2024.05.13

目がついてこない

責任のある職位から退いたGWは、間の平日を年休で埋めて大連休に出来た。

ぶっちゃけこれが出来なかった、月初営業日は組織長は出勤強制だったから。

久々に大連休を満喫して、バイクの車検も2台通して、車中泊で2泊の旅もして、ああ休みっていいなぁ、と悠々自適に過ごしてた。その間はネット活動やスマホの使用を極力避けて、自然な景色を見るようにしてた。なぜか?、目が加齢によって衰えているからだ(汗)

今の仕事は以前の現場仕事と異なり、出勤にせよ在宅にせよ、ほぼ液晶モニターを眺めながらの各種事務仕事だったりする。少しは屋外仕事もあるけど1~2割って所かな?、ソッチの仕事は現場現物現実をOJTするべく後輩に任せて自分はバックアップに回る事が多いので。

そんな状態でモニターを眺めながらのPC仕事を一日中やったりすると、何が起こるか?、・・・眼精疲労だ。

あれ?オレってこんなに目が悪かったっけ?、あれれ?なんで今打ち込んでる文字列の上に灰色の同じ文字列が出来てるの?、って感じで、老眼と乱視?と、焦点調整範囲が驚くほど狭くなってて、夕方から少し残業した時間だと、もう目が疲れて液晶モニター見たくない状態になる。無論小さい画面のスマホもキツい。若い頃から数年前の現場仕事してた頃まで視力で困ることが全く無かったし、ほんの一年くらい前まではここまで目が疲れる事が無かったんだけどなぁ・・・老化ってこういう事なのかも。

体力や関節痛、といった加齢による衰えも感じることは感じるが、視力に関する衰えが正直一番進行が早い気がする。これを止められるのなら、PC仕事なんてやめてもいいと思うくらい。でもそうも言ってられrず、毎日目を酷使しては帰宅後目を養生して過ごすことが増えた。

そんな事情で、夜に自宅でPC叩いてここを作文するのが今までと違ってかなり辛くなってしまい、今の筆不精状態に拍車をかけてます…スミマセン(/_;)

雨の休日とかに自宅に籠ってる時とかだと、エクセルで家計簿をつけたりする事が苦も無く出来る目力残ってるけど、平日の夜は…何と言うか、本当に目を使う残力が減ってるというか、その時間にはPCもスマホも使いたくない症候群というか、そういう感じに最近なってて、TVを排除した生活もあいまってAMラジオを流しっぱなしにして耳から情報収集することが増えてます。

メガネを掛ければ今の苦行から解放されるのかな?、PC仕事をする前に普通に視力を測ると今も左右1.5くらい見えるから生活上は殆ど困らないんだけどけど近い距離の視力はいわゆる老眼症状でかなり悪化してるし、暗い夜道だと前からくるクルマのヘッドライトが縦3連に見えたり満月が縦に3重化して見えたりするので、そのあたりが矯正できるとQOL上がるんだけどな。

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2024.01.31

十年ぶりは…ハードすぎた

1月後半、色々あって、久々にここに書くネタが豊富にあるなぁ、今年は幸先いいや、…と先週末まで思ってた。

ここ最近の悩みの種でもあるなかなか回復しない膝痛が、USB電源を使った電熱サポータ捲いて温めまくったら少しずつよくなっていった、とか。

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年末ギリギリにやったふるさと納税返礼品がほぼまとまってやって来て在庫過剰になったとか、

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そろそろ新たに調達した老後を見据えたバイクの話をしようかな、とか、

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一カ月前に脱皮のそぶりを見せないニューえびぞ~君の心配をしたけれど、何と真冬の冷たい時期に予告なく突然脱いだえびぞ~君とか

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水温一桁だから多分本来なら冬眠するような体調で活性下がりきってる時期のはずなんだけど…

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脱いだ方に赤みをみんなもっていかれて、なんだか青白い冬カラーになったえびぞ~君、カワイイなぁ(^◇^)♪

…と、浮かれてたのは,1/26の夕方に、出社して買い物しながら帰宅した時までだった。

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週末の夜に、なんだか咳っぽくなってきた。ケホケホと軽い咳が出る。そしてなんだか微熱が出てきた。37℃を少し超えてきた。ここ最近寒いからなぁ、ついに風邪ひいちまったか、豚肉と長ネギ食ってレモネード飲んで、シオノギのPL服用して暖かくして早く寝よう、と寝た。

翌朝の土曜日、起床時にはその状態が全く改善してないどころかむしろ悪くなってた。ただいわゆる新コロナとかインフルエンザみたいな高熱が出るわけじゃないし、味覚はあるし、まぁ新コロナ禍の間警戒しまくって一度も風邪ひいてないからちょっと重めなのかな、とその日は一日水分たっぷりとって寝て過ごすことにした。寝るのが一番風邪に効くからね。3時間寝て30分起きてまた寝る、みたいな、よくまぁこんなに寝れるな、というくらいひたすら寝て過ごした。

その翌日の日曜日、ついに来た。起床時で38℃後半、39℃まではいかなかったけど、ロキソニンを呑んでも30分くらいだけ楽になるけどその後また元に戻る、を繰り返した。そして肺と気管支の奥底が痛い、重たくて辛い止まらない咳。…ああ、これ経験あるぞ、新コロナじゃない、インフルエンザだろ?

