過酷な労働を日々繰り広げる現場仕事に従事する出張中は
自分は自他共に認める「仕事人間」に変身しているようだ。
そのためにわざわざ会社は高い金を払って自分をここで生活
させているのだし、自分もそのためにここで生活しているのだ。
最近は寝ていても現場仕事をしている夢ばかりを見るようになった。
つまり、起きてても仕事、寝ていても仕事、という状態だ(苦笑)
自分の健康や時間や「らしさ」を切り売りしその代償として身分不相応な
収入を得てる自分はまるで身分不相応なモノを欲しがるあまり自分自身を
切り売りするように売春してハシタ金を得ている女子中高生…みたいな
もんなのかもしれないな。
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約一ヶ月前にここに来て、休みは三日あった。そのうち二日は直明けの
調整休日、ついでにそのうち一日は今日だ。だから実質は日勤時の
一日しか休みらしい休みは無かった。
こういう休みの時には世俗と切り離された世界にいる自分をその世俗と
結びつけている細い蜘蛛の糸を手繰り寄せるように(?)お買い物♪に
出かけるのだ(^^)
パチンコも飲み屋も風俗も嗜まない自分にとってはこれも立派な
「癒し」の行為だ。その行き先は地元のスーパーだったり、百均や、
古本屋や古CD屋、本屋やCD屋、ホームセンターな事が多い。
それに行ってみても、買いあさるような事はせず、ただ並ぶ商品を
眺めて回ったり、それらを買う人々を見たり、当たり前のようで
実は貴重な日常にある平和な時間を満喫している…だけなのだ(苦笑)
とは言え、もしメロンパンや可愛いカメのぬいぐるみがあったら
発作的に衝動買いしちゃうかもしれないけどさ<ばき
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その日は現場近くに以前来た時には無かった超巨大ホームセンターに
向かった。そのホームセンターは「SUPER CENTER PLANT5」と言う店。
端から中に入るととんでもなく長い長い直線通路があってドン突きが
よく見えないほど遠い。それが平行して何本も並んでおり、それらを
行き交う横の通路もある。
これだけデカいと「現代生活に関するモノが殆どここにある」だろう。
品揃えは凄まじく、生鮮食料から電化製品、生活用品、カー用品、
農業用品、仕事用品…ブランドやメーカー、グレードに拘らなければ、
現代の文化レベルで生活するための一通りのものが全てあると言っても
過言ではない。きっちり見て回るには時間も体力も必要だ(^^;)
その日は長い回廊を一本眺めただけでギブアップし、その途中にあった
CD屋(CDコーナー?)に入った。
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以前もヘロヘロな過労状態でaikoのCDを買って癒されたネタを
UPした事があるが、この日も「魂の渇き」を潤す何かを求めていた。
ハゲかけた中年なのにゾッコンラブな(笑)aikoの自分が持ってない
CDは残念ながら無かった。そういや最近aikoが「好きなアーティスト」
という投票でNo.1になったらしい。当然ボクもそうさっ(*^^*)<ばき
そのままダラダラ商品棚を眺めながら物色して行く。
おお、キャロルのベスト盤があるじゃん、これ欲しかったんだよね。
こっちには最近売れてるらしい1000円のクラッシック入門CD三枚組が
これも欲しかったんよ…などと、この時だけは、日の当たらない放射線
管理区域で働くためだけに生きている労働者ではなく、日々の生活を
楽しめていた昔の自分に戻ったような錯覚を感じた。
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そうやって新譜のコーナーを眺めていたら、その中に自分には懐かしい
アーティストの名前を見つけた。それは浜田省吾。
かつて自分は高校生の頃に尾崎豊や浜田省吾といった、日本語の
歌詞にちゃんとした意味のある「ジャパニーズ・ロックンロール」に
ズッポリと傾倒していた時期があるのだ。(その前はテクノだ<ばき)
今の高校生から見たら信じられないほど貧乏だっただろう当時の自分が
その時代に唯一購入した「LPレコード」は浜田省吾のたった一枚だけ。
当時人気だった尾崎豊は周りが持っていたのでいつでも借りられた。
でも浜田省吾だけは同好の志が回りにいなくて自力で買ったのだ。
…でもそれも、中古レコードだったりしたのだが(^^;)
自分にとって尾崎豊は死して今も26歳のままだ。彼の歌を聞く時は
自分も訃報を聞いた24歳以前に戻って聞いている気がする。だけど
浜田省吾は歳を重ね、大人や世間と闘っていた若者も今では50を
越している、のかな?
