モードから旅人モードに戻ろう。

------------

駐輪場に戻って出発しようとしたら、TWのセルが回らない。あれ?
また配線の接触不良か?それともスターターリレーが死んだのか?
まぁコイツにはキックペダルがあるからどこかで落ち着いたら配線
をチェックすればいいや。キックで掛からなければ大事だが、相棒
はキック一発であっけなく目覚めた。その後、理由も判らずセルが
復活。何だったんだろ?

そこから道道140号を進み、愛別に入り、南下するために国道39号に
乗る。天気もよく、快調にTWは60km/Hで走る。上はトレーラーから、
下は90ccのカブにまで抜かれながらそれでもその速度をキープして
走り続ける。旅人としての速度は自分は60km/Hが上限だと思う。

60km/Hなら、流れる景色を楽しむ余裕がある。道の上をノコノコと
歩いているクワガタが雄か雌かを見分けられる。道にいるバッタを
密度さえ低ければ避けて通れるのだ。それにそのくらいだと静かで
燃費も40km/L以上を常時叩き出せる、と良いことずくめなのさ。

なので、何か理由が無い限り自分はこの速度で走る。だから後ろに
迫る車両には全て道を譲る。これ以上の速度で走る必要がある時は
TWは出せるけど、あまり快適じゃない。だから必然的に60km/H位に
速度が落ち着くのだ。だから自分はTWが好きだ。こういう旅に使う
にはTWじゃなきゃダメなのさ(^^)

------------

層雲峡までやってきた。そこで午前中動物園を歩いて大汗をかいた
のもあって、風呂にでも入ろう、と「大雪山バーデハウス・層雲峡
黒岳の湯」なる公衆浴場に入った。600円と高いが仕方が無い<ばき

Souun  Ryoukin

あ〜〜真っ昼間から漬かる温泉は天国♪、ぶえぇえぇぇぇえ

風呂から出て携帯電話のメールをチェックすると向かう方向に住む
ガミ氏が今晩都合が悪い、との連絡が入っていた。それじゃ仕方が
ない、無理に押しかけても迷惑になるだけだ。ここで地図を広げて
どうするか考えた。帯広方向に行くと道東を巡る北海道ツーリングの
王道としてはたしかにいい。でも今回は道東は行くつもりがなかった。
そっちは前回もう行ったからね、その続きである今回は行く必要が
無いのだ。

じゃあ今回の目的である北に行くための方策を優先して考えるか。
雨は降るだろうけど、それもまた旅、それが人生なんだから(^^)

だが、この時点でもう15:30になっていた。となると、もうそろそろ
宿場く場所を確定しないとならない。地図を眺めて、来た道を少し
戻って国道273号に乗ると、以前何度か利用した事のあるキャンプ場
「白滝高原キャンプ場」がある事に気が付いた。

今夜は雨が降りそうだけど、でも今日は今まで降って無いし、もしか
したらこのまま夜、そして朝まで雨が降らないかもしれない。そんな
願望に近い思い付きを持って、勝手知ったるキャンプ場を目指した。

------------

白滝高原キャンプ場は設備や環境がいいのに殆ど無名の所で、最初に
利用したときはたしか無料だった。今はテント一張り300円だ。

受け付けのオッチャンとそんな話を繰り広げたあと、サイトにいって
何処にテントを張るか悩みに悩んだ。何せ雨が降るかもしれないのだ。
だから枝と葉を広げた木の根元に設営し、その上にドカシーをタープ
のように張って、雨に備えた。

Siratakitento

その後近所の売店に食料品の買い出しに出向く。近所、と言っても
そこは田舎、一番近い農協の売店まで8km程離れてる。荷物を降ろし
身軽になったTWと長い下り坂を駆け降り、そこで自炊用食材を色々と
購入して帰った。

------------

自炊の支度をしていると、側の駐車場に白い軽1BOX改造車で野宿して
いるらしいオッチャン、というよりもおじいさんに近い方が声をかけ
てきた。何処から来たの、とか、何処に行くの、とかいう話から始ま
り、そのうち自分が釣った魚を夕飯のおかずにあげるよ、とありがた
い申し出を頂いた。頂いたのはオショロコマの甘露煮、そして車内に
常設してあるというヌカ床で付けたというキュウリ。

久々の飯盒炊飯で少し芯のある米が炊けた。自分でもモヤシとウィン
ナーで簡単なおかずを作ってみた。まずは頂いた甘露煮から・・・
頭からモシャモシャ頂いた。これが最高に美味い!!!、ヌカ付けも
スゲェ美味い!、これはこのキャンプ場に来た甲斐あったな(^◇^)

Kyanpuryori

その後もこのオッチャンと会話しながら夕飯を食った。何でも軽1BOX
を自前のアイデア満載(太陽電池を背負ってたりする)でキャンピング
改造しそれに寝泊まりしながら北海道を旅しているのだという。

嗜好や思考、行動もなんとなく自分に似ていて親近感が湧いた。彼も
また自分と同じ、まぎれもない旅人だ。自分も単車に乗れなくなった
老後には、こういうスタイルの「旅」をしてみたいもんだ。

そうこうしているうちに雨がパラパラ降ってきた。テント設営の場所
と方法は間違っていなかった(^^)/

明日の朝には雨も上がっていますように、と祈りながら睡眠薬代わり
の発泡酒を飲み、テントを叩く雨音が睡眠を妨げないよう耳栓をして
寝に入った。そういや近くの外灯にすごい数の虫がやってきていたな、
明日の朝にはクワガタとかと出会えるだろうか?、そんな事を考えて
いたら、気が付いたら寝ていた。

                 本日の走行距離 172km

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2007.08.07

旅2007・3日目

乗ったフェリーは太平洋フェリーの「きそ」。かなりきれいで新しい。
そのためか殆ど揺れる事なく、短時間ではあるが熟睡する事が出来た。

短時間、というのはなぜか神経が高ぶって0530に目が覚めてしまった
からだ。まるで疲労の極致にありながら翌日の仕事のために自動的に
目が冷める現場仕事の朝のようだ(^^;)<ばき

おそらく昨日昨夜、色々と思い出さなくてもいいことをいっぱい思い
出してこのレポートを書いていたのが原因だろうなぁ(苦笑)

今日から心機一転、気持ちを改めて頑張ろうp(^^)q

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苫小牧到着は10:30頃だ、まだまだ時間がある。なのでベッドに横に
なったり、風呂に入ったりしながら贅沢に時間を浪費して過ごした。

さぁ、そろそろ到着か?荷造りして、今日の旅の準備をしなくては。
そのうちに船内放送が流れ、下船のため、船倉のTWの元に行った。
固縛しているタイダウンベルトは自分ととっとと外してしまう。
周りのライダーは作業員が来るまでただ待ってるだけだが、自分は
とっととベルトを片付け、車体の向きまで180°回して、すぐさま
下船出来るように準備をしておいた。

ついに下船、そして北海道に上陸だ。さぁ、俺の旅もついにここ
まで辿り着いたぞ。これからたっぷりと楽しんでやるのだ(^〜^)
あ、そうそう、やらねばならないことは当然やるけどね:-p<ばき

Feritomakoma

------------

苫小牧からどちらに向かって走ろうか、テケテケと走りながら
考えた。気分は北上だが、天気が不安だ。場合によっては東でも
南東でも、西でも、どっちにだって行っていいのだ。誰も自分の
行動を束縛する奴はいない。自分の責任と判断で、主体的に判断
して、そして責任をもって行動するだけだ。

よし、とりあえず夕張方向に行こう。そして富良野にでも流れ
ればいいかな?そんなエイヤ!な判断で即断即決、進路を北東に
向け伸びる国道234号に向けた。

このあたりの国道は大型車がハイペースで走っていて50km/Hで
走るTWだと少々辛いものがある。なので早来のあたりで道をそれ
道道933を走り安平のあたりの農地の中を走ってみた。

Longdat

ああ、ここは紛れもなく北海道だ、と実感出来る景色がそこに
あった。あまりに気持ち良く行き止まりの瑞穂ダムまで行って
しまった。

Mizuhodamu

ツーリングマップを見ても、何も記載されていないので、誰も
通り掛からないだろうけど、on車でも大丈夫な長い直線フラット
ダートや牧草を丸めて発酵させているロール、緩やかな起伏の
一面に広がる蜀黍畑や大豆畑、といった北海道らしい景色が
狭い場所に凝縮している。(ツーリングマップルR、P18D2〜
D3)

Corn

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その後、追分町を抜け道道462を東に進み夕張に入った。確かに
街全体の活気が失われているような気がした。とりあえず景気
回復の助けになれば、と道端に開いていたメロン売りで、夕張
メロンのカットを300円で購入、ああ美味いねえ(^^)。

Meronya  Melon

さらに夕張のホクレンでホクレンフラッグ旗欲しさにガソリン
給油。78km走って1.8Lしか入らない。つまり燃費は43.3km/L。
北海道に来たらやっぱりホクレンフラッグを貰わないとね(^^)

Hokurenflag

国道452号に入る前にこれまた北海道にしかないコンビニ店、
セイコマートで、これまた北海道でしか売ってない謎の飲料の
カツゲンを購入。段々北海道気分が盛り上がってきたぜぃ♪

Katugen

その後国道をそのまま北上し、シュウパロ湖、そして桂沢湖を
横目で見ながら快走する。非力なTWでも、アクセルに連動した
確実な「力感」があるのだ。それを感じている限り、不満は
あまりない。上り坂で向かい風だと、かなり辛いけど<ばき

Kumakanban

三段滝まで来た。ここは過去に何度も立ち寄った場所だな。
だからそのまま素通りして、少し進んだ先の道道135号に向け
右折する。ここまでくると富良野は近い。長いトンネルに
入ると少し肌寒い。真夏のこの時期に寒い、なんて感じら
れるのは、贅沢だよね(笑)

ずっとワィンディングを突っ走っていると、余計な思考を
せずに、どんどん心が無になってゆく。迫るコーナーに身体
が脊髄で反応して減速し、曲がり、そして加速してゆく。
まるで焚き火を眺めている時のように、ぼーっとしている
ようで、神経が研ぎ澄まされてゆく感じがする。これがいい。

長い下り坂の道道135はあっというまに終わる。そして国道
38号に当たる。国道38号を富良野に向けて走ると、少しだけ
栄えた街がだんだん見えてくる。富良野だ。

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富良野の駅前に行ってみた。以前そこにあったツーリング
トレインに泊まった事があるのだが、当然そんな設備など
無くなっていた。それは6年前に来た時もそうだったが、
そんなことよりも駅前の町並みがガラリと変わっていた事
に驚いた。工事中だったからこれからもっともっと変わる
のだろう。廃れ行く夕張と違って一大観光地だから仕方が
ないのかもしれない。

Huranoeki

富良野と言ったらラベンダー、というくらい花が有名だ。
最近ダイハツのディーラーにアトレーを車検に出した時に
自分を自宅まで送ってくれた中年女性店員が、社内でくり
広げたトークの末に最近富良野の花畑に旅行に行って写真
を撮ってきた、綺麗だった、という話をしていた。どうせ
ファーム富田のことだろうと思ってそう言ったら当たり
だったらしく、すごく驚いていた。

せっかく近所に来たから、ちょっと見ていってみるか。

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Tomita

・・・そこは6年前に来た時と全く変わっていなかった。

花は盛りを過ぎていたけど。構内の道、標識、便所の造形
に至るまで、全くあのころのままだった。一瞬、自分の隣
にあの頃のように元カミさんがいるんじゃないか、と思い
何度も見てしまった。当然そこに彼女の姿はありはしない。

Karehana

これが今の自分の現実なんだな。それを全て受け入れ、
さらに先に進もう。

そうそう!園内にこんなモノがあったのでメロンパン好きと
しては是非食いたかったのだけど、園内は韓国人か台湾
人か中国人かで一杯で、この店も長蛇の列が並んでいて
とても簡単に買えるような状態じゃなかったので断念(TT)

Tomimelon

もう二度とこない所かもしれないから食いたかったなぁ。

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上富良野のあたりで、突然散弾銃のような大雨が空から
降り注いだ。あっというまに全身ズブ濡れに。あわてて
小屋構造のバス停に飛び込み、カッパを着込む。一生に
一度でいいから全行程中に雨に降られない北海道の旅を
したい(TT)

そのまま上富良野の駅を目指した。そこには何度も行った
事のある豚カツ屋「田」があるはず。そこで遅い昼飯を
食おうと思ったのだ。でも行ってみたら何処にもその店が
ない。自分の記憶がかなりあいまいになっているのか?
と思って駅前に集ったタクシーの運転手に訪ねてみた。
すると何年か前に店をたたんでしまったらしい。今は
ホテルかどこかの調理場で働いているらしい、とのこと。
うーん、あの豚カツがもう食えないとは残念無念(;_;)

------------

この時点で雨がかなり降っていたのもあって、キャンプは
断念していた。じゃあ何処に行くのか?、もう面倒に
なっていたので、すぐ入れるライダーハウスに行く事に。

行ったのは美瑛にある「ライダーハウスGO」

かつての美馬放夢の雰囲気を醸す、ある意味で古き良き
・・・オ○ムのサティアン風の所だ(^^;)<ばき

Gononaka

そこにいた、先客と色々話をするうちに、どうも共通の
知り合いが居るらしいことに気が付いた。うーんバイクの
世界って本当に狭いなぁ。こんな所でそんなローカルな
話をする事になろうとは(^^;;)

そこでグダグダした時を過ごし、今日が終わった。
なかなか面白い人が集まる所だ。気に入ったよ(^^)

さて明日は太平洋側しか晴れないらしい。どうしようか。


                 本日の走行距離 215km

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2007.08.06

旅2007・2日目

一年ぶりのテント泊であったが、まるで去年のそれが一昨日であった
かのような錯覚とともに目が覚めた。朝日がテントを照らし、温度が
徐々に上がってきている。

可能な限り荷造りしてテントを出ると、昨夜は自分を含め3組しか
いなかったテントサイトにもう2〜3個テントが増えていた。

キャンパーと朝のあいさつを交わし、早々に荷造りと撤収にかかる。

------------

今日は目と鼻の先の仙台に、18:00までに行けばいいので楽チンだ。
地図を見て、去年も、そして6年前にも行った土湯の方向に向けて
走り始めた。

すぐの土湯の道の駅に停まる。昔ここには、一瞬とは言えこの姿を
したTWと、もう一台のバイクが確実にあったんだよな、でも今は
コイツだけ、そして俺一人だ。ちょっと感傷に浸ってから、それを
振り切るようにまた走り出す。でもしばらく脳裏に元カミさんとの
思い出が残った。不思議なくらい、当時を鮮明に思い出せるのだ。

Tuchiyu

もしかしたら、今ごろは「ここはパパとママがね、昔二人で来た事
のある、思い出の場所なんだよ」と、何処にでもいる家族連れの
ファミリードライブに来ていたのかもしれないな、そんな叶わな
かった、行くことが許されなかった未来図を少し思ったりもした。

------------

そこから北上してすぐ県道52号入り東へ進む。福島松川PAの手前で
左に曲がりさらに北上、福島市に入った。それまでは田舎の景色を
眺めながらのんびりしていたのに、都会に入った途端に朝の渋滞に
巻き込まれた。これはたまらん!、早々に都会をバイパスする道を
選び、阿武隈川の東側に逃げた。

その後は強烈な日差しと猛烈な暑さに参りながらも、県道4号を
北東に進み、その後国道349号、そして県道101号に進んだ。ここ
までくれば都会の喧騒から完全に逃れ、再びトコトコと流れる景色
を楽しむ余裕も出てくる。大体どこでも50〜60km/Hで流した。

------------

ツーリングライダーからはよくTWでロングツーリングしますね、と
言われる事がある。確かにでかいバイクの方が楽は楽だ。でも自分
は楽をするために旅してるんじゃなくて、楽しむために旅をして
いるのだ。旅の主役はあくまで自分だ。単車は脇役の道具に徹して
いて欲しい。そうしないと旅を楽しめないのだ。重くて大きい、
速くて五月蠅いバイクでは、その全てが過剰で、むしろ邪魔になる。
小さく非力なバイクだと、距離が出ないし、身体も疲れる。だけど
200ccの、16馬力のTWならばそれが高い次元でバランス出来るのだ。

Touge

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県道102号から同45号に乗り換え、北東そして北上し丸森町を抜け
国道113を北上し角田に入る。ガソリンを入れると98.2km走って、
なんと2.2Lしか入らなかった!、44.6km/Lも走ったよ(^^)

その後コンビニで一服しているとなにやら怪しい白い筒が見えた。
で、そちらを目指してわき道に入る。するとそこには台山公園なる
公園があり、そこに巨大なH2ロケットの実物大模型がそびえ立って
いた!。思わず降りて、歩いて根元まで行ってみた。・・・デカイ!

