« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »

2008年11月

2008.11.16

最近の給付金騒動に思うこと

囚人のような生活をしていると、世間がどう動こうがあまり興味が無くなるが
最近、アソー首相が世間を煙に巻くような愚策を呈しているらしく、この辺境の
地でもそういうニュースが毎日どこかで流れている。

莫大な借金で押しつぶされそうな瀕死の状態のこの国から2兆円もの生き血を
抜き取り、国民全員に広く薄くバラ撒くのだそうだ。その結果国民一人一人に
12000円の金が配られるらしい。

------------

逆じゃないのか?、この国の状況を鑑みれば一人一人にたった12000円を
配るんじゃなくて、国民一人一人から12000円を供出してもらって、総額2兆円の
資金を得て出血が続く今の国の財政の傷口をふさぐために使うんじゃないのか?

それならば自分は納得して12000円を国民の義務として喜んで財布から出そう。
子供や老人は納税の義務を果たしておらず、また国の庇護をより多く受けてる
のだから、一人当たり8000円を余計に支払えばそれでいいだろう。

それだけ支払ったところで、国民一人一人が背負っている630万?程の借金の
年間利子にもなりはしないけど、それでも、そういう仕組みがあってもいいと思う。

・・・え?違うの?

------------

以前の地域振興券の時は、自分はその選から漏れて、納税の義務を果たして
いるにもかかわらず、その権利を得ることは出来なかったが、今回のこの歴史に
残るだろう、愚策中の愚策では、自分も一応その需給の対象になるようだ。

つまり国は自分に12000円をくれるらしい。今の自分の時給に直すと3~4H
くらいだから、ぶっちゃけ一日分の残業代くらいだろうか?これの受け取りを
辞退したら、国権で一日だけ定時で上がっていいのであれば、辞退推奨年収
にはまだ及ばない自分でも、喜んで辞退しよ<ばき

------------

さて、この給付金、どうやらいちいち役所に出向かねば受け取れないらしい。

普通の暮らしをしている人間ならそれは問題ないのだろうが、自分のような
暮らしをしている人間がこの国に存在してることを政治家や役人は想像する事も
理解する事も出来ないのだろうな。

このままだと、ぶっちゃけ、12000円を受け取りに行くのに、往復で交通費だけで
3~4万円、たとえ有休でも仕事を休めばまたそれだけの収入が減るので実質で
5万超のロスが生じる事になる。…実に馬鹿らしい、経済的に見合わない話だが、
それでももしこの愚策が白紙撤回されずに実現してしまったら自分はそのコストを
堂々と支払って、この給付金を受け取りに行くつもりだ。

それは勤労と納税といった「国民の義務」を自分の人生を犠牲にしながらやって
いる以上、その成果というか、結果与えられる代償としての権利を正々堂々と
受けるためだ。

だが、アソー首相や一部の政治家は高額所得のある人間(=高額納税者)には
この国民の権利を放棄しろ、とヌケヌケと言っているらしい。なぜ義務だけを押し
付けて権利を取り上げるのだろう?ならば納税の義務も放棄させればいいのに。

------------

かくいう自分は、給付金の強制辞退を迫られるほど収入は無いが、それでも
一人の男がもしもこんな現場生活ではなく、普通に生活する場合でも困らない、
今回の給付金がないと明日から食っていけない程の生活困窮状況でもない。

でもそれは、自分が独りで生きているからだ。もしもこれが家族を養っている
ような状況だったら、額面ではソコソコだとしても毎月赤字か黒字かを彷徨う
ような厳しい状況になっているだろう。

手取りの年収300万の男が年間200万で生きれば100万の黒字になるが、
手取り年収2000万の家族が年間2000万で生きれば±0でカツカツなのだ。
だから、収入の額面だけで平等である国民の権利を奪ったり、人権侵害や
差別をしないでもらいたいと思う。

------------

それでも高額所得者に対する攻撃をやめない自称庶民やマスコミの連中に
以下のサイトを紹介するので、自分の年収を¥で入力して、自分が世界で
どのポジションに居るのかを理解してもらいたいもんだ。当然上記のように
額面がデカイ=裕福で余裕ある暮らし、で無いことは言うまでもないけどね。

http://www.globalrichlist.com/

アソーさんが配ろうとしている12000円を入力すると下から数えた方が早い。
だけど年収300万を入力すると上位1割に入ってくる。そんな所に12000円を
配る理由と効果を、これを読んだ人はじっくり考えてみてほしい。

また今のところ支給を辞退しろ、と言う境界となる年収1800万円が、日本国内
でも22万人しか居ないらしいので、12000円を辞退しても総額で26.4億円しか
コスト削減が出来ない。それを残りに配ると一体いくら増額されるというのか?
それを辞退させることで、高額所得者イジメ以外にちゃんとした意味を成すほど
支給が抑制出来るのかどうかを、ちゃんと電卓を叩いて検討してもらいたい。

どうしても所得による制限をかけたいのなら、年収200万以上は支給対象から
外す、くらいの方がいいんじゃないかな?