自分も尾崎のように24歳で立ち止まる事は出来ず、毎年歳を重ねて
浜田省吾が生きている「中年」という世代となった。何か感慨深いな。
そんな彼が新譜を出していた。題して「MY FIRST LOVE」
十数年ぶりに聞いてみたくなって、新品にもかかわらずそれを買って
車中で聞いてみた…うおおぉおぉお!浜田省吾はやっぱ最高!
かつて傾倒していたあの当時に引けを取らない、いやそれを上回り
成長してかつて闘っていた相手側となった、でも当時とちっとも変わらない
彼が歌っていた。
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一通り聞いてみて、この新譜の中にある次の三曲に強く惹かれた。
01:光と影の季節
07:I am a father
09:初恋
「初恋」は、浜田省吾の人生の片鱗を語った歌だけど、普通に
聞いていても気持ちがいい(^^)、自分とは全然違う人生なんだけど、
自分の人生を思い返して歌詞にして思わず歌いたくなるような曲だ。
「I am a father」は、疲れたお父さん世代への応援ソング、と言うと
えらく下世話な感じになるけど、もっと深い曲だ。自分が恐らくはもう
なれないだろう、家族を有する子を持つ世の中の父親達に是非とも
聞いて欲しい曲だ。自分もこういう「かっこ悪いけどカッコイイ父親」に
なりたかったなぁ(^◇^ゞ
それら二曲よりも何よりも、一番ツボにはまった曲は「光と影の季節」
理屈抜きでこういうメロディとリズム、そして歌詞に込められた物語に
自分自身を同調させられるような楽曲に自分は弱いのだ。
以前の出張ではaikoの「赤いランプ」がそうだったように今回の出張中の
マイメインテーマはこの「光と影の季節」 by 浜田省吾、に決定♪
ルームミラーがサブウーハーでビリビリと振動する程の大音量で聞きながら
どこへ行くでもなく、ただ音楽を聴くためにB4を走らせていた<ばき
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この曲を聴くと、今までの自分の生き様=「旅」を思い返す。
その「旅」はまだ途中、そしてこれからもずっと続く。そして「旅」の中で
自分が遭遇した様々な出来事や風景、を思い返す。
そういう時に、この歌に歌われているような「逢いたい人」は自分には
もういない。そして「旅」で何かを悟っても、自分が帰れる場所ももう無い。
でもこの曲を聴いても不思議と、落ち込んだり、悲しくなったりしない。
もし一年前や、二年前にこの曲を聞いていたら耐えがたい感情の
荒波に成すすべも無く翻弄されていたに違いない。なにせ2年半前、今自分が
いる寮の、全く同じこの部屋で、仕事やその他で苦しめられ心も身体も悲鳴を
あげ、生まれて初めてかかった心療内科で処方されたマイナートランキライザーと
睡眠薬をかじりつつギリギリの綱渡り的に生きていた自分は、その綱が切れる
音を聞いて、そして今の生活へ向け底なしの闇に真っ逆さまに落ちたのだ。
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でも、自分が永久に失ったものを歌うこの曲を聴いても、ちっとも悲しく
なったりしないのは、あの頃の自分のみっともない生き様を、そうで
あってもあの当時自分に出来る事をやっていたんだな、と認められる
ようになったからかな?
ブザマなことを沢山していたけど、それでも医者から精神安定剤が
処方されるまで追い込まれていた自分は一生懸命頑張っていたじゃん。
当時の自身を許せはしなくても、当時の自分を、せめて今の自分くらいは
認めてやろう、…ってね。これは自分の大嫌いな「都合の良い自己の
正当化」かもしれないんだけどね。
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その後も「光と影の季節」を何度も何度も聞いてみた。そしてこう思うに至った。
今の自分にこの曲にある「旅の果てに絆を見つけた逢いたい人」はいない。
逢えるものなら逢いたい人は居るけど物理的にどこかに存在していても
その中に「逢いたい人」は入ってないしなぁ。
でも、いつか本当にそう思える人、そして自分に「逢いたい人」に出会い、
そしていつの日か「自分が帰っていい場所」が出来るといいな…ってね(^^)
それを一度やってみた結果、自分にはこういう生き方は無理なんだ、
オレはそんな人間じゃなかったんだ、と分かった事ではあるけれど、
それでもあと一度くらいは挑戦してみる価値があると思うのだ。
だって「叶わない夢」だって、それが無いよりはある方が
はるかにマシな生き方だと思うから(^◇^)。
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