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2022年2月

2022.02.28

値上げが激しいので徹底抗戦する

ロシアがウクライナを侵略しはじめた。軍事力による侵略は戦争そのもの。血に飢えたロシアの戦争犯罪は未来永劫非難されるだろうと思う。

この様相を見て、次は中国が同じやり方、つまり親中地域を作ってそこを独立承認してそこを守ると称して軍隊を上陸させてそのまま全土を照度と化す戦法で台湾に武力侵略を図って大虐殺をするだろうな、近いうちに。そう考えると戦乱は新型コロナウィルス感染と同じくらい足元にまで迫っているとも言える。

そっちはまたおいおい語るとして今のニッポンはその戦乱の影響を直接的には受けていないけどガソリンや灯油の価格がかなり寝あがっていることから物価が上がってるという実感をしている人が多いんじゃないだろうかと思う。

Touyu2022

ちょっと前に撮影した画像だけど、これ数年前のレギュラーガソリンの価格のような灯油の値段。つまり18Lポリタン買いすると2000円を軽く超す。こうなると灯油暖房が割安、とはいえないのでダラダラ使うことは出来ず、色々と工夫が必要になってくる。ガソリンも高いから乗り物道楽者としてはそこにも対策が必要になる。乗る量を減らすか、燃費を上げるような工夫をするか、燃費の良い車体の稼働率をあげるか、そういった方策によって少しでも出費を減らすのだ。

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また、最近は同じ商品、同じパッケージでも中身が減るステルス値上げ、というものがあちこちで見られる。

Neage2022

例えばカルビーのフルーツグラノーラ、以前は800gだったのだが、気がついたら750gに激減してた。また画像はないけど100%野菜ジュースとかもPETボトルが900mlから750mlに平べったくなってた。これで売値は元のまま…どころかこれでもなお値上げされて、量が減って価格が上がる複利効果で家計を苦しめる。貧乏世代にとって助かっていた、ドンキホーテで売ってた500g298円(税抜)のレギュラーコーヒーもつい先日買っておこうと手に取ったらこの手法で同じデザインのパッケージなのに380gに減っていた。価格は変わらなかったけどグラム単価でいうと劇的な値上げで、もうそのコーヒーを買うのは諦めた。

Neage2022b

自分は買い物をするときに必ずグラム単価で価格を判断してる。肉だろうが野菜だろうが菓子だろうが洗剤だろうが基本的なスタンスは不変。
なのでこういった重量減少による値上げは無視できない。そう、これは量が減った、のではなく「値上げされた」という事そのものなんだよね。

皆、気が付いているだろうか?、ここ最近石油製品や食品だけでなく、色々なものが値上がりしていて、モノによっては消えていることに。「なんだか値段が上がったな、と思うのは2~3%くらい価格が上がった場合に感じるレベルだけど、今は「うわ!高い!、前は安かったのにこの価格だったらもう買うのを止めて代替品を探そう」というレベルで色々な値段が上がっているのを自分は感じる。

少し前と比べて値段が下がったな、と思うのは鶏卵くらいかな、やっといつもの価格に戻ってくれたけど一時は高くて買うのを止めてた。
だって10個94円で買えた卵が178円とかするんだもの、手が出なかったよホント。

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モノの値段が上がってもその増加分を無視できるくらい豊かであるならいつも通りに買い物をして高い価格を払えばいいだけだ。おそらくほとんどの日本人は相対的貧困だ!とか言いながらこのタイプで、文句を言いながらもその負担を黙って受け入れて生活出来てしまう。

…ごめん、自分はそういう生活は精神的に無理だ。必需品の値段が上がったのなら、その上昇分は他のどうでもいい買い物やコストコントロールが容易な食費を削って支出額を変えない。家計を集計し続けると、自分の支出行動やパターン、削りシロが良く判る。なので何かが値上がって、その代替えが効かないのなら他を下げて支出額を変えない制御をおこなって支出額が増えることを避ける。

例えばガソリンはエンジンをかける以上代替品はない。アルコール燃料はキャブレター車が多いウチでは無理。カロリーも70%しかないし。なのでガソリンは泣きながら高値で買う。でも前述のように使う量を抑えて総支出を下げる努力はする。距離を走らなかったり、燃費の悪い車体の稼働率を下げたり、必須メンテ周期を少し伸ばしてコスト低下させるための努力を一通りする。

食料品はもっと簡単。高くなったものは買うのを止めて、今まで買ってたものよりも安いものしか買わないようにする。それだけ。

かつて自分が貧乏節約生活のトライ&エラーを繰り返していたころ、サラリーマンとしての最低レベルを維持しながら維持し続けられる食費削減限界が6000円/月であることを4か月間その状態を維持して実証した。その頃の知恵と工夫が今の世の中に役に立つのだ。今は贅沢にも毎月1.5万は食ってる。ここに削りシロがあるのだ。自分にはまだまだ支出を削れる余力はある。総支出額一定化のためにそのくらいの努力は惜しまない。

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ここで何度も言ってるけど、家計管理のコツは「一定支出を延々やり続けること」に尽きる。自分が使ってもいい予算を立てたらその金額をオーバーさせないことが必要になる。値上がりしたのなら安い物に切り替えるかいっそ買わずに我慢する。無い袖は振れないのだ(現実には降れるけど、黙って支出造という恥辱は国の罠にやすやすと掛かって吸い取られるような状態、オレオレサギに引っかかる老人と同じような状態だからガマン出来ない。

今の所自分の給料は新型コロナの影響をうけず減ってはいない。ロシアによるウクライナ侵略の影響も出ていない。そんななか物価だけはジリジリという次元をこえて値上げされている。物価だけでなく税金や社会保険料もみんなそうだ。だから使わない努力をして、もともと使っていた金額以下にねじ伏せて抑え込む。え?、節約でストレスがたまる?、同じように生きているだけなのに値上がりしたり、税金が上がるほうがよっぽどストレスだよ!

