2022.05.30

今日は私的記念日(’忘れてた)

世間一般は平和と程遠いロシアのウクライナ侵略と、平和だねと思わせる矢部美穂女史の結婚の話題しかないような感じだけど、自分がいつも聞いてるラジオのニュースで「今日は5と3と0にかけて『ゴミゼロの日』なんだそうです」、という話をしてて忘れてた何かを思い出した。

…ああそうだ、自分のあいまいな記憶が確かなら5/30といえば、自分が離婚した日じゃないか。ゴミゼロの日と同じ日、で記憶の片隅に残ってた(苦笑)。もう何年前だっけ?19年?20年?祝う記念日じゃないからそこまで覚えてないや(^^;)

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今から思えば、こんな自分が結婚してた、なんて何かの間違いだと思う(実際間違いだったわけなので離婚に至ったわけなので間違ってない)でも、すごく短い間ではあったけど嬉しかったし、楽しかったし、生きる事の幸せも感じられたから自分はいい経験をさせてもらえたなと感謝の念しかない。その思いは今も継続。ただただ、ありがとう。そして自分なんかに関わらせてしまってごめんなさい。その感情しか残ってない。

あの時最後に見送ってからは一度も会わず、話もせず、専業主婦だったので自分の会社に預けてた彼女の年金手帳を郵送した時に今までありがとう、の手紙を書いて同封したのが最後のコミュニケーション。その後は会う必要もないし、電話もメールすらなく、会いたいと願わずに今に至る。同じ時間軸同じ座標に存在していても、ネジレの空間に居る存在でどこまで行っても交わらない、それでいい、それが最良の策だった。

何度か「それでいいの?本当に?」などと無神経に聞かれた事は何度もあったけど、それでいいんだよね。だって自分が一生添い遂げたいと思ってた人はもうその身体には入ってなかったんだから。消えたとか死んだというよりも、元々架空の存在、だから仮に望んでも願っても、物理的な面会は出来ても精神的な面会は出来ないと判ってた、残念ながら。

正直なところ、もしその時の中身だった存在に会えるのなら、入ってる器は正直どうでもよくて、老婆でもオッサンでも、犬でもネコでも昆虫でもミミズでも草でも石でもいいから会ってみたいなと思うことは、自分は弱い人間なんで申し訳ないけど無いと言えばウソになる。でもその魂は元々フィクションで最初から存在しなかった。…まぁそういう事にしといた方がいいんだと思う(謎)

そういうことはヨコに置いておいても、もともと自分はそういう生き方していい人間じゃないってことがこれで判ったんだ、そこが自分にってお最大のメリットだった。人生七転び八起き、転んでもタダじゃ起きないよ(^^)

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どうであったかなんて事は今更どうでもよくてそういう過去は過去、大事なことはその過去を顧みて同じ失敗をしないよう繰り返し反省すること(これが出来ない人のなんと多いことよ…)、そしてその経験を生かして先に進むこと。

離婚してから現時点では、自分はみっとみないくらいに藻掻いて足掻いてきたけど、その時々にやれる範囲で頑張ってきたな、と思う。家庭を持つ夢は叶わなかったけど、今もそれなりに生活は出来てるし、今後の準備も整ってきてる。今の全てはあの時の人生リスタートから築いた結果。ゴールはまだ先、そこまでの道のり苦楽があると思うけど、それを笑ってやり過ごせるくらいに強い人間になりたいと、と私的記念日に思うのだ。

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2022.03.30

当たり前なんだけど、よく噛もう

ここ最近、Youtubeでショートの動画を見てる。

どうでもいいジョーク動画や、ゆっくり解説系や、芸の無い芸人のわざとらしいチャンネルには興味がない、自分が見るのは生き物系の動画が多い。そして最近はヘビがカエルを丸飲みするところや、カエルがネズミやハムスターと言った小動物を丸飲みする捕食系動画がちょっと気になってる。

食われる側からすれば可哀想!、となるのだろうけど、食う側からすればそれは御馳走にあるつけるチャンスな訳で、立場を変えれば残虐動画にもほのぼの動画に見えるという不思議。そして命がああやって食われて次の命の糧になるという目を背けてはいけない自然の摂理、それにちょっと引かれる。

その動画をみていると、丸のみしたエサとなった小動物は、その姿のまま捕食者の体内で死に至り、そして消化されてゆく、と容易に想像できる。まぁそれは当たり前なんだけど、それを見てて食した食物を消化器でそのまま消化するのは大変だよなぁと思って、ふと気が付いた。

自分が食ってる日々の食糧、コレ最近よく噛んで食ってないような…?

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自分は31歳の頃にROICE'のホワイト生チョコにびっくりするほどドハマリして食い続けて虫歯になったのが最初で最後の虫歯で、それ以前もそれ以降も虫歯になったことがない。永久歯も真横に生えて圧迫した下の親知らず二本は抜いたけど、それ以外の歯は全て残ってる、幸せなことだ。

だから根気よく咀嚼することはそんなに苦じゃないんだけど、ここ最近あまりよく咀嚼せずにモノを食ってるようなきがしてきた。試しにある時に口の中に固形物感が無くなるまでガンガン咀嚼してみたけど、その時にいつもこんなに噛んでないわ、ということに気が付いてしまった。

砂肝とか、胃石とかを持ってるわけじゃないから、食料を物理的に細かく砕けるのは咀嚼だけだ。あとは化学反応で溶解することで原型を失わせて溶液化して体内に養分を取り込む。それをしやすくするのが物理的破壊である咀嚼行為。それをそんなにしてない、と気が付いたということは自分はここ最近あまり咀嚼しないですぐ飲み込んでいた、という事になる(冷汗)

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やわらかい食い物ならばそれでもいいのだろうけど、そうでなければ唾液の消化酵素との混合効果と固形物を細かくして飲み込みやすくして消化しやすくする咀嚼は、もっとしっかりやるべきだ。なのでそれ以降、意識して咀嚼をしつこく行うことにした。そうすると当然だけど食事の時間が長くなって、なのに食う量が少し減った。あまり咀嚼せず飲み込むとあっというまに喰い終わる感じだったけど、よく噛むとそれなりに時間が必要になり、結果それまでよりも喰う量が少しだけ減った。こころなしか満幅感を感じる量がそれまでより少ない感じ。

咀嚼して消化を助け、時間をかけて喰うことで食う量が減って、ついでに顎がくたびれるくらいよく噛むことによる運動効果、といっていいのかな、でもよく噛むと顎がくたびれるからこれも効能はあると思う。良いことばっかりだ。悪いことといえば永久歯を酷使して歯としての寿命を縮めている…かもしれない。でも今を元気に生きていなければ備えが必要な老後なんて来ない。だから今の生活を大事にしながら老人になったときを考えるのだ、どうすれば今のを楽しく生きながら将来も楽しく生きるか。これ相反する項目だけどその二つがぎりぎり両立するポイントはあるはず。

「よく咀嚼してモノを食す」、ということはその二つが両立するポイントを幅広いバンドにする効果があるんじゃないかな?、と漠然と思うのだ。
 


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2022.02.13

抑えきれない感情(更年期?)

この数年来、自分の中であることをトリガーとして発動し、それが爆発的に高まる感情がある。

その感情は不思議なもので、若いころから普通にあって、でもそれと(なんとなく)うまく付き合ってこれた。少なくとも一瞬とはいえ何もしたくないというくらいのメンタルダメージを食らうようなモノではなかったはず。

でも今はそのトリガーが作動すると、自分の中で湧き上がる感情の暴走、というと大げさだが、少なくと簡単には収まらないその衝動と少しの間闘う事になる。それに自分自身が驚いていたりもする(苦笑)

…それは何か?、それは

 『 面 倒 く さ い ! 』

というもの。そしてそのトリガーは、

 ・今まで普通にそれが出来ていたのが出来なくなっている状態
 ・今まで順調に行っていたのに偶発的な(多くは自分のミスや忘却だったりなのだが)事からうまく進まなくなる
 ・その文字の通り、細かい精密な単調仕事が延々と続くことに対するメンタル耐久力の限界が下がってる

といったことから作動することが多いように感じる。だから今例えば大型プラモデル作ったり、ボトルシップ作ったり巨大ジグゾーパズル作ったり、バイクのエンジンを全バラして再組立てとかしたら、途中でこういう感情が必ず生じてヘタしたら完成に至らない気がする(以前はそういうの嫌いじゃなかったんだけどね)。なお他人が見たら多分びっくりするだろう細かい家計簿を記録し続けることは、そいうったことよりもそれほど面倒感を感じていないから、万事が万事何もかもが面倒だ!、という事ではないらしいんだよね。

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情けない話だが、最近不用意にモノを無くすことが以前よりは増えた気がする。そしてかつては面倒さを感じながら完成に一歩一歩近づくことが出来る細かい神経を要するエンジン弄りとか電子部品のはんだ付けとかに、組み忘れや失敗などが生じやすくなっていることから「なんでうまくいかないんだろう?」という探求を始める前に「面倒くさい!」という忌諱感情の方が先に立ち上がってしまう。

そうやってイライラしても何も解決につながらない、失敗を解析して同じ事をしないように努力すればいいだけだ。そうやって理性では事象をどうコントロールするか理解してるけれど、その前に「面倒だ!」という何の役にも立たない感情が先に立ち上がる。これは平たく言えば自分が老いた、という事なんだろうと思う。男性更年期と言うやつなのか知れないし、若年アルツハイマーなのかもしれない。そうやって心配すると人生の先輩方は口をそろえてこう言う

 「ああ、年を取るとそういう風になってゆくんだよ、誰もがね」

・・・そっか(汗)

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原因はともかく、その事象と自覚がある以上、それをひっくるめた自分自身全体を理解してうまくコントロールしないといけない。

なので、まず自分がやっていることは、「片付ける」こと。やみくもにモノを押し込めて蓋をするのではなく、そこにあるべきものを動かしたのなら、それを必ず元に戻して常にそれがそこにあるべき状態を保ち続ける、ということ。つまり小物から大物まで、ホームポジションを決めて、使ったらそれをそこに必ず戻す。自分が何かをしようと動いたら必ず1つ以上の別のことを片付けること、を淡々とやっている。

感情爆発的な「メンドクサイ」はメンドクサイ状況さえ作らなければ発動しない。その一つがあるべきものが無いとか、モノが見つからない、というときにおこることを体感的に把握してるのでそれを心掛けるようにしてる。道具だけでなく捨てるべきゴミが床に落ちていればそれを拾ったり掃除機で吸ったり、も「片付ける」行為の一つ。そうやることで「生きてきた事に対するカタをつける」事が粛々とできている気がする。モノを無くすことも減ったしね(^^;)

貧困生活していても超大金持ちでも、手持ちの現金に格差は生じるけど時間ば万人に平等なリソースで、しかもそれを止めたり遅らせる事は出来ない。その結果人はじわじわと確実に老いてゆく。加老による衰えは避けられない。なのでそれを楽しむ…ことは難しくとも理解してうまく付き合ってゆく方法を模索して実行してゆくよ。元に戻らなくともだんだんそういう自分自身を認めてやれるようになってくるからね。

実際薄くなり始めた頭髪と頭皮は若いころはコンプレックスの塊でしかなかったけど、長く付き合ってきたら当時より薄くなった頭もまぁオレらしいよな、と個性として自分自身は認めてやれるようになってる(他人様からみたらみっともない中年男ソノモノなんだろうけどね)

自分という人間とは一生付き合っていかなきゃならない。気に食わないからと簡単に離婚するようなことは出来ない(苦笑)なのでいい所も悪い所も日々精査し再評価しながら、いい所と悪い所を両方自分自身だけは認めてやりながら生きてゆくよ p(^^)q
 

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2020.06.29

在宅勤務の悪影響

ここ一か月くらいここをUP出来ない状態が続いてた。

時間はあった。在宅勤務だから通勤時間分の自由時間が増えているし、残業時間も出勤するよりも減っているのでなおさらだ。

でも更新は難しい。自分の趣味に近いレベルに達している家計簿付も、以前は1~2日単位で記録していたけど、今は2~3週間に一度の周期でしかつけれていない。それはなぜかというと、在宅勤務でPC仕事を自宅でやることによる目の疲れが尋常じゃないから。

どのくらい尋常じゃないか、というと、視力がこの2か月チョイで1.5から0.7に落ちた、といえば何となくわかってもらえるだろうか?。ケイタイやタブレットの小さい液晶をみるのは寝起きの朝ならまだ耐えられるけど、夕方にはもうカネを払ってでも見たくないし、仕事でノートPCを使っている関係でそのモニター距離の私物ノートPCも目が疲れて痛くてもう使いたくない。仕事が終わった夕方は視界がボヤけて、自転車やバイクに乗る事がはばかられるくらい。久々にこれを記載しているPCは、わざわざ中古の古いデスクトップPCを貰ってきて、仕事PCの距離とあえて変えた(遠くにした)液晶モニターで目をこすりながらやっと書いている状態。まさかこんなに目が短時間に劣化するとは思わなかったよ…

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昔から、他はメタメタでも、歯と目だけはいい状態を保ってきた。なので3か月前まで視力に不安を感じたことはなった(ちょっと老眼が進んできたような気はしてたけどそれは歳相当の劣化)。でもこの在宅モードが始まってから、色々工夫はしたけど、それでも目の疲れは猛烈で、仕事でPCを使わないわけにはいかないので、プライベート時間は目を休めることに徹してた。土日は仕事が休みなのでクルマやバイクに乗るために目のパワーをそちらに割り振って私物PCを長く使うニュース閲覧とか家計簿エクセル使用を出来るだけ避けてた。それでも平日に8~10Hの在宅PCワークによる目へのダメージは正直深刻なレベル。歯と目は一生モノだから大事にしてきたのになぁ、こんな事でこんなに痛めつけてしまうようになるとは完全に想定外。肉体的老化もあるんだろうけど、それを加速しまくってる気がする。

今日は天気が良かったので、1H毎に10分ずつ庭に出て、じりじりとした日差しを麦わら帽子で防ぎつつ庭木と青空を眺めて目を休めていたのでこの時間に私物PCで長文を打てる気がしてこれを打ってるけど、それでも目の疲れはある。うーんどうやったらいいんだろう?手元証明は確保してるし、頭上の照明も明るくしている。それでも目の疲れは事務所に出勤したときより大きい。こう考えると出勤した方が身体は付かれるけど目にはまだ優しい。ああ早く新型コロナウィルス騒動終わって出社解禁にならないかなぁ、明らかに運動不足で、体重も2kgぐらい増えて、ウエストも1インチ増えたし_| ̄|〇
 


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2020.01.20

今がそうなのかも

ネットでニュースをみていたら、こんな記事があった

「40代を襲う「中年の危機」とは 」

危機というより、張り詰めていたゴムが緩んだ感じ、というのかな?、それまで張っていたことでいろいろうまく回っていたり、どうでもいいと思ってバックグランドノイズだと思ってたことが、妙に大きな存在となって圧し掛かってくる感じ。

現場での緊張感のある仕事に対して、今のサラリーマン事務所仕事は一言でいうと「気分が悪い」仕事が多くて、かつ自分に決定権がないがために思うようにコントロール出来ないというところにいら立ちと不安感は感じる。たとえるなら自分が乗って操るバイクならば峠道が楽しく走れるけど、誰かが(しかもあまり信頼信用出来ない人間が)運転するバイクの後ろに乗って、自分は何もできない状態で走っている状態、といえばバイク乗りにな何となく理解してもらえるかな?、車でいえば自分で運転していると乗り物酔いしない人が、誰かの運転で助手席に座ると気分が悪くなる、そういう感じ。

何もかもを思い通りに動かしたいわけじゃない、そんなにわがままじゃないからね。ちゃんと膝を突き合わせて目を見て話して、決まって、約束したことを、愚直にみんなが対等の立場と価値観で取り掛かって最終的に約束通りに片づけていければいい、ただそれだけなんだけど、それをしないで話を聞いてなくて(または聞いたのに理解してなくてそれを後出しにして)、後々になって理不尽を押し付けてきたり、話し合って決めたことをひっくり返したり、それを指摘すると老若男女問わず開き直って居直ったり、という状態にしょっちゅう出くわす。

そういう時は基本的に傍若無人であっても声が少しでも大きい人間、立場が少しでも上の人間の言うことが(どんなに理不尽であろうと)結局通ってしまう。技術論や、エビデンスに基づいた決定とかが、全然通らない現状は技術系の人間としてはすごくおかしいと思うけど、ある意味会社という組織、というか人間社会というものがそういうバックボーンなんだろうな、と今更になってあきらめにも似た感情でいやいや理解して(いや理解などしてなくて単なる妥協なんだけど)やり過ごす、そういう状態。

…少なくとも、今までのサラリーマン人生でこういうドロドロした感情を持たされることはあまりなかった(=幸せだった、ともいえる)。なので今の状態は自分がただ鈍いだけで、実は早期自主退職に追い込もうとするパワーハラスメントなのかな?、とも思うくらい。自分がこの会社でこれはオレしか出来ないよ、と豪語出来る得意とする職務は今の環境や職場では持て余すことは事実で、会社として今後二度とやらないかもしれない。そうなれば自分を雇ってる意味は短期的にはないだろう、などと考えたりもする。それ以外もできるけどね。

少なくとも今までのように楽しさとかやりがいとか、使命感とか、自身の充実とか、そういうプライスレスなプラス側に引っ張ってくれたモチベーションが今は枯渇寸前(苦笑)。今の仕事に銭勘定はあってもワクワクする楽しさや夢がない(自分は過去にそれを経験してきたからまだいいけど、入った途端にこれじゃ新入社員やワカモノは会社やめちゃうんじゃないかな?、と不安にもなる)。これを「中年の危機」というのなら、そうなのかもしれない、とそのネット記事を読んで思った。

とりあえずまだ生きてる以上何かを食っていかねばならないし、迫る老後の準備も(ぢつはほぼ完成しつつあるんだけど)想定しているパーフェクト状態を達成するためには最低あと5年は働いていないとダメな計算をしているので、まぁしゃーない、やれるだけはやるさ、一応分別のある大人だからさp(^^;)q

…とはいえ、ちょっとだけ今の会社生活に疑問を持っているのは事実。なので少しずつ色々なことを考えて生きてゆくよ。

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2019.07.23

全力限界ラジオ体操

僻地での仕事はそれまでの現場仕事と違って管理職でありデスクワークが多かったのもあり、絶対的運動量がなかった。危機感を感じて帰宿後にセカセカ一時間くらい歩いたりしてたけど、降雪すればそれも出来なくて狭いビジネスホテルでゴロゴロするしかなく、結果養分過多ぎみとなり体重が増えていった。

諸事情で安くご飯が腹いっぱい食えた、というのもある。貧乏性なので食えるときにおなかいっぱい食べたい(でないともったいない)というひもじい幼少期にインプリンティングされた想いはどこから見てもオッサンにしか見えない歳となってもまだ自分にプログラミングされたままだ。なのでインが多くなり、アウトが減る、という状態が続いたため、腹回りはブヨブヨになり、メタボ判定基準に引っかかることになった。

なので現場仕事があけて開放されて自宅に戻ってきたら、いつもの貧乏食生活に戻るわけで、また通勤だけでもそこそこ歩いて立って、を行うため、必然的にインが減り、アウトが増えた。そこに中年太りに対する警戒心をエッセンスとして加え、さらに久々に復活した自転車と言う趣味を楽しむ余力が生まれたこともあり、インは減ったまま、アウトがさらに増えた。その結果、4月末の体重から現時点で約7kgほどの減量に成功している。


インとアウトと言う話をしたように、体重管理は実は家計管理に凄く似ている。平たく言えば、欲望に負けずひたすら自分を締め上げると、成果が必ず出る、ということ。こういう「自分自身をイジメる」のはかなり得意な領域なので、家計管理同様体重管理も実は得意分野だったり(^^ゞ

その「アウトを増やす」方法の一つとして今回ラジオ体操をあげておく。

以前職場でのラジオ体操のネタをUPしたことがあったけど、職場におけるラジオ体操は単なる準備運動だけでなく、これから働く人がちゃんと身体を動かせているかを監視して異常を検出する大事なシステムだ。今回の減量では、このサラリーマンの職場でも毎朝時報代わりに流れているラジオ体操もフルに使わせてもらった。

やり方は簡単、ただ単に、朝のラジオ体操をする時に「ちゃんと」やるだけ。第一だけでいい。これだけで立派な運動になる。

ラジオ体操なんてたいしたことないだろ?、と人は言う。でもラジオ体操をやるときに流れている動きのアナウンス、それの前に「全力で」と、「限界まで」という文言をつけたらどうなるか?、自分はただそれをやっているだけだ。

つまり、ラジオ体操の動きを緩慢に行わず、曲のスピードに合わせて最大の動ける範囲で動かし、足を開き、飛び、動く関節は曲がる限界まで全速力で曲げ、高速で戻すのだ。そうすると単なるラジオ体操が第一を終えた頃には額から汗がタラリ、とするくらいになる。少なくとも終わったら団扇で扇ぎたくなる。そのくらいまで動くと、ラジオ体操も立派な運動になるのだ。

そういった運動や、日常動作ちょっとずつハードにしてゆき(遠回りして歩くとか、歩く速度を変えるとか、歩幅を増やすとか、通勤用デーバッグに2Lの水入りペットボトルを入れて通勤するとか)消費カロリーコツコツ積み上げて、そして食う量をタイミングと量を計算して最小に止める。何度やってもこれが貧乏節約生活における家計管理と本質的に同じだと思う(そういうとみんな首をかしげるんだけど、自分はそう信じる、実際に効果出てるしね)。

ほら、この通り、向こうでベルトなしで履いてたズボンがダブダブになるくらい十分な効果がね(^^ゞ



 

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2019.05.07

(自宅生活に)生還す

諸事情により、はるか遠方の現場へ飛ばされて約二年くらい。

これがまた諸事情が発生し、この元号が切り替わるGWを前にその任期が突然の終焉を迎えることとなり、長く暮らした(少なくとも自宅を買ってから生活していた期間よりも長い)ビジネスホテル生活に終わりを迎えることとなった。

職場の荷物整理、挨拶周りを経て業務終了。宿の片付け荷造り、そして四輪車と二輪車を持ってきてしまっていたのでそれを自宅に戻すために、まずホテル暮らし生活用品等々一式を積み込んだ四輪車で延々長距離を走って自宅に戻り、その後再び列車で最果てに向かい、自腹でそのホテルに一泊、翌朝チェックアウトして(よりによってその日は悪天候で終日雨だったが)バイクに乗ってまた同じ道を延々走りまくり完全撤収を果たした。

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GWは今までの連休のように、短い滞在時間中にやる事をやれるだけこなす、という尻に火が付いたような焦燥感を感じることなく、ひさびさにのんびり過ごした。かれこれ丸4年ほど肌身離さず持ち歩くことを義務付けられていた、何かあればあらゆる所からホットコールが鳴ってどこからでも呼び出される社給携帯を返却しただけで、こんなにも心の自由を感じるのか!、と我ながら驚くほどの自由感、開放感にひたれた。たった電話一個持っているだけで、相当なプレッシャーだったんだな(苦笑)

・・・と言うことで、ココしばらくは自宅で生活することに。一番うれしいのがコインランドリーと乾燥機を使わなくてよくなった、自由にいつでも順番待ちしないで洗濯して、モノが干せる、という事かな、実は未だに例の半自動洗濯機を使い続けているんだけどね(苦笑)

自宅の整理整頓と、乗り物道楽、庭草庭木小動物たちとの語らい等々、少しここを更新するネタも出来やすくなったので、出張中よりも更新ペースを上げる方向で頑張りますp(^^)q

 