インフルなら、発症してから体内でウィルスが増殖しきる前に抗ウイルス薬を投入しないと苦しい期間が長引くだけだ。だが寄りにも寄って今日は日曜日で、地域の町医者や発熱外来みんなやってない!、新コロナ時に機能してたこういう言時の相談テレホンは何度掛けても繋がらない。しびれを切らして膝痛で世話になってる比較的大きい(救急外来もあるし入院病床もある)地域中核病院にTELすると、新コロ対応でインプルと同時に検査する抗原キットを使ったドライブスルー検査でならインフル診断と抗ウイルス薬処方出来るとのこと。

高熱のままだととてもじゃないけどクルマの運転なんてできないのでロキソニン服薬して少し解熱させて楽になってから(タイムリミットは約30分)この間に一人クルマに乗り込んでそこに飛び込んだ。…結果として、インフルA型に見事感染、抗ウイルス薬を即日車中に居ながら処方をうけ、帰宅。休日緊急対応だったせいだろうか?、ウィルス検査は健保対象とならず全額自腹、会計はウイルス感染が確定したので窓口に来られると困るので現金支払いをここでしてくれ、と言われたけど、検査自腹が大きくて、サイフに1万チョイしかなくて支払えず、後日回復してウイルスが抜けきった1週間後くらいに支払いにきてくれ、と言われてそのまま開放された。健康保険証替わりのマイナンバーカードで本人特定されてるから逃げられないからの配慮なのかな?と思ったりしながら感謝。

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インフルエンザ感染なんて久々だなぁ、と思ってここの過去ログを見たら、ほぼきっかり10年前だった。

その前にも出張先で感染して寮に軟禁状態になった記憶があるのでもっと過去を調べたら、今から15年前に感染してた。

その頃はタミフルで救われてたが、今回はタイプの違う吸入タイプが出たのでチャレンジ。稲蒜といういままでの服用薬と違うタイプ。
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藁にも縋る思いでこれを吸い、また寝込んだ。…過去のインフルネタを見ると、これでもう戦いは終わったかのように見えるかも。自分もそう思ってた、でもここからが今回やたらきつかった。

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服用当日:高体温継続、咳をするだけで呼吸苦しく、肺炎か?、と不安になるくらい。息をすると喉の奥からゼルゼルゼル・・・という不快音が響いて来て、喉奥が痛くなる。服薬したけどちっとも眠くならず、高熱と頭痛と激しい咳と胸の痛さにさらされて、食欲ゼロでもの食えない状態で身動きとれなかった。特効薬飲んでるんだから寝ればよくなるはず!、の思い込みだけで横になってたけど深くは眠れず。

服用翌日:状態全く変わらず。月曜だが仕事出来る状態じゃない。耐えかねて30分だけ正気にさせてくれるロキソニンを飲む、するとそれが効いてる間だけ何となく寝られる。ただせき込むと目が覚める、なにも食えない状態変わらずで、味の付いたものを飲む気に慣れず麦茶とかプーアル茶ばかり飲んでた。かなり弱って来てた。この状態は続くとツライ…

服用三日目:若干熱下がる!、だがまだ仕事は無理で休む。喉と気管支と肺の状態変わらずなため咳き込みが怖い。ロキソニンの代わりにシオノギのPL(総合感冒薬なのでちょっと熱が下がるのだ)を飲んで寝て起き上がって食パン1枚だけ齧って寝る、みたいな感じ。ここまでくると布団に横になってる時間が長すぎて、今度は身体の節々が痛くなってきた。せっかく癒えてきた膝痛も、左横を剥いても痛い、右横にしても痛い、あおむけでも伏せても痛い、つまり何やっても痛みを感じるので毛布を足の間に挟むなど工夫したが改善せずツイに腰痛的な痛みまで・・・さすがに耐えかねて、体圧分散タイプのテンピュール素材の分厚いマットレスを引っ張り出してきて使う。あまり身体にまとわりつく柔らかさは個人的にはあまり好きじゃないので持ってるけど使ってなかったが、そんなこと言ってられない。そしたらそれが意外とよかった。解熱が進んできたこともありその夜は久々に深く眠れた。念のため缶のカロリーメイト1缶どうにか飲んで、総合感冒薬も飲んでね。

服用4日目:これ実は今日の事だけど、目覚めで身体の痛みはなし、発熱はまだあるけど37℃少しくらい(この一週間体温測りすぎて電子体温計の電池使い切ってしまったため不明)、ずっと苦しかった咳が収まってやっと起き上がれて普通に活動できるように。久々に朝飯を食って、ふるさと納税返礼品の野菜ジュースPETを遠慮なくガブ飲みして、養分が内臓に染み入る感覚を久々に味わった。これなら月末〆で承認決済しなきゃいけない仕事が在宅勤務なら出来るな、と判断して、今日はふらふらしながらも在宅で仕事再開。ふぅやっと社会復帰出来たかな?

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以上ダラダラ書いて来たけどこれが月末騒動の顛末。

正直、インフルエンザをなめてた、かかってもどうにかなると思ってた。10年前も15年前もタミフル飲んだら比較的早く元気になったのもあって、今回もそうだろと勝手に思ってた。でも月日がたち自分と言う生命体は時の流れと共に確実に老いて衰えてる。だから同じようなウィルスの攻撃に大ダメージを受けてしまった、という事だと思う。それに経験があるインフルだから、まだある意味助かった、これが未だ感染してない新型コロナだったら…そう考えると初老に足を突っ込んだ世代としてはこういう感染症一発でも油断しちゃいけないんだな、としみじみ感じた、喰らうリスクを甘く見積もるな、その時点と過去の経験や見積は全然見合わない状態かもしれないんだから、今回みたいに。


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2023.12.24

突然、膝が壊れる

あれは12月の第二週、普通に出勤して、普通にサラリーマンらしい事務的な仕事を淡々としてた。

そしたら、夕方くらいに、何故かだんだん両方の膝が痛くなってきた。普通に歩いて、普通に階段上り下りして、ごく普通の日常の動きしかしていない、運動らしい運動とか、ハードに使うようなことは全くしてないのに。

最初は軽い痛みだった。なので「なんだろう?」くらいしか思わなかった。でも定時の終業のカネが鳴る頃は、気のせいを通り越して明らかに痛みを感じた。とはいえまだ歩ける。何だか理由は判らないけど、だんだん痛くなってるから、早く帰ろう、と定時きっかりで仕事を切り上げて帰路に就いた。

…駅に着く頃にはズキズキした痛みになってた。できるだけ痛みを感じない様に、ゆっくり、かつ膝の確度を変えないように、ぎこちなく動く。駅のホームに上がる階段を上ると痛みが一気に増してゆく、うぉ~!痛てぇ!、

そのまま電車に乗って席に座る。座っていても痛みは感じる。そして自宅の最寄り駅に付いた時にはもう立ち上がるのも必死になってた。ホームから改札のある階面まではエレベータを使って、改札をようやく出たけど、そこからもう殆ど歩けなくなってた。自宅まで歩くのはどう考えても無理だ、スタスタ歩けば数十秒のタクシー乗り場まで行って、自宅までタクシーで移動、どうにかして帰り着いた。

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この時点では、両足が痛かった。痛いけど腫れてはいないし、熱も持ってない。ただ左膝は曲がりにくくなっててああ水が溜まって来てる、という事が体感出来た。とりあえずこのまま極力動かないようにして、その日はトラムセット飲んで寝に入る。…途中寝返りで激痛で目が覚めた。一体何なんだ(冷汗)さっぱりわからないけどどうにかそのまま寝た。

朝になったら、右膝は痛みがかなり軽くなってた。代わりに左膝はもう激痛で、左足に体重をかける事すら困難だった。とても出勤出来ないので、その日は終日在宅勤務として、極力動かさず、様子をみることした。午後になっても痛みは変わらず、左右の膝関節の形状が肉眼で明らかに左が膨れているような状態(水が溜まってる)感じでこりゃ耐えてても仕方ない、と判断して、過去の交通事故の際に世話になって膝関係のカルテも残る中規模病院に電話して、翌日午後に診察を受ける予約をいれた。

結局その日は午後も痛い、夜も痛い、で自宅から動けなかった。なにせ玄関のタタキに降りる動作すら激痛で、郵便物を取りに行くこともできない有様だった。自宅がフルバリアフリーの平屋で平面移動だけで生活できることがこんなに楽だったのか、としみじみ実感。

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翌朝も痛みは変わらず、というかかえって強くなってて脂汗流しながら午前中在宅勤務して、午後通院。しかし何で整形外科は元気いっぱいの老人であふれかえってるんだろう?、そういう足腰が良く動くご老人たちを眺めながら診察を待って呼ばれて入って、…炎症してない、腫れてない、だけど水が溜まってる、なので水を抜いて様子を見ましょう、となった。ブットい注射針を膝の皿の下に突き刺して、かなりの寮の薄黄色いリンパ液が抜けた。痛いけどちょっと痛みが和らいだかな、膝も曲げられるようになった。

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これで良くなればいいかな、数日たてば治るだろ、とその時は思ってた。

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だが、激痛はその後も続く。抜いたリンパ液はキレイで、炎症や負傷の兆候みたいなものもないので関節内に何か明確な異常が起きたわけじゃなさそうなのに、一体何なんだろう?

ともかく動かさないこと、痛み止めとシップで痛みに耐える、これしかなかった。これが数日続いた。一週間後くらいにやっとビリっとくるような生傷感が消えて、ハードに痛めた関節の痛みみたいな状態になったけど、それでも階段の上り下りやちょっと捻りが加わるとズキっ!とした鋭い痛みが走るので、身動きなかなかできない日々が続く。なにせイスに座ってても痛いから始末に負えない。ただ特定の角度に保つとそこだけは痛くないというポイントを発見したので、その角度を上手く保ちながら片足引きずって歩くことは出来るようになってた。

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10日たった辺りでもまだ同じくらい痛みがあって、これ動かさないから変わらないのかな?、試しに出勤してみるか、と朝にいつもより30分くらい早く駅まで歩いて行ってみたけど、少し歩いて階段を上ると痛みがかなりぶり返して、これは職場にたどり着けても帰れなくなるかもしれない、と思って結局自宅に戻ってきてしまった。こんなに歩けない動けないのは過去にバイクで事故って両膝の関節内骨折で身動き取れなくなった時以来だな(約19年前)…今回は原因が全くわからないので何がトリガーでまた起きるか判らないのがツライところ。もしかするとあの頃の古傷が何か影響してるのかな、と思ったりもするが、真相は判らない。

…で、今朝になって、やっと普通の姿勢で平面が歩けるようになった。20段くらいの階段なら手すりに荷重を預ければ上り下り出来た。おそるおそる30分くらい歩いてみたけど、緩い痛みは感じるけどそれが悪化して行くようなことはなさそうだ。どうにか治る方向にベクトルが切り替わった。

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人の身体で、首、肩、腰、股関節、膝、踝、は痛めて動きが制限されると日常生活するのが困難になる。

原因があればそれを繰り返さなければいいけど、今回の膝痛は、正直全く原因がわからず始まった。これを防ぐ方法は判らない。
たまに原因不明で腰痛になることもあったけど、それでも3日くらいおとなしくしてれば快方に向かったけど、今回は2週間くらい生活に大きな支障が出たのがちょっとショック。新型コロナ以降在宅勤務と言うスタイルを取れるようになったからまだ働けたけど、それが無かったらこの期間は丸々休まないといけなかったと思う。とはいえ2回くらい座り姿勢でも発する痛みに耐えかねて午後から休んで寝転んでたりもしたけど

今回のトラブルの原因が、例えば加齢によるもの(いわゆる『五十肩』と同じような)、とすれば、今後生きてゆく過程で同様のことが何度も起こりうるという事になる。腰痛だって起こるだろうし、以前の事故で痛めた首だってまた何が起きるか判らない。そう考えると元気に動けるってことがこれからは貴重になってゆくし、またいつ身動き取れないくらいの痛みに襲われるかもしれない、という事になる。

例えるならば、地雷源を歩くようなもんだ。いつ何が起きるか判らないし、今までは低かった爆発の確立は加齢とともにどんどん高くなってゆく。極力それを踏まないように、踏んで痛い目にあってもそれを乗り切っていけるように、覚悟と、準備を固めて生きて行こう。
 

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2023.07.24

父の死

先週末、父親が亡くなった。

もうかなりの高齢だったし、現代医学では治らない(悪化を遅らせる事だけしかできない)難病にかかっていたので、もう数年前から覚悟はできていた。なので、友人や知人を交通事故や自死で亡くした時のような激烈な悲しみは今は感じない。とはいえ人生を長く一緒に過ごしていた肉親であり親だから、きっとこれからそれなりの喪失感がやってくるのだと思う。

父は、ありていに言えばよく出来た人だったと思う。両手放しにベタ褒め出来るかというと諸事情で100点ではなかったと思うけどそれでも95点くらいは付けてもいいくらいの人間味もある立派な人だった。完全無比ではなくたまに失敗はするけど最終的にはそれを糧としてリカバーして行くタイプ。理系の技術者で、仕事人としても尊敬に値する人だった。

自分はその人の子供として、同じように立派に育ったのか?、と言うとそこは盛大な疑問符は付く。何せ自分はココにツラツラと泣き言を書いてるような、『こういう人間』だからね。あ、読んだことのない人は適当にかいつまみながら過去ネタを呼んでみてください(自虐)

仕事人としての自分は、父が行けた所にはたどり着けなかったけど、それでもある程度の所まではこれた。多分それは今は亡き父も生前はきっと認めてくれていたと思う。

家庭人としては妻と子供5人を一人で支えて育て上げてるから、これは正直マネが出来ない偉業だ。まぁ自分はバツイチで子無しだから同じ土俵にすら立てないのだけど、それでも普通の技術系サラリーマンがいわゆる一流企業の中で、普通ではたどり着けない程度の地位に努力の末に登って、最終的にはある程度の給料を得て、妻と5人の子供を養ってた。これは仮に自分が離婚せず子供を成すことが出来たとしても、同じ事は出来なかったと思う。とはいえ一時期は他人に正直に言うとドン引きされかねないくらいの貧乏生活も過ごしたんだけど、今ではそれも良い笑い話だ。

同い年の母とは中学入学の同級生だったころからの付き合いで、高校大学と交際を重ねて、就職する前の大学院生のうちに学生結婚、就職後に自分を含む5人の子供を成して、まさに死が互いを別つ時まで添い遂げてる。これも僅か17カ月で結婚生活を終えた自分とは勝負にならないくらいのツワモノだ。ある意味、究極理想の夫婦像なのかなと思う。そういえば自分が子供の頃は両親が喧嘩しているところを一度も見たことがない。とはいえ実は子供には見せないようにお互い配慮しながらも、ちゃんと大なり小なりの喧嘩はしていた、と後になって聞いた。そういう所も脱帽だな、と思う。

そういう両親が過去から受け継いで、そして自分らの子世代に繋いだDNA、こういう自分の手に託された分を自身は未来に襷渡しすることは出来なかった。そういう点では親不孝極まれると思う。でも他の兄弟は子を成して次の世代を生み育てて、両親がこの世で出会って生きて未来に託した命と言う襷はきっとこれからも繋がって行く。自分はその先を見届けながらいつか一人で死ぬ。

父は、もう命の炎が消えかかってるから会わせたい人が居たら早く連絡を、という主治医のカウントダウンスタートの連絡を受けて慌てて集った多くの身内親戚縁者(この中に自分も入る)と、死ぬ数時間前まで普通に会話し、別れ際に相手の手を力強く握りかえす握手をして別れ、すべての面会者が個室の病室(最期の別れが出来るように病院側が配慮をしてくれた)を出てから、ほんの数分で容態が急変、その後2~3時間後にあっけなく亡くなった。

かなりの高齢でありながら記憶力もありボケもせず、足腰も歳相当に弱ってはいたけど身内が辞めろ免許返納しろというのも聞かず、亡くなる2週間前まで一人で車を運転して、持病とは異なる手術を要する病変で倒れて救急車で運ばれ入院してから外科手術を受け、それは成功したけど、老人性誤嚥性肺炎を発症して死にかけて、そこから復活し、最期は長年闘ってきた難病の急激な悪化が生じてそれが死因となった。

その1週間ほどを病室で過ごしただけで、難病対応の通院や服薬、家庭用の酸素供給機などの対応も自分で行い、身内に負担を課す介護などは一度も発生せず、入院後は集中治療室で数回死の淵を覗いては戻ってきて、死が迫る直前まで矍鑠とした態度で来客を迎えて会話して過ごし、そしてそれを終えた後に長年連れ添った母にだけは苦しんでる姿と弱い所を見せながら、本人には覚悟が出来ていたのだろう、苦しみの中で過大な延命処置を拒み、母に見送られて逝った。

…果たして自分にこんな死に方が出来るだろうか?、そう考えると、父にはやっぱり敵わないな、と思う。

父さん、あなたの子供として生まれてきて、共に暮らしながら育ててもらい、生きること、遊ぶこと、学ぶこと、働くこと、家庭…はゴメン自分には出来なかったけど、最期に死に方までも模範を示してくれてありがとう、ただただ感謝します。
 

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2023.05.30

気が付けば20年

今日5/30は自分の離婚記念日。結婚した日はだいぶうろ覚えになってきたけど、この日だけは自分にとっての絶対座標なので、たぶん死ぬまで忘れることはないと思う。

この日には、最近のワカモノ事情を組み合わせて長文書こうと思ってたんだけど、今日は職場で労災が発生し、その対応で責任者として最後まで職場に残ったのでこんな時間に帰宅して気力がないので、記念日ネタだけでご勘弁。そっちは近いうちにupします(^^)

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たった1年と5か月しかなかった結婚生活だから、そっちにはその後積み重ねたその後の20年間に埋もれて、かなり記憶の彩度は落ちてきた感がある。後半は軋む関係に苦しかったけどそこに至るまでと、始まった前半は自分だけは人生で一番幸せでうれしくて楽しかった、それを超える経験は多分死ぬまでできない。相手もそうだったら結果は違ったんだろうけど、それはもう何を言っても仕方がないのでパスだ。

ここで何度も言ってるように、自分は元カミさんが、自分と別れることで幸せに生きる方向に舵を切って進んだ人生が彼女にとってのベストだと思ってるし、それゆえに自分といるよりもはるかに幸せになれたと信じてるし、だから今でも、これから先いつまでも幸せであって欲しいと思う。その思いは20年間変わらなかったな。我ながら一途だね(苦笑)

20年前のこの日に、ではこれでさようなら、と別れてから一度も会ってないし電話等で話もしてない。専業主婦だったので年金手帳を預かって会社に出してたのでそれを返す連絡をその後にメールで送ります、とやっただけだったっけ?、預かった連絡先のメモもそれに同封してその後電話番号もメルアドも何もかも抹消したから本当にそれっきり。なので今日改めて思い出そうとしても、あの当時は4K画像のように思い出せたそういう情景も、もう20年間の劣化が進んで崩れかけて色あせたジグゾーパズルみたいになってるんだなぁ、自分にとっては。

人間のいいところはそうやって記憶の鮮度が下がってゆくことだと思う。これが常に鮮度100%のまま心に残ってたら、自分は今生きてないと思う(苦笑)。どんな事でも色あせて、ぼやけて、かすんで、その上から毎年薄く積み重なる新しい経験と記憶で覆い隠していけるから、人は何があっても未来に生きていける。…で、こうやって生きてる(自爆)

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自分の人生に沢山の影響を与えたそれらの経験も、今の自分を形作る土台として表に出ることはなくてもしっかり自分を形作って支えてくれると思う。人生の経験に無駄はないという、そう考えると20年前の自分よ、あの日の絶望の夜も、20年後にはどうにか明けたよ、と言えると思うぜ。望んでた未来には行けなかった、そういう生き方は出来なかった。でもまぁそれはしゃーない。それを失ったことで、出来たこと、たどり着けた未来もあったんだよ、と、もし自分が過去に戻れて当時の自分に語り掛けることが出来たら言ってやりたい。

まぁその翌日から、半身を生きながらに割かれたような半分の荷物家財がなくなったその時の住居からすぐに逃げ出すために死に物狂いで引っ越し先を探して一か月以内にバイク8台持って引っ越しできる素晴らしき旧宅を見つけてその貧乏長屋での生活にも慣れた翌年の5月にここを始めてるから、それがもしも無くなると今につながる自分も存在しない事になるんだけどね(タイムパラドックス)

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2023.01.02

スマホは「真を写す」のか?

ショート失礼。

テレビ受像機を持ってないので、箱根駅伝の中継をAMラジオで聞く正月の朝、鶴見の中継所の状況を伝えるアナウンサーが、どこかの選手がランナーを待っている間に「写真を撮っていた」としゃべっていて、それに何か違和感を感じる自分がいた。

昭和生まれのオッサンだから、「写真」っていうのは銀塩の光化学反応で、そこにある光に映されたありのままの像を2次元の印画紙に焼き付けるイメージがある。ソニーのマビカから始まった、半導体電子素子で電気信号に変換され二値化したデータを保存して別デバイスであるディスプレイでそれっぽく再現して再生する俗にいうデジカメ画像はどちらかというと「録る」の静止した画と言うイメージで、それを仮にカラープリントしたとしても、それを印画紙と同じように「写真」と表現することに、根拠なく心理的な抵抗感があったからだ。

今のデジカメやスマホの撮影機能は下手な高級一眼レフの高性能フィルムのそれよりも上だというのに、なぜそう思うんだろう?、デジタルは様々な電子補正がかかっているから?、加工が容易だから?、でもフィルムカメラだって決してそのものを写し取っているわけじゃなく、レンズ前にフィルターを入れたりレンズで捻じ曲げたり、様々な手法を駆使して真の姿を、意図的に演出して造り上げているのにね。

これは手作りと機械作り、天然ものと養殖もの、現場手組とプレハブ加工といったものの、前者を然したる根拠なく何となくありがたがる大衆心理と同じなのかなと思う。本当の本質としては差がないのに、そこに心理的な付加価値があるような、そんな感じ。

そう思う根拠はそれまでの狭く短い人生経験だったり、外部からの(決してプレーンなものではなく著者などの偏向が入った)知識の集積だったり。でもそれにはそう信じるに値する経験もあってそれを上書き肯定してきたからこそ、確立した価値観なんだと思う。とはいえ誤った情報をそう脳内で反芻しているとしたら、それは洗脳そのものだったりもするんだけど。

…自分は本当にその物や出来事を一切の補正や加工を受けない形で正しく認識して理解してるのかな?。そう思ってるだけで実は何かしらの影響を受けた勝手な価値観フィルターをかけてるんじゃないかな?、それこそが真理を歪めて「真」を見失った物事の見方そのものなんじゃないのかな、なんてことを、AMラジオを聴きながら考える。

…いい年したオッサンで色々な事を何となく達観してるようなつもりでいても、実はまだまだ未熟なんだな(苦笑)


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2022.05.30

今日は私的記念日(’忘れてた)

世間一般は平和と程遠いロシアのウクライナ侵略と、平和だねと思わせる矢部美穂女史の結婚の話題しかないような感じだけど、自分がいつも聞いてるラジオのニュースで「今日は5と3と0にかけて『ゴミゼロの日』なんだそうです」、という話をしてて忘れてた何かを思い出した。

…ああそうだ、自分のあいまいな記憶が確かなら5/30といえば、自分が離婚した日じゃないか。ゴミゼロの日と同じ日、で記憶の片隅に残ってた(苦笑)。もう何年前だっけ?19年?20年?祝う記念日じゃないからそこまで覚えてないや(^^;)

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今から思えば、こんな自分が結婚してた、なんて何かの間違いだと思う(実際間違いだったわけなので離婚に至ったわけなので間違ってない)でも、すごく短い間ではあったけど嬉しかったし、楽しかったし、生きる事の幸せも感じられたから自分はいい経験をさせてもらえたなと感謝の念しかない。その思いは今も継続。ただただ、ありがとう。そして自分なんかに関わらせてしまってごめんなさい。その感情しか残ってない。

あの時最後に見送ってからは一度も会わず、話もせず、専業主婦だったので自分の会社に預けてた彼女の年金手帳を郵送した時に今までありがとう、の手紙を書いて同封したのが最後のコミュニケーション。その後は会う必要もないし、電話もメールすらなく、会いたいと願わずに今に至る。同じ時間軸同じ座標に存在していても、ネジレの空間に居る存在でどこまで行っても交わらない、それでいい、それが最良の策だった。

何度か「それでいいの?本当に?」などと無神経に聞かれた事は何度もあったけど、それでいいんだよね。だって自分が一生添い遂げたいと思ってた人はもうその身体には入ってなかったんだから。消えたとか死んだというよりも、元々架空の存在、だから仮に望んでも願っても、物理的な面会は出来ても精神的な面会は出来ないと判ってた、残念ながら。

正直なところ、もしその時の中身だった存在に会えるのなら、入ってる器は正直どうでもよくて、老婆でもオッサンでも、犬でもネコでも昆虫でもミミズでも草でも石でもいいから会ってみたいなと思うことは、自分は弱い人間なんで申し訳ないけど無いと言えばウソになる。でもその魂は元々フィクションで最初から存在しなかった。…まぁそういう事にしといた方がいいんだと思う(謎)

そういうことはヨコに置いておいても、もともと自分はそういう生き方していい人間じゃないってことがこれで判ったんだ、そこが自分にってお最大のメリットだった。人生七転び八起き、転んでもタダじゃ起きないよ(^^)

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どうであったかなんて事は今更どうでもよくてそういう過去は過去、大事なことはその過去を顧みて同じ失敗をしないよう繰り返し反省すること(これが出来ない人のなんと多いことよ…)、そしてその経験を生かして先に進むこと。

離婚してから現時点では、自分はみっとみないくらいに藻掻いて足掻いてきたけど、その時々にやれる範囲で頑張ってきたな、と思う。家庭を持つ夢は叶わなかったけど、今もそれなりに生活は出来てるし、今後の準備も整ってきてる。今の全てはあの時の人生リスタートから築いた結果。ゴールはまだ先、そこまでの道のり苦楽があると思うけど、それを笑ってやり過ごせるくらいに強い人間になりたいと、と私的記念日に思うのだ。

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2022.03.30

当たり前なんだけど、よく噛もう

ここ最近、Youtubeでショートの動画を見てる。

どうでもいいジョーク動画や、ゆっくり解説系や、芸の無い芸人のわざとらしいチャンネルには興味がない、自分が見るのは生き物系の動画が多い。そして最近はヘビがカエルを丸飲みするところや、カエルがネズミやハムスターと言った小動物を丸飲みする捕食系動画がちょっと気になってる。

食われる側からすれば可哀想!、となるのだろうけど、食う側からすればそれは御馳走にあるつけるチャンスな訳で、立場を変えれば残虐動画にもほのぼの動画に見えるという不思議。そして命がああやって食われて次の命の糧になるという目を背けてはいけない自然の摂理、それにちょっと引かれる。

その動画をみていると、丸のみしたエサとなった小動物は、その姿のまま捕食者の体内で死に至り、そして消化されてゆく、と容易に想像できる。まぁそれは当たり前なんだけど、それを見てて食した食物を消化器でそのまま消化するのは大変だよなぁと思って、ふと気が付いた。

自分が食ってる日々の食糧、コレ最近よく噛んで食ってないような…?

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自分は31歳の頃にROICE'のホワイト生チョコにびっくりするほどドハマリして食い続けて虫歯になったのが最初で最後の虫歯で、それ以前もそれ以降も虫歯になったことがない。永久歯も真横に生えて圧迫した下の親知らず二本は抜いたけど、それ以外の歯は全て残ってる、幸せなことだ。

だから根気よく咀嚼することはそんなに苦じゃないんだけど、ここ最近あまりよく咀嚼せずにモノを食ってるようなきがしてきた。試しにある時に口の中に固形物感が無くなるまでガンガン咀嚼してみたけど、その時にいつもこんなに噛んでないわ、ということに気が付いてしまった。

砂肝とか、胃石とかを持ってるわけじゃないから、食料を物理的に細かく砕けるのは咀嚼だけだ。あとは化学反応で溶解することで原型を失わせて溶液化して体内に養分を取り込む。それをしやすくするのが物理的破壊である咀嚼行為。それをそんなにしてない、と気が付いたということは自分はここ最近あまり咀嚼しないですぐ飲み込んでいた、という事になる(冷汗)

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やわらかい食い物ならばそれでもいいのだろうけど、そうでなければ唾液の消化酵素との混合効果と固形物を細かくして飲み込みやすくして消化しやすくする咀嚼は、もっとしっかりやるべきだ。なのでそれ以降、意識して咀嚼をしつこく行うことにした。そうすると当然だけど食事の時間が長くなって、なのに食う量が少し減った。あまり咀嚼せず飲み込むとあっというまに喰い終わる感じだったけど、よく噛むとそれなりに時間が必要になり、結果それまでよりも喰う量が少しだけ減った。こころなしか満幅感を感じる量がそれまでより少ない感じ。

咀嚼して消化を助け、時間をかけて喰うことで食う量が減って、ついでに顎がくたびれるくらいよく噛むことによる運動効果、といっていいのかな、でもよく噛むと顎がくたびれるからこれも効能はあると思う。良いことばっかりだ。悪いことといえば永久歯を酷使して歯としての寿命を縮めている…かもしれない。でも今を元気に生きていなければ備えが必要な老後なんて来ない。だから今の生活を大事にしながら老人になったときを考えるのだ、どうすれば今のを楽しく生きながら将来も楽しく生きるか。これ相反する項目だけどその二つがぎりぎり両立するポイントはあるはず。

「よく咀嚼してモノを食す」、ということはその二つが両立するポイントを幅広いバンドにする効果があるんじゃないかな?、と漠然と思うのだ。
 


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2022.02.13

抑えきれない感情(更年期?)

この数年来、自分の中であることをトリガーとして発動し、それが爆発的に高まる感情がある。

その感情は不思議なもので、若いころから普通にあって、でもそれと(なんとなく)うまく付き合ってこれた。少なくとも一瞬とはいえ何もしたくないというくらいのメンタルダメージを食らうようなモノではなかったはず。

でも今はそのトリガーが作動すると、自分の中で湧き上がる感情の暴走、というと大げさだが、少なくと簡単には収まらないその衝動と少しの間闘う事になる。それに自分自身が驚いていたりもする(苦笑)

…それは何か?、それは

 『 面 倒 く さ い ! 』

というもの。そしてそのトリガーは、

 ・今まで普通にそれが出来ていたのが出来なくなっている状態
 ・今まで順調に行っていたのに偶発的な(多くは自分のミスや忘却だったりなのだが)事からうまく進まなくなる
 ・その文字の通り、細かい精密な単調仕事が延々と続くことに対するメンタル耐久力の限界が下がってる

といったことから作動することが多いように感じる。だから今例えば大型プラモデル作ったり、ボトルシップ作ったり巨大ジグゾーパズル作ったり、バイクのエンジンを全バラして再組立てとかしたら、途中でこういう感情が必ず生じてヘタしたら完成に至らない気がする(以前はそういうの嫌いじゃなかったんだけどね)。なお他人が見たら多分びっくりするだろう細かい家計簿を記録し続けることは、そいうったことよりもそれほど面倒感を感じていないから、万事が万事何もかもが面倒だ!、という事ではないらしいんだよね。

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情けない話だが、最近不用意にモノを無くすことが以前よりは増えた気がする。そしてかつては面倒さを感じながら完成に一歩一歩近づくことが出来る細かい神経を要するエンジン弄りとか電子部品のはんだ付けとかに、組み忘れや失敗などが生じやすくなっていることから「なんでうまくいかないんだろう?」という探求を始める前に「面倒くさい!」という忌諱感情の方が先に立ち上がってしまう。

そうやってイライラしても何も解決につながらない、失敗を解析して同じ事をしないように努力すればいいだけだ。そうやって理性では事象をどうコントロールするか理解してるけれど、その前に「面倒だ!」という何の役にも立たない感情が先に立ち上がる。これは平たく言えば自分が老いた、という事なんだろうと思う。男性更年期と言うやつなのか知れないし、若年アルツハイマーなのかもしれない。そうやって心配すると人生の先輩方は口をそろえてこう言う

 「ああ、年を取るとそういう風になってゆくんだよ、誰もがね」

・・・そっか(汗)

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原因はともかく、その事象と自覚がある以上、それをひっくるめた自分自身全体を理解してうまくコントロールしないといけない。

なので、まず自分がやっていることは、「片付ける」こと。やみくもにモノを押し込めて蓋をするのではなく、そこにあるべきものを動かしたのなら、それを必ず元に戻して常にそれがそこにあるべき状態を保ち続ける、ということ。つまり小物から大物まで、ホームポジションを決めて、使ったらそれをそこに必ず戻す。自分が何かをしようと動いたら必ず1つ以上の別のことを片付けること、を淡々とやっている。

感情爆発的な「メンドクサイ」はメンドクサイ状況さえ作らなければ発動しない。その一つがあるべきものが無いとか、モノが見つからない、というときにおこることを体感的に把握してるのでそれを心掛けるようにしてる。道具だけでなく捨てるべきゴミが床に落ちていればそれを拾ったり掃除機で吸ったり、も「片付ける」行為の一つ。そうやることで「生きてきた事に対するカタをつける」事が粛々とできている気がする。モノを無くすことも減ったしね(^^;)

貧困生活していても超大金持ちでも、手持ちの現金に格差は生じるけど時間ば万人に平等なリソースで、しかもそれを止めたり遅らせる事は出来ない。その結果人はじわじわと確実に老いてゆく。加老による衰えは避けられない。なのでそれを楽しむ…ことは難しくとも理解してうまく付き合ってゆく方法を模索して実行してゆくよ。元に戻らなくともだんだんそういう自分自身を認めてやれるようになってくるからね。

実際薄くなり始めた頭髪と頭皮は若いころはコンプレックスの塊でしかなかったけど、長く付き合ってきたら当時より薄くなった頭もまぁオレらしいよな、と個性として自分自身は認めてやれるようになってる(他人様からみたらみっともない中年男ソノモノなんだろうけどね)

自分という人間とは一生付き合っていかなきゃならない。気に食わないからと簡単に離婚するようなことは出来ない(苦笑)なのでいい所も悪い所も日々精査し再評価しながら、いい所と悪い所を両方自分自身だけは認めてやりながら生きてゆくよ p(^^)q
 

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2020.06.29

在宅勤務の悪影響

ここ一か月くらいここをUP出来ない状態が続いてた。

時間はあった。在宅勤務だから通勤時間分の自由時間が増えているし、残業時間も出勤するよりも減っているのでなおさらだ。

でも更新は難しい。自分の趣味に近いレベルに達している家計簿付も、以前は1~2日単位で記録していたけど、今は2~3週間に一度の周期でしかつけれていない。それはなぜかというと、在宅勤務でPC仕事を自宅でやることによる目の疲れが尋常じゃないから。

どのくらい尋常じゃないか、というと、視力がこの2か月チョイで1.5から0.7に落ちた、といえば何となくわかってもらえるだろうか?。ケイタイやタブレットの小さい液晶をみるのは寝起きの朝ならまだ耐えられるけど、夕方にはもうカネを払ってでも見たくないし、仕事でノートPCを使っている関係でそのモニター距離の私物ノートPCも目が疲れて痛くてもう使いたくない。仕事が終わった夕方は視界がボヤけて、自転車やバイクに乗る事がはばかられるくらい。久々にこれを記載しているPCは、わざわざ中古の古いデスクトップPCを貰ってきて、仕事PCの距離とあえて変えた(遠くにした)液晶モニターで目をこすりながらやっと書いている状態。まさかこんなに目が短時間に劣化するとは思わなかったよ…

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昔から、他はメタメタでも、歯と目だけはいい状態を保ってきた。なので3か月前まで視力に不安を感じたことはなった(ちょっと老眼が進んできたような気はしてたけどそれは歳相当の劣化)。でもこの在宅モードが始まってから、色々工夫はしたけど、それでも目の疲れは猛烈で、仕事でPCを使わないわけにはいかないので、プライベート時間は目を休めることに徹してた。土日は仕事が休みなのでクルマやバイクに乗るために目のパワーをそちらに割り振って私物PCを長く使うニュース閲覧とか家計簿エクセル使用を出来るだけ避けてた。それでも平日に8~10Hの在宅PCワークによる目へのダメージは正直深刻なレベル。歯と目は一生モノだから大事にしてきたのになぁ、こんな事でこんなに痛めつけてしまうようになるとは完全に想定外。肉体的老化もあるんだろうけど、それを加速しまくってる気がする。

今日は天気が良かったので、1H毎に10分ずつ庭に出て、じりじりとした日差しを麦わら帽子で防ぎつつ庭木と青空を眺めて目を休めていたのでこの時間に私物PCで長文を打てる気がしてこれを打ってるけど、それでも目の疲れはある。うーんどうやったらいいんだろう?手元証明は確保してるし、頭上の照明も明るくしている。それでも目の疲れは事務所に出勤したときより大きい。こう考えると出勤した方が身体は付かれるけど目にはまだ優しい。ああ早く新型コロナウィルス騒動終わって出社解禁にならないかなぁ、明らかに運動不足で、体重も2kgぐらい増えて、ウエストも1インチ増えたし_| ̄|〇
 


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