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.11.06

助けてくれたのは産業医じゃなく

ここ1~2週間はいろいろな状況変化があったこともあって、一時の
スーパー過労状態から、少し抜け出して、時間的な余裕は出てきた
感じがする。でもその時間の余裕が身心の余裕にちっとも繋がらず
苦しい状況からはなかなか脱せていない。

思うに、日々溜め込んだ疲労感とは、一週間や二週間仕事が楽に
なったから、スッっと抜けるようなシロモノじゃなく、簡単には回復が
不能な後遺症なんじゃないか、という気がする。

疲労というのは、蓄積するのではなく、身体と精神に染み込むのだ。

一度深く染み込んでしまったら、それを消すのはそれに要した時間と
同じくらい、実際は人は日々老化しているから、それ以上の長い長い
限りある人生にとっては無駄の極地ともいえるような時間がかかる
のだろうな、と、今は漠然と思う。

------------

そうフラフラしながら生きていたら、本社の産業医から面談するから
来い、いう連絡があった。現場出張中なのに、わざわざ本社に戻って
面談する、というのはそう滅多にあることじゃない。何だろう?

でもこっちとしても言いたい事が沢山あったので、仕事の仲間には
申し訳ないが、どうにか時間を作って現場を抜け出し何ヶ月ぶりに
本社に出向いてみた。

------------

実に半年ぶりくらいに電車に乗った気がする。大きい駅では恐ろしい
数の人がイワシの群れのような集団行動を取って泳ぎ流れゆく。

車窓の外には自分が失ってしまった日常生活を営む数多くの人々の
姿が見える。その景色はかつて自分が生活していたけど今では住む
ことが許されなくなった世界だ。なのに今その近くに自分が居るのだ、
明らかにここに居てはいけない人間なのにね。このミスマッチ感が
とても新鮮だけど、なんとなく申し訳ないような、悪いことをしている
ような罪悪感を感じたりもする。

どうして自分はこんな言わば「普通の暮らし」をして生きられなくなって
しまったんだろう?どこで間違えたのかな?それとも自分は元々生まれ
ながらにこういう「普通の生き方」が許されなかった人間なんだろうか?

自身でも不思議なくらい、積極的でも悲観的でもないニュートラル感覚で
(今思えばそれは諦めの境地だったのかもしれない)自分がもう戻る事の
ない、「シャバ」の世界をガラス越しに眺めながら、本社を目指した。

------------

本社の中で、初めて会う若い産業医と対面した。いろいろ言いたい事が
あったので、自分が今思うこと、今の状況、もう無理なのかもしれないが
可能であればまだ人として生きたい、どうにかして助かりたい、という
思いを淡々と語ってみた。

でも、そんな血を吐くような思いはちっとも書き留められず、体重と
血圧を計っただけでまるで「まぁ健康みたいだからもういいでしょ」、と
いうような自分を哀れむような顔をする。そして書面として会社に
とって不利な証拠に残るようなマネは一切せず、自分が健康である、
とか、前向きな精神状態である、というような数値やら、コメントは
しっかりと何かに書き留めている。

・・・そっか、そうやって自分が現時点では何の以上もない健康体で
万全で健全なメンタル状態であるという会社にとってだけ有意義な
証拠を必死に作っているわけか(-_-;)

これ以上アナタと話すのは時間と人生の無駄だ。もういいよ、帰る。

------------

翌日は休みを取っていたのでこのまま強制収容所、じゃない、現場の
寮には戻らずに、その日は久々に自宅に戻った。そこでかつては毎日
楽しんでいたように、自炊で飯を作って食ってみた。…なんか懐かしいな(^^)

目覚ましを切って寝入った。翌朝ここで起きた時、今の自分の現状が
実は悪夢であればいいのにな、と自嘲しながら(苦笑)

------------

とはいえ、当然現実はこの世界な訳で、目が覚めたらここに戻ってきた。

庭からバイクを引っ張り出して乗れるほど体力があるように思えなかった
ので、雑草だらけになった庭先に出て、少し庭草をいじってたら、その間
からこんなに小さくかわいいヒキガエルが現れた(^◇^)

Gama

おやおや、冬眠前だったのかな(^^)?

誰もがそうは思わないだろうけど、毎日無機質なコンクリと機械の
塊の中でハードな仕事をして給料を稼ぐより、会社の息のかかった
産業医と無為な時間をすごすより、草の茂る自宅の庭先でオマエに
出会えた方が、自分は楽しいし、愉快だし、幸せで有意義だったよ。

救ってくれてサンキューな、ガマ君♪

 

| | コメント (3) | トラックバック (0)

« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »