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2024年12月

2024.12.31

波乱万丈の2024年も終わり

…と、タイトルに書いたけど、そういえばここ数年いつもそう書いてるような気がする(汗)

うれしい事楽しい事といったポジティブな人生の出来事が少なくなって、ネガティブな出来事が増えてきてるのは事実だ。

去年は父が亡くなり、今年は母が倒れて入院(退院後は要介護)、いつかはやってくるライフイベントなんだけど、出来ればいいことも同じくらい起きてほしいと思ってしまうのは甘えてるのかもなぁ。今はそういうステージと考えるしかないな。自分もいつ事故や病気で倒れて救急車に乗って病院に担ぎ込まれて死んでしまったり要介護状態にならないとも限らない。人生の後半戦は残念ながらポジティブな出来事なんてめったに怒らないから、ネガティブな出来事をどれだけ躱してゆくかが、生きる目的になってゆくような、そんな気がする。

今年は初めて新型コロナにも掛かったし、11月から血圧が上がって(特に下の血圧が高い)降圧剤を毎日服用しながら血圧手帳に記録をせっせと貯めてる状態。大動脈石灰化とかいう腹部エコーの結果も出たし、LDLコレステロール値も高め。たまにでいいからポジティブなライフイベントとか起きないもんだろうか…頼むから。

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そんな状態だったので、乗り物道楽は捗らず、毎年恒例の各車年間走行距離記録は以下のような燦燦たる状態に。

レガシィ : 847km
サンバー :1324km
R1100GS  : 992km
TDM850  : 362km
XTZ660   : 224km
LS650   : 373km
XT600Z  : 470km
SRX600  : 325km
TT600R  : 188km
DR-Z400SM : 397km
TZR250RS : 329km
TY250ZS  :  0km
DT230   : 444km
TW200   : 132km
SX200R  : 268km
DT200R  : 96km
DF125E  : 268km
CUB110  : 604km
KSR80   : 329km
CRM80   : 104km

1000km超えたのはサンバーだけか…、バイクで最長はほぼ1000kmくらい走ったR1100GS、これは高速使っての日帰りツーとかの影響だな。TR車のTY-ZSはいいとしても、他は300~400kmくらいと、100km前後ってところかな?、カブは物珍しさから少し多めに乗って600kmも走ったのね。

たったこれしか乗らない乗り物を維持し続けるのは無駄だ!、と思うだろうなぁ、端から見たら。自分だって知人がこうやってたらそう思うかも。ただちょっとしか乗ってないのは事実だけど、これ動態保存するために必要なんだよね。乗らない走らないバイクはどんどん劣化して壊れてゆくけど、エンジンをかけてあちこち動かして磨いて空圧見て油脂さして液モノ(オイル、ブレーキフルード、冷却水、バッテリ液、キャブ内清掃等々)を正しく管理すると、四季に一回ずつしか乗らなくてもちゃんと動いてくれる。

今はストーブリーグ、ということで乗れてないけどちゃんとタスクは果せたと自画自賛。これから年老いてどんどん乗れなくなったら、少しずつ手放さないといけないかもだけど、出来る限り動態保存状態を保ちながら、次の世代にたすき渡しするまで頑張って維持するよp(^^)q

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そういう乗り物維持費を含めた、2024年の家計は…詳細は見ても楽しくないだろうけど、去年よりは安く済んだ。ここを長く見てる人なら大体判ると思うけど、正直な所このBlogを初めてから今に至るまで、そんなに大きな生活レベルの変動はない。今だに冷暖房はケチるし、見切り食材ばかり買うし、業務スーパ食材率高いし、カセットコンロ生活だし、服はワークマンやドンキの格安品ばかりだ。2000年代の初期頃と大きく違うのは、風呂に入ろうと思えば入れるようになったことと、電子レンジを持ってて日常で使えるようになった事くらいだと思う。住まいはボロボロ借家から持ち家に代わったけど、生き方としてはほぼ同じ生活レベルのまま生きている。

そんな今年の家計管理の結果はこの通り。

2024kakei

約230万/年、という総額のうち、上記の乗り物道楽として二輪費と四輪費という費目があるけどそれの合計が約106万、その他の趣味道楽として約15万を使ってる。それらを差し引いた、実質的な生活費は108万/年、一か月平均で約9万/月、という事になる。道楽は死ぬまでこのペースで行くなんて事は無いだろうから、将来年金生活とかになったらそこはガッツリ減るはずなので、今のところ公的年金の支給額だけで貯金しながら生きていける…はず。なにせ独身男の生活保護費や、最低賃金での8H×5日×4週で得られる手取りよりも自分の実生活費は低いからね。老後対策も生活レベルを上げないまま生き続けた事で、ほぼ終わってると言っていい。

そこに至る前に交通事故や大病になったら破綻するから、取らぬナントカの皮算用そのものなんだけど、今の自分にできるせめてもの準備と心構えってことで、やれることを淡々とやってゆけば多分老後の生活も大丈夫なはず。インフレリスクや景気後退、株価暴落、世界恐慌といったネガティブイベントがあったらこれまたコロリと破綻するくらい脆いガラスの老後準備だけど、冒頭にも書いた通り、出来れば何かポジティブな出来事が起こって事態が改善するような、そういう前向きなモードに人生が切り替わってくれることを祈りつつ、2024年終わりのあいさつにかえてUPします(^^;)

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2024.12.27

仕事納め

2024年最終出勤が終わり帰宅。これで年末年始の休みに突入する。

私生活のゴタゴタトタバタと、仕事のウダウダトタバタ(自分に非がないトラブルなのになぜか対応を押し付けられて巻き込まれた)でここまで大変だったけど、とりあえず息継ぎ出来る状態に。明日から1/5までは連休なのでちょっと自分を取り戻すことが出来るかと思う。入院中の母の見舞いも出来る範囲で行くけどね(^^)

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さて本題。今日出勤したら、隣の部署の責任者から小声で今日の夕方にコッチの部署で納会(という名の要は飲み会)をやるんだけど参加されますか?、との話があった。声をかけてきた人も、そっちの部署の人間も長く一緒に仕事をしているので良く知っており、ある程度仲もいい。

こういう場合、昭和生まれのオッサンである自分はどうするのが正解か、

 1.飲みの誘いはハイ喜んで!、と参加させてもらう
 2.今日はちょっと用事があるので…、と不参加表明する
   (実際に用事があっても無くても)

応えは2、謹んでお断りする、だ。

どういうことか?、こういう明確に実施する日が判っていて、しかもどこでも混みそうなタイミング(連休前、金曜日、忘年会シーズン)での飲み会は、今日の朝に突然突発的に思いついたものではなくて、ある程度事前に計画されて実施に向けて参加者を募って人数を確定した上で予約済み、というくらい調整が済んでいるとみるのが普通だ。

それなのに、それらの変更が難しい当日の朝になって、お誘いをしてくるのは、本当に自分に来てほしいからじゃなく(もしそうなら事前調整の段階で声がかかっているはず)、突発的な欠員が出たのでやむを得ずに、とか、自分が参加しないことを前提として儀礼的な意味合いで声をかけているな、と自分は考える。

前者ならそれなりに出て欲しい的な雰囲気を醸すかバカ正直にその理由を告げても別に問題はないから言うはずだ。今回はそれはない、つまりこれからの休憩時間とかでそういう話が自分に聞こえてきたときに、疎外感を感じさせないためだけの声かけで、実際に「おお、じゃあ参加するよ」となったら多分少し困る(とはいえその可能性も無きにしも非ずだからそうなったら仕方なく組み入れる)はずだ。

正直若い頃はこの「その場の雰囲気を読む」が苦手で、自分の希望や都合を優先してこういう事に対して回答していたような気がする。でもそこそこの期間を生きて、色々な人物観察をしてきて、いいことも悪いことも含めて色々な人との付き合いを経験すると、悲しいかなそういう「空気を読む」能力が培われてしまうものだ。

今回はその空気を彼から感じた。なのでこう答えた。

ino:「おお、いいね、うーん、行きたいんだけど、ゴメンちょっと
   今日は別に約束があって、ソッチに行くから遠慮しておくよ」

そういったら、ほっとした表情を浮かべ、安心したかのように、判りました、スミマセン急に誘ってしまって、という答えが返って来て、会話は終わった。ああやっぱりそうだったか、無理させたね、ゴメンゴメン(^^;)

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実際には別の約束なんて無いので、そのまま家に買って貧乏節約自炊の夕飯を食うだけだったけど、相手のこちらを気遣う優しいウソを感じ取ったので、こちらもその相手に嫌な思いをさせずに済む優しいウソをついて、物事をキレイに軟着陸させる方向に誘導をした。そうすることで今後の関係もまたうまくいくからね。もし最初の計画から自分を入れての飲み会がセットアップされたら、その時は快く参加させて頂けばそれでいいし、今後ずっと誘いが途絶えたらそれで別にいい、職場の儀礼的な人付き合いは、そうやってその時点で最善の方法を取ればいいだけだから。

中には本心から参加したくない飲み会や、同じ場に居たくないヤツなんかもあったりするけど、それでも短絡的に即断即決で断ったりせず、他の参加者や今後の関係などを加味して、表面的にはニコニコしながら一次会までは参加するこだってある。大人の判断、大人の機転、大人の関係って、よく言えば高度な、悪く言えば利己的で打算的なそういうもんだと、もう理解しているから、それでうまく回って行くもんなのよね。
 

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