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2019.02.03

ストレス一定の法則

自宅をはるか離れた地方の現場で働き始めてかれこれもう1年半。慣れぬ場所と職種職位に四苦八苦しつつ、気が付いたらもうそんなに経ってる、と言う感じ。

色々明かせないけど、ここでの生活や仕事には沢山のストレッサーがあって、それを受けつつどう流していなして行き、どうやって減らして行こうか、という事をずっと意識無意識問わずやっているような状態。

色々あって、もう1年くらい悩んでいた、とある重たいストレスがもう少しで解決しそうな流れになってきた。やっと少し楽になる♪、と思ったら、それを見透かしたかのように新しい同じくらい嫌なストレスが持ち上がってきた(-_-;)

ここでふと思った、「…もしかして、ストレスって減らないんじゃないの?」、という事に。

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定量的、定性的、学術的な話ではなくて、単なる個人的な感覚なんだけど、ある環境で感じているストレスの総量というのは、一つ一つの総和というよりも、そのストレスを感じるバックポーンでもうある程度決まっていて、一つが解決しても、今までストレスと感じていなかったものがその総和を満たすために新たなストレスとして捉えてしまうんじゃないかな、という事。

つまりこれを解決するためには、迫りくる一つ一つを解決してもまるで樹の葉っぱを毟るくらいしか意味がなくほぼ無意味で、その根本となっている今の現状を、根底から覆さないと(つまり樹を引っこ抜かないと)、逃れられないんじゃないかな。そんな気がする。

そんなことはない、そんなの気持ちの持ちようだ!、と言えばそうなのかもしれない。でもこういうひらめきにも似た根拠のない直観というのは、今までの経験上、ドンピシャではないにしろ、方向性がそんなに大きく外れていないんだよね。

…となると、ストレスは努力して解決してノーダメージ化するんじゃなく、それをうまくコントロールしてダメージをより少なくなるよう慣れてゆく方がいいな、終わった!、というぬか喜びから新しいストレス出現のメンタル落差が大きくなるし、新しいストレスと真正面に向き合う瞬間が一番苦しいからね(^^;;;)
 

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2018.09.04

太るのはまだ幸せな証拠

この地に赴任して気が付けば一年以上。

狭いビジネスホテル暮らしも一年の予約をいれて
いたけど、帰れる目途が全く立たないので泣く泣く
チェックアウト日を一年先にまで延長した。

ホテル暮らしというとまるで贅沢してるような
イメージかもしれないけど、実態はこういう感じ。

Img_20180826_180057

避難生活というか、小屋生活というか、ハーフ
キャンプというか、気分はそんなモンなんだよね。
このあたりはこういう現場出張生活を始めた頃
から、我ながらちっとも変ってない(^^;)

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いつ自宅生活に戻れるか判らない状況では
あるけれど、でもどうにか頑張って1~2か月に
一度は一泊二日や二泊三日だけど帰るように
しているし、長い連休だと半分くらいは自宅で
生活するようにどうにか業務を調整している。

頑張る方向が普通の人(自宅で頑張ってたまに
旅行でホテルとか泊まったり)と完全真逆だけど
世の中にそういう人間も存在してるということを
ちょっとだけ判って欲しい、と思ったりもする。

まぁいくら愚痴っても流刑の現状は変わらない。
流刑者は流刑者なりに流刑の地で出来る事を
楽しむしか道はない。自分の生き方のモットーは
『臨機応変』だからね(^◇^)

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この盆休みも久々に自宅に戻ってバイク達を
起動させて乗れる限り乗り回して、庭木の剪定
庭草毟り、砂利部への除草剤散布、落ち葉や
枯れ枝の回収とゴミ出し、ウッドデッキの高圧
洗浄等々の外回りメンテナンス、屋内の整理
整頓清掃片付選択布団干し、家中の風通しや
窓拭き、エアコンのメンテ等々であっという間に
終わってしまった。ゆっくり休むなんて全然無理。

職務の関係で全部の休みを自宅で過ごせない
ので、現場に戻ってからの休みは持って行って
あるXTZに乗ってバイク乗りとしての休日時間も
どうにか作ってこんな遠くまで行ってこれたよ。

Img_20180902_122553

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でも休みって充実して楽しい反面