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2019.03.17

今までありがとう、りょう

少し前から、実家から何度か連絡が入っていた。

我が愛猫、りょうが体調不良でもうダメかも、と。

彼女をあの地で拾い上げてから気が付けばもう15年。出来ることなら一緒に暮らしたかったけど、離婚して独り暮らしになり、長期で地方を回る仕事を本格的に始めた矢先だったのでそれも叶わず、数多くの猫を養育した実績のある両親に預けて、そちらでほのぼのと暮らしていたりょう。

でも、月日がたって、彼女も老いて、かつてのヤンチャな子猫とは違い、すっかり落ち着いた老猫になって、共に老いた両親とはいい組み合わせだな、と思っていたけど、ついに彼女にも天命が尽きる時が来たのだ。

長生きする猫なら20年くらいは生きる。短命な猫は5年もしないで亡くなるのも見てきた。そう考えれば大けがせずに、大病せずに、15年を生きてきたりょうの命が尽きようとするのは、それほど理不尽な事じゃないのかもしれない。

…でもね、やっぱり嫌なんだよね、自分が愛した命が尽きようとするのはすごく切ない。それが傍から見ればタダのイヌネコだとしてもね。なので先週の土日に仕事を無理やり前後に押しやって時間を作って、実家に戻ったよ。そしたら、今までになくヨボヨボで、ガリガリで、フラフラなりょうがそこにいた。

Ryo2019

自分自身、今まで飼っていた何匹もの猫の死を見てきた。だから、りょうの命が長くないことは一目見て察したし、一撫でしてその触覚から避けようがないということを理解して覚悟した。荒い呼吸や、よたよた歩けば尿が垂れ流しになってしまうところも、今まで何度もそういう死に目を見てきた、だから判る。

…今まで頑張ってきたね、今も相当辛いだろうなぁ、でもここまで頑張って生きてくれて、ありがとうな、りょう(^^)

こんな状態なのに、撫でるとゴロゴロ言って、甘えようとする。仕事ばっかりで一緒に暮らせず、たまにしか遊んでやれなかったのに、もっと遊んで、とせがんでいた若い頃のようにふらふらと自分の元にやってきて、膝の上に乗りたがる。よしよし、お前は元々遊びたがりの元気な子だったけど、仕事ばっかりで構ってやれなくてごめんな…

でも最初に見つけた時から、お前とは運命の出会いだったと思うし、高速を走る車内で箱から飛び出してドタバタ暴れて、でもしばらくすると膝の上で疲れて寝込んだお前とのドライブは楽しかった(^^)、そういえばお前は元カミさんとも会った事があったなぁ、お前も向うも、もう覚えてもいないだろうけど(苦笑)

やつれた毛並の背中をなでると背骨の突起がごつごつと感じられる。こんなになるまで痩せちゃったけど、前は丸々してたし、じゃらして遊ぶと疲れちゃうくらい元気に飛び回り遊んでもっと遊んで♪、とするお前はかわいかったよなぁ(^^)

色々な事を考えながら、まだ生きているりょうの背中をなでて最期になるだろう共に居る時間を過ごした。覚悟してりょうを膝から下ろし、これから起こるだろう事を両親に頼み、実家を出ようと玄関に来たら、りょうが背後からよたよたとその玄関まで出てきて、か細く鳴いた、まるで最期の別れを告げにきたかのよう…泣けた。ごめんな、一緒にいられなくて。

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現場に戻ってわずか数日後、実家からりょうが静かに息を引き取った、との連絡があった。

覚悟はしてたけど、やっぱり悲しい。でも僅かな時間ではあったけど一緒に生きられた事に対する感謝の方が大きい。本当にありがとうな、りょう(^^)。でも、出来る事なら、もっと一緒にいたかったなぁ。あれだけやんちゃな子だったから、もっと一緒に遊んで、一緒にご飯食って、一緒に寝て、一緒に生きたかったなぁ。
 

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コメント

inoさん、お気持ちお察しします。
可愛い可愛いりょうちゃん、本当に残念でしたね。

りょうちゃんはinoさんに拾ってもらえて、
大勢の兄弟たちと一緒に暮らせて、
幸せな一生を送って、生を全うしたんだと思います。

毎日一緒に暮らせなくても、inoさんの心にりょうちゃんがいたように、
りょうちゃんの心にはinoさんが存在してたと思います。
お互いに大事に思いあっていた事が、inoさんの文章から伝わってきます。

inoさん、お疲れの出ませんように。
りょうちゃんのご冥福を心からお祈りいたします。

投稿: 前向きピンク | 2019.03.18 20:35

前向きピンクさん:

いつもコメントありがとうございます。

すぐ返事を打ちたかったのですがすみません、このブログのシステム(ココログ)が昨日からシステムアップデートして、それがトラブってコメントや管理画面ログインが全然できなくなってしまって、それが今日の午後まで続いていました。

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…いい子でしたね、一か月に一度くらいしか会えませんでしたが、預けて最初に会いに行ってから、今回の最期まで、いつもちゃんと自分を認識してくれていました(^^)

若猫の頃は実家に戻ると「ジャラして~♪、遊んで~♪」、と自分が拾ってきたカラスの羽根を咥えて足元にやってきて、よしよし、遊ぶかぁ!と、それにヒモを付けて床を引っ張ったり、空中に舞わせると、目をまん丸にして尻をフリフリしながらタイミングを見定めて突っ込んできて、舞った羽根と一緒に中空に舞ってましたっけ(笑)、コッチもいい運動になりました(^^;)

一緒に住みたいと思いつつ、結局旧宅にも新居にも連れて帰ることは出来ませんでしたが、代わりに人懐っこくて、人の生活の中でも物怖じせず人と馴染む性格もあって老人世帯の実家では両親には、とても可愛く楽しい、いい家族でいてくれたようです(なので居なくなって相当寂しがってます…)

そういう点でも感謝です、ホントにりょうに出会えてよかった(^^)/
 

投稿: ino | 2019.03.20 18:06

 生き物は、看取る覚悟(責任)に自信がなく、自分で飼ったことはありません。
 日中は誰も家にいない家庭環境でしたし・・・
 ご両親が気落ちされないとよいのですが・・・ 新しい出会いがあるといいですね。

 

投稿: 剣片喰(けんかたばみ) | 2019.03.22 08:36

剣片喰さん:

いつもコメントありがとうございます(^^)

最初から最期まで、この子の一生を預かる、という覚悟と実行力があって初めて命を託されるんだと思うんです。子供の頃から今まで様々な小動物たちの沢山の命の終わりを見てきました。猫だけでも十数匹…でも悲しいだけじゃなく、そこから沢山の事を学んできました。

自分は逆にこの別れがあるからこそ、生き物を飼うんだと思うんです(^^)

剣片喰さんと同様に自分も今の暮らしでは安易に生き物を飼えません。植物はその点放置プレイで育ってくれるのでそちらで命の息吹を感じさせてもらっています(^◇^)♪

なお、実家にはあと2匹猫がいます。なので絶対喪失状態ではないのですが、りょうは今まで居た子や今の他の猫らと違ってホントに人間が大好きな(ケモノというより人間ぽさがあるちょっと変わった)猫だったので、両親だけでなく実家を訪ねる兄弟や甥や姪らからも可愛がられて愛されていたので喪失感は大きいようです。

投稿: ino | 2019.03.22 23:07

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