Roket

あぁ、コイツが軍用なら北朝鮮にウダウダ言わせないのに<ばき

高台から駐車場までの高さを利用したローラー式滑り台があった
ので、それを利用して下ってみた。疲れた尻にいいマッサージに
なった(笑)

Suberi

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国道113号を西に進み、その後県道110号を使って大河原に入る。
国道4号を横切り、県道14号で北上し村田に入る。そこの街に
入った瞬間、また記憶が鮮明に甦った。このガソリンスタンドは
6年前に入ったっけ、あ、この店は飯を食った所だ!、その後で
SUGOを横目にみながら岩沼を抜けて日本で唯一の航空安全の神社
に行ったんだっけ・・まるでそれが昨日であったのかのように
リアルに思い出された。

こんなに感傷に浸っていては、メンタルが持たない。でもあの時
自分は頑張っていたし、何より当時最愛の元カミさんと旅をする
事がものすごく楽しかった(^^)。それだけはまぎれもない事実だ。
だから自分の生きた証の一つとして一生絶対にあの時の旅を忘れ
ないでいようと思う。ただし今の彼女(?)にはナイショだ<ばき

そりゃそうだ、過去は過去、今は今、未来は未来、だから。
過去を教訓に、今を一生懸命生き、未来に向かう、それが人生。

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村田を抜け県道31号で東北自動車道と並走しながら走る。もう
仙台は目と花の先だ。だけど、まだ時間がたっぷり残っている。

そこで国道286号を西に進み、県道62号に逸れ、秋保温泉の脇を
抜け、国道457号で北上し、同48号を少し走り、県道263号を北上
してそういった周囲の景色を楽しみながら大倉湖なるダム湖に
行ってみた。周囲をゆっくり回り、その後で七北田ダムも見て、
再び国道457号に乗り、やっと仙台市の中心を目指した。

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それまで田舎ばかり走っていたのもあるが、仙台は車車車・・
車ばっかりで、死にそうなくらいだ。中心街は人人人人・・
一体何がどうした!、と思ったら七夕祭り?があるらしく、
とあるアーケードに長いボンボリのようなものが沢山ぶら下がり、
そこに人が押し寄せていた。こりゃたまらん、逃げろや逃げろ!
早々に中心街を抜けて、港方向を目指した。

フェリー乗り場に向かって走り、途中のオートバックスで忘れた
タイヤレバーを一本購入。またちょっとキャブ不調の気配がする
ので、呉工業のキャブクリーナーを一本買って、それを全て燃料
タンクにブチこんだ。トルエンやMEKが主成分だから普通に走れる。

Kyabukuri

後はフェリー乗船手続きまでフリータイム。ダイソーにいったり

Daisosendai

ジャスコで食材を買ったりと、まるで日常生活に戻ったかのような
時間を過ごす。ジャスコでカメの親子を模したメロンパンが売って
いたので、カメ好きでメロンパン好きな自分はたまらず購入(^^;)

Kameron

近所のスーパー銭湯に行き、汗と垢と汚れを落とし、痛くなった
尻を湯でふやかして準備万端、最後に今日の走行を〆るべくガソ
リンを入れた。さっき入れたキャブクリ0.4Lを足して、129km走り
給油は3.3L。燃費は39.1km/Lか、まぁこんなもんだろ。

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フェリー乗り場についた。

Feriiki

ここも6年前に来た場所なので懐かしいが、そういう感傷には浸ら
ないよう自我を必死に制御していた。乗船手続きをしようとしたら、
取ったはずの予約が取れていないとの事。翌々調べたら、なんと!
仙台→苫小牧を予約したつもりが、苫小牧→仙台の便を
予約していた事が発覚!!!
<ばき

あわててそちらをキャンセルし、(壱万円くらいは帰ってきた)
すでに着岸している船の部屋を取りにかかる。もう無理か、ここで
旅は終わるのか、とまで思ったが、トラックドライバー用の寝台が
取れたので、どうにか乗れる事になった。あぶねー(苦笑)

Ikifeirnai

TWを積み込み、ベッドで出航を待つ。6年前は甲板から離れ行く
岸壁と夜景を二人で見ていたっけ。それを思い出したくないので、
同じ部屋になった、初老のライダーとどうでもいい旅話をしながら
過ごした。

その後寝る前にこのレポートを書いている。目が覚めたら北海道は
もう目の前だ・・・


                 本日の走行距離 227km

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2007.08.05

旅2007・1日目

・・・朝、自宅で目が覚めた時は、まだ自分は日常生活にいた。

だが居間には昨夜までの成果である旅支度が並び、庭には相棒のTWが
朝日を浴びて輝いていた。そうだ、今日から俺は何年ぶりかで旅人と
して旅(=生活)するんだっけな。不思議と小学生の頃の遠足の前の
ような高揚感はない。むしろ少し面倒かも、という感情があることに
気付き、愕然とした。これが老いた、と言う事なのか?

そんな感情を掻き消すかのように、出来上がった荷物を旅の相棒に
ゴムヒモでどんどん括り付けてゆく。道具の選定や荷造りだけでなく
TWへのパッキングも、この10年ほど殆ど変わってない。

大振りのウェストバッグとOFF車用のタンクバッグに単車乗りとして
必要なアイテムや、旅人としての日常装備が殆ど収まっている。

リヤシートの上には重量のあるテントやキャンプ用品、寝袋や予備の
ガソリン等、キャリア上には軽い衣類。それらの間に畳んだドカシー
を挟む。重量物は単独でXクロスのゴムヒモで括り、ドカシーと衣類
はすでに固定されている重量物とそれらをまとめて固定するように
長いゴムヒモでM字型?に固定する。そうやっておくと、荷物満載で
林道走行をしてもズレないし、何より衣類だけを降ろす事が容易に
可能なので、出先で衣類を出し入れしたり宿泊するときに便利なのだ。

さらにその上からゴムネットをかける。荷物の固定には何の寄与も
していない。これは途中で買い物をしたり、風呂で濡れたタオルや、
雨で濡れたカッパを挟んで走りながら乾かすためのものだ。ホクレン
フラッグもここに装着する。

そういうパッキングのノウハウも、自分的にはもう完成の域に近付い
ている。とはいえ、自分一人にしか役立たない技術ではあるが(苦笑)

すべてのパッキングが完成し、最後にチェーンの張りとタイヤの空気
圧を調整して準備は出来た。ウェアを着込み、ずっしりとした重みの
ウェストバッグを装着し、首からゴーグルを下げメットとグローブを
手にした時点で、疲れた中年サラリーマンは「旅人」に変身していた。

------------

旅立ちを心配した今の彼女(?)が見送りに来てくれた。彼女はまだ
この旅の本当の意味を知らない。仮に知っても「ふーん、じゃあ
頑張って来てね」、くらいしか言わないだろうけどね(^^)

短めの別れのあいさつを交わし、TWの心臓に火を入れた。
缶コーヒーのショート缶しか排気量の無い小排気量の空冷OHC単気筒
らしい小気味良く歯切れの良い排気音を程よく消音されたノーマル
マフラーからせわしなく奏でながら、相棒が小刻みに振動して自分を
急かす。

 「さぁさぁ!、そろそろ行こうぜ!ホラホラ、早く!」
 
よし!行こうか相棒。俺らの課題をこの旅で必ず成し遂げようぜ。

Start

バイクは危ない、という一般的なイメージしかないので心配そうに
自分を見送る彼女に、必ず帰る、と約束して、走り始めた。

------------

たった200cc、16馬力しかないTWは高速道路が苦手だ。だが距離
を稼ぐ必要がある今回のような旅は、高速道路を使わない訳には
いかない。正直な所、2st125ccの方が高速走行に向いていると
思うくらい、非力なTWに鞭打って、高速道路を巡行した。大体
80〜85km/Hで流しているので、ありとあらゆる車に抜かれる。

Twhighway

それがちっとも悔しくないし、むしろ爽快ですらあるのがTWの
面白い所だ。逆に100km/H巡行なんてしたら、ただ辛いだけだ。

今回新兵器としてスロットルロッカーなる後付レバーを装着した。
これ大正解。手の痺れや疲れが劇的に低減するのだ。しかも使わ
ない時にはくるりと回して干渉しない所に移動してしまえば峠も
OK。値段が1200円前後したけど帰ったら他の車体にも付けよう。

とあるSAでTWの泣き所、スプロケ軸受部のアウター側からオイル
漏れ発覚。大量だったら即旅中止だけど、高速走行後だけポタリ
ポタリ、なので大丈夫と判断。しばらく様子を見る。フェリーに
乗る前までに酷くなったら、この旅は中断する。

Sa

それまでは暑くて死にそうな天気だったのに、福島県に入った
途端、空の色が鉛色になったかと思ったら気温が一気に下がった。
そういう皮膚感覚があるのが単車の旅だ。危ないな、と思ったら
かなり大粒の雨が突然降ってきた。陸橋下に逃げ込んでたまらず
カッパを着る。なんだよ、初日っからカッパ装着かよ(TT)

その後、カッパを脱いだり着たり、を何度か繰り返し、SAやPAで
同じ境遇のライダーと話をしたりしながら、ようやく初日の目的
地の最寄りのIC、二本松に辿り着いたので下りた。その頃には
もう晴れて雨の気配は無くなっていた。そこから目指すは岳温泉
近くにある無料キャンプ場の「あだたら高原野営場」

ここは十年くらい前に親友と一度使った事があったので懐かしく
なって行ってみた。去年も一度目指したが、雨で断念したのは
以前UPした通りだ。ここは無料のキャンプ場としては結構いい
レベルでお勧め。二本松IC寄りにある岳温泉の入り口に300円で
入れる元湯銭湯があるので目の前にあるスカイピアなる設備の
500円の風呂よりいい。そこは湯舟がかなり熱いけどね。

Gakuspa

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で、キャンプ場の内部を確認して、地元民らしき人に色々聞き
大体のルールが把握出来たので風呂に行って食材を買い揃えて
再び現場に行き、まずは夕日を眺めながらカナカナカナと鳴く
ヒグラシの大合唱の中で発泡酒で一人で乾杯!そしてテントを
設営。手慣れたモンだぜ(^^)

Adatara

枯れ枝をたくさん広い集めて、今回の旅で始めて導入したユニ
フレームの「ネイチャーストーブ」を使ってみた。こじんまり
した焚火となるが、一応地面を焼かなくて焚き火が出来た。

飯は初日からフルに作るのもなんなので、今夜はコンビニ弁当
で済ませてしまった。TDMなら鼻歌モノの距離だがTWではかなり
長い距離を走ったので結構身体も疲労しているようだ。早々に
寝た。

これが老いというものなのか(;_;)<ばき

------------

満タンで7Lしか入らないノーマルのTWタンクでは後続距離が知れ
ているし、給油にしくじると高速道路上で車体を押し歩く羽目に
なる。なので小刻みに給油する必要がある。この日は

 下道と首都高と高速 126.2kmで3.6L → 35.1km/L
 全て高速巡行    145.9kmで4.8L → 30.4km/L
 高速と下道      93.2kmで3.0L → 31.0km/L

と、言う記録が刻まれた。ブンブン回すとやっぱり途端に燃費が
上がるんだなぁ。高速さえ走らなければTWはスゲェんだけど<ばき


                 本日の走行距離 362km 
 

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2007.08.04

旅2007・プロローグ

単なるサラリーマンの自分は、結婚する前の年まで、毎年のように
課長と喧嘩しながら16〜17連休を取り、それをフルに使い我が最良の
相棒たるTW200で野宿を主体とした北海道ツーリングを慣行していた。

自由にフラフラ走ったり止まったりするためには一人が都合がいい。
なので自分の旅のスタイルは基本的に一人旅だ。最初の頃は高校の
頃からの親友と一緒に行ったりもしたが、東北までは一緒でも北海道
に渡ったら、降りたフェリー乗り場で

 「じゃあ、3日後に、***で会おう」

とおおよその方向を定めて散解し、お互いが自由行動に入り、何日に
一度だけ同じキャンプ場で合流、無事を確認しあい、その翌朝には
再び「次は*日後にどこそこで会おう」と約束して別行動を取り、
最後に同じフェリーで地元に帰還する、といった一人旅をベースと
したスタイルで行ってきた。だから、一度だけだが友人とすれ違って

 「おお、元気に走ってるな、頑張れよ」

なんて一瞬の交錯の間に手で交わす会話を交わしたりもしたもんだ。

------------

でも最後に行った北海道は完全な二人旅だった。結婚する前の夏、
当時付き合ってた元カミさんと一緒に行ったのだ。あれはたしか
・・・6年前?だっただろうか?。

自分の生き様ともいえるそんな一人旅で得た知識と経験を元カミ
さんに披露したかったし、そうやってずっと一人で見てきた世界を
これからずっと一緒に生きてゆく(と自分は信じて疑わなかった)
元カミさんにも一度見てもらいたかったのだ。それに一人旅はそれ
までにもうさんざんやったから、そろそろ次のステージ(=結婚)
に行く前に二人でそれをやって一区切りつけるつもりでもあった。

その後やっと結婚して、結婚生活が始まり、でも残念ながら早々に
離婚して、ずっと一緒にするはずの二人の旅はそこで終わり解散、
再び一人で生きる生活(=旅)が始まり、それから4年間のバツ
イチ生活の間、様々な私生活や仕事の問題、その他の諸般の事情に
よって、自分がその二人旅の後で北海道を走る事は無かった。

去年はやっとどうにか行けそうだったのだが、結局仕事で潰れた
のは以前UPした通りだ。

------------

だが今年は去年までとは色々と事情が違う。今の自分の生活には
世間一般から見れば彼女(?)と言える女性が居る。諸般の事情に
よりパートタイムではあるけど、一緒に生活しているから、民法
上はもう「内縁の妻」と言ってもいいのかもしれない。とはいえ、
それがいつまで続けられるのかは、まだ誰も判らないが(謎)

それに、ここ数年来ずっと係わってきた某施設での現場仕事が
今度の秋から本業となる事がほぼ確定している。転勤という程
ではないが、勤務地も変わるし、仕事のスタイルも今までの研究
開発とはまるで違ってくる。少なくとも今までのような単車との
付き合い
は出来なくなる可能性が高いのだ。

そういった自分を取りまく環境が大きく変化してきているのは、
自分を新しい世界、そして未来に連れていってくれるためだ。
新しい道を進めばきっと新しい世界に行ける。旅がそうである
ように、人生もきっとそうだ(^^)

------------

だから、だからこそ今年は、いやこの夏までに是非とも北海道に
行きたいと思う。研究所勤めなら長い休みが比較的簡単に取れる
でもライン業務に係わったらもうダメだ。だから休みがどうにか
取れるうち、人生の編曲点を通過してしまう前に是非行きたい!

それは今の彼女との二人旅ではなく、今までの一人旅として、だ。

なぜなら自分の今までの旅(=生き方)を再認識したいからだ。
そして今までの旅(人生)に一応のケジメをつけたかったからだ。
38歳という”Point of No-return”を通過しようとしてる自分は
刃で空冷ポルシェと闘う事で、ではなく、これでそれを成すのだ。

そしてもう一つ。最後に北海道に行った6年前、旅の終わりに元
カミさんと交わした約束を、どうしても果たしたいのだ。だから、
たった一枚だけ手元に残った元カミさんの写真をこの旅に持参する。

元カミさんは自分と言う人間、自分と一緒に生活したり、旅した
事などとっくに忘れ去っていて、何処かでとっとと新しい生活を
しているはずだ。無論自分が今回叶えようとしている、その当時
の口約束なんてカケラだって覚えてないだろう。

えっ?離婚しちゃった後なのに何のためにそんな無駄で無意味な
事をするのかって?・・・それはどんなに説明しても理解しては
貰えないだろう。一言でいえば「ケジメ」をつけるためさ(^^)

------------

旅の準備は休み前の一週間を使って行った。今の彼女(?)の面倒も
見る必要があるので一人暮らしなら自由に使える平日に仕事を終え
帰宅後から寝るまでの時間がほとんど使えなかった。なので正直、
準備不足は否めない。

とは言え持参する装備も、経年劣化を除けばここ10年くらい殆ど
変わってない。自分は当然だが、バイクもあの当時から愛用の
最初期型TW200だし、テントも寝袋もウェアもメットですらも、
それだけの月日が経過している。果たしてこの旅の間、もって
くれるのだろうか?不安がよぎる。だが、この旅はそれで行く事に
意味があるのだ。何故ならこの旅は、前回の二人旅の続きだから。

Twface

------------

出発の前日、深夜までかかって、ようやく準備が整った。いつもの
事だが、何度も確認したにもかかわらず、必ず何かを忘れている
ような気がする。そして、そういう場合は大体何かを忘れている。

・・・ま、そういうのは現地で調達すればいいのさ(^^)<ばき

翌日の天気予報だけを寝しなにTVで確認してから眠りについた。
この一週間、北海道は天気がよくないらしい。晴れもあれば雨も
ある、でもそれが旅行ではない「旅」、つまりそれが人生だ。

明日からはちょっとだけの間、ほんの少しだけ違う日常が始まる
それはきっと過去との決別と、そして新しい未来へのスタートに
なるはず・・・そんな期待と、多少の不安、そして一抹の寂しさ
を思い浮かべながら。

    続く

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旅に出よう

この投稿からしばらくの間、このBlogは自分の旅の記録をUPする場に
なります。単車で行く野宿放浪旅なので、出先故にwebが閲覧出来る
状態ではないので、基本的には携帯電話メールからの短い書き込みや
荒く小さい画像付きの一発ネタ、そして可能であればテキストベースの
文章になります。

旅の最中の投稿はツーリングレポートの草稿をバックアップのために
UPするような形になる?ので、後日画像を付け足したり、大幅編集する
事もあるかもしれませんし、コメントを頂いても恐らく返信出来ないので、
大変申し訳ありませんが、その旨ご理解の上でご勘弁ください(^^ゞ

------------

と、いう事で、そろそろ出ます。さあ今度の旅は果してどうなるやら…

 

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2007.08.02

再び一歩前進、一歩後退

中年サラリーマンである自分が短い短い結婚生活破綻直後から始めた
誰がどう見ても偏屈であるだろう今の生活。自分的には自身の可能性を
限界までではないにしろ、ある程度追求出来た、という自負がある。

この暮らしは、まだまだ継続しようと思えば出来ると思、いや絶対出来る。
むしろ今以下にレベルを落としても、まだまだ自分自身にはそれを楽しむ
だけの余裕
があるだろう。

だが、その暮らしも去年から始まった彼女(?)との付き合いで変質している。
丸三年半もの間、LPガス無しで生活していたのだが、そんな自分の酔狂
彼女(?)を付き合わせるわけにはいかないので、早々にLPガス屋と契約して
21世紀ならではの便利なガスコンロや家庭風呂のある生活をするように
なった。我ながらスゲェ近未来的な生活をしてるじゃん(^^)♪<ばき

とはいえそんな生活スタイルが自分自身の主張や、自分の嗜好から大きく
外れていることは確かだ。自称だが「チームマイナス20%」を自認するはずの
自分がこんなに二酸化炭素を発生させる生活をしていていいのだろうか?
という疑念は常に頭のどこかに持っている。

だが、そんな些細な事より大事な事は、元カミさんから愛想を尽かされた
こんな自分と付き合ってくれている彼女(?)が、より暮らし易いインフラを
整備してあげる事だと思うのだ(^^)

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今の彼女(?)は普通の女や元カミさんだったら、一日持たずに裸足で
逃げ出してしまうだろう我が家の生活にある程度馴染んでくれていた。
とは言っても色々な事情によって(謎)、出張期間以外の間でもずっと
一緒に生活していたわけじゃないのだが、それでも、ボロい我が家で
一通りの生活をしていた。

だがそんな彼女(?)が、ある日、脈絡無く突然自分に、懇願してきた。

 「…もう暑くてダメ、倒れそう。お願い!エアコンを買って(;_;)」

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築30年超の木造平屋の南南西向きの我が家の夏はハンパ無く暑い。
だから庭には自慢?の農業用遮光シートを今年も既に張ってあるし、
ヨシズも買い増しして夏の暑さに対する備えは万全を期していた。
だが、そういう暮らしに慣れきっている自分と違う彼女(?)は、自分が
冷房の効いた会社に逃げている最も暑い時間に、このクソ暑いボロ
家に居るのだ。しかもその場合大半が寝込んでいる(謎)。つまりは
自分ひとりのときと違って、窓や扉を全部開放して風をガンガン通す
といった暑さ対策も取れない。これは確かにキツイ。

…色々考えた。エアコンはLPガス以上の自分の身上や生き様に反する。
それに今の彼女はこの家で今後もずっと生活する訳じゃないから(謎)
もしエアコンを入れても早々に無駄になる可能性もそれなりにある。

だが、今の自分にとって大事なのは自分の主張をゴリ押しする事じゃなく
また些細な損得を気にしてケチる事でもなくて、そうやって『あの時と同じ
過ち』を繰り返さない事なんだな(^^ゞ

------------

その日の翌日、近所の家電量販店に出向き、工事がすぐ対応可能な
事を確認して、結婚生活にはあったが、それ以前も以後も殆ど縁の
無かったエアコンをクレジットカード一括払いであっけなく購入した。

偶然だけど、この前日に高値を付けていた手持ちの外貨をある程度
売り払ってそこそこ利益を上げていたのだが、その利益がほぼエアコン
導入費用と同じだった。つまり殆どタダでエアコンが入った計算になる。

この直後に外貨が暴落したんで、そういう意味でもラッキーだっ<ばき

------------

そして、その翌日にはもう自宅にはエアコンが付いていた。

Aircon

以前創意工夫という事でエアコン用の貫通口に装着していた筒状の
換気システム
と並べて、記念に撮影してみた。

エアコンのスイッチを入れてしばらくすると、この家では感じたことの
無い快適な部屋の環境があっけなく手に入った。あれだけ創意工夫
で夏の暑さを凌ごう、逃れよう、としていた努力をあざ笑うかのように
安易に乾いた冷風がコンコンと湧き出てくる。

個人レベルの知恵は所詮エアコンにかなわないって事か…_| ̄|○

いや違う、エアコンが無い状態でヨシズや日よけといった数々の暑さ
対策を施してあるから冷房の効能がよりはっきりと実感出来るんだな。

その翌日、家にやってきた彼女(?)がこのエアコンと涼風を喜んだのは
言うまでもない。そうやって喜んでもらえただけで、この投資の効果は
十分だよ(^◇^)

------------

と、いう事でガス有り生活に続き、エアコン有り生活に退化進化して
しまった我が生活。今後はエアコンを入れてラクラク生活をするのか?
と言えば、それは今の彼女がやってきた時や、来客があった時だけ(笑)

だから今でも貧乏節約創意工夫のアイデアは現状に応じたレベルで常に
コンコンと脳内に湧いてきている。

今回設置したエアコンも、ずっと弄っていてある創意工夫を思いたので
9月頃には実験してみる予定。夏場限定になるだろうけど、このエアコンを
使いながら、それと太陽を使ってガスや電気といった追加エネルギーを全く
使わず風呂を沸かす方法だ(笑)

そう、周囲の状況が変わったなら人はそれに応じた生き方をすればいい。
それがどんな生き方であれ、その新天地で自分らしい生き方をすることは
決して不可能じゃないって事なんだよね(^^)♪

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「余震」最中の旅支度

最近すっかりここの更新頻度が下がってしまったなぁ

特に7月は前半が過酷な労働で自由時間がほとんどゼロで、さらに
ナローなNET環境だった事も重なり壊滅的、中間は地震やその他に
公私生活共に揺さぶられて余裕の無い状態が続いた _| ̄|○

率直な感情としてこういう生活を繰り返してると自分自身が磨耗し
ちっとも自己回復、自己再生出来やしない。こんな状態が続いてい
たら、以前結婚していた頃のように、自分はどんどん堕ちて「ダメ」
になってしまうだろう。何せ元カミさんが常日頃言っていたように
自分は、「誰よりも弱い男」…だからね(^^;)<ばき!

しかもその「余震」は今も続いていて、結局2007年度下期を待たず
入社以来ずっと関わってきた研究開発を行う郊外にある研究所から、
某所のオフィスを基点としつつも、基本的には地方にある現場出張
先で、かの激務を本業として行う部署に転籍する事が確定した模様


             _| ̄|○


------------

年収大幅UPは約束されてるけども(実際現場労働の成果が乗った
7月の給料は過去最高を更新)、それに比例して労働時間やその質、
年齢や所属なりの責任もバンバン上乗せされる。確かにやりがいは
あるだろうけど、その激流に自分の心身が耐えうるかどうか自信は
まだ無い。

自分の時間、今後の人生、そして命までを切り売りしてまで小銭を
稼ぐ事が、果たして自分が望む自分らしい生き方なのか?…悩む。

…でもまあ、こういう事はまずやってみないと分からんぜ(^^ゞ
そうさ!オレはサラリーマンである前に『単車乗り』なんだから。

道に迷って止まってしまえば倒れてしまうしバックギアも無いのだ、
だから何があろうと、ただひたすら前進と挑戦あるのみ!だぜぃ♪
もしもそれでもダメなら、この進む道が何か違うと感じたのなら、
そこであらためて別の道を探せばいいのさ(^^)b

元カミさんとの離婚を決めた、あの時の決断のようにね<ばき!

------------

ちゅーことで、今の研究開発職のうちに夏休みを取ることにした。
8/4~8/20だから17連休。ライン業務になったら、こんな個人の
我侭のような大連休を取ることは、もう不可能だからね。

そして、去年その仕事で挫折した、北海道ツーリングに挑むのだ。
使う単車は当然我が分身にして手足と言えるヤマハの最初期型
TW200
だ。単なるツーリングをするならTDMXTが便利だけども
「旅」をするにはコイツがいい、コイツ以外はありえないと言って
いい。

出張から帰って、この話がある程度固まった時点で、TWを起して
みた。久々にカバーを剥いで現れた相棒は少しふてくされた顔を
していた。その態度は弱ったバッテリーで回すセルモーターの音
にも出ていているような気がする。何せ長い時間と距離、苦楽を
共にしてきたのだ。こいつには自分にしか判らない「」が宿って
いるからね。

バッテリーを新品に交換し、他の交換すべき部品は到着次第に
ガンガン交換していった。一通りメンテしてグリスアップし、草臥れ
黒ずんだハンドルのグリップも綺麗な青いモノに交換したりして
外観もリフレッシュ!、専用焼き網や収納式蚊取り線香ホルダー、
その他自分の旅で便利な工夫をやり尽くした仕込み関連も万全、
最後に自分とTWが旅人モードである事のトレードマークである
鳥の羽根をTWのビキニカウルに洗濯バサミで装着してみた。

2007tw3

こうやって相棒が形になってくると、

 ino:「ああ、オレはこれからまたあの旅を再開するんだな」

と、いう雰囲気が自分の中にだいぶ盛り上がって行くのが判る(^^)

------------

行こうぜTW!、あの大地にさ。あの時にやり残して来た事や、
あの場所に葬ってきたかつての自分を取り戻しに、そして自分
自身の手で果たしてやらねばならない事を…成し遂げるために。

オマエも20年前のバイクだからかなりのご老体だろうけど、また
オレに付き合ってもらうぜ、ここまで一緒に走って(=生きて)きた
腐れ縁だと思って諦めてくれぃ(^◇^ゞ

2007tw2

…また直前でキャンセルなんて事になる可能性も結構あるけど、
それでもいけるところまで行ってみようぜ。もしかすると、これが
自分とTWとで行く「最後の旅」になるのかもしれないしさ(^_^)

 

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