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2022.02.13

抑えきれない感情(更年期?)

この数年来、自分の中であることをトリガーとして発動し、それが爆発的に高まる感情がある。

その感情は不思議なもので、若いころから普通にあって、でもそれと(なんとなく)うまく付き合ってこれた。少なくとも一瞬とはいえ何もしたくないというくらいのメンタルダメージを食らうようなモノではなかったはず。

でも今はそのトリガーが作動すると、自分の中で湧き上がる感情の暴走、というと大げさだが、少なくと簡単には収まらないその衝動と少しの間闘う事になる。それに自分自身が驚いていたりもする(苦笑)

…それは何か?、それは

 『 面 倒 く さ い ! 』

というもの。そしてそのトリガーは、

 ・今まで普通にそれが出来ていたのが出来なくなっている状態
 ・今まで順調に行っていたのに偶発的な(多くは自分のミスや忘却だったりなのだが)事からうまく進まなくなる
 ・その文字の通り、細かい精密な単調仕事が延々と続くことに対するメンタル耐久力の限界が下がってる

といったことから作動することが多いように感じる。だから今例えば大型プラモデル作ったり、ボトルシップ作ったり巨大ジグゾーパズル作ったり、バイクのエンジンを全バラして再組立てとかしたら、途中でこういう感情が必ず生じてヘタしたら完成に至らない気がする(以前はそういうの嫌いじゃなかったんだけどね)。なお他人が見たら多分びっくりするだろう細かい家計簿を記録し続けることは、そいうったことよりもそれほど面倒感を感じていないから、万事が万事何もかもが面倒だ!、という事ではないらしいんだよね。

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情けない話だが、最近不用意にモノを無くすことが以前よりは増えた気がする。そしてかつては面倒さを感じながら完成に一歩一歩近づくことが出来る細かい神経を要するエンジン弄りとか電子部品のはんだ付けとかに、組み忘れや失敗などが生じやすくなっていることから「なんでうまくいかないんだろう?」という探求を始める前に「面倒くさい!」という忌諱感情の方が先に立ち上がってしまう。

そうやってイライラしても何も解決につながらない、失敗を解析して同じ事をしないように努力すればいいだけだ。そうやって理性では事象をどうコントロールするか理解してるけれど、その前に「面倒だ!」という何の役にも立たない感情が先に立ち上がる。これは平たく言えば自分が老いた、という事なんだろうと思う。男性更年期と言うやつなのか知れないし、若年アルツハイマーなのかもしれない。そうやって心配すると人生の先輩方は口をそろえてこう言う

 「ああ、年を取るとそういう風になってゆくんだよ、誰もがね」

・・・そっか(汗)

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原因はともかく、その事象と自覚がある以上、それをひっくるめた自分自身全体を理解してうまくコントロールしないといけない。

なので、まず自分がやっていることは、「片付ける」こと。やみくもにモノを押し込めて蓋をするのではなく、そこにあるべきものを動かしたのなら、それを必ず元に戻して常にそれがそこにあるべき状態を保ち続ける、ということ。つまり小物から大物まで、ホームポジションを決めて、使ったらそれをそこに必ず戻す。自分が何かをしようと動いたら必ず1つ以上の別のことを片付けること、を淡々とやっている。

感情爆発的な「メンドクサイ」はメンドクサイ状況さえ作らなければ発動しない。その一つがあるべきものが無いとか、モノが見つからない、というときにおこることを体感的に把握してるのでそれを心掛けるようにしてる。道具だけでなく捨てるべきゴミが床に落ちていればそれを拾ったり掃除機で吸ったり、も「片付ける」行為の一つ。そうやることで「生きてきた事に対するカタをつける」事が粛々とできている気がする。モノを無くすことも減ったしね(^^;)

貧困生活していても超大金持ちでも、手持ちの現金に格差は生じるけど時間ば万人に平等なリソースで、しかもそれを止めたり遅らせる事は出来ない。その結果人はじわじわと確実に老いてゆく。加老による衰えは避けられない。なのでそれを楽しむ…ことは難しくとも理解してうまく付き合ってゆく方法を模索して実行してゆくよ。元に戻らなくともだんだんそういう自分自身を認めてやれるようになってくるからね。

実際薄くなり始めた頭髪と頭皮は若いころはコンプレックスの塊でしかなかったけど、長く付き合ってきたら当時より薄くなった頭もまぁオレらしいよな、と個性として自分自身は認めてやれるようになってる(他人様からみたらみっともない中年男ソノモノなんだろうけどね)

自分という人間とは一生付き合っていかなきゃならない。気に食わないからと簡単に離婚するようなことは出来ない(苦笑)なのでいい所も悪い所も日々精査し再評価しながら、いい所と悪い所を両方自分自身だけは認めてやりながら生きてゆくよ p(^^)q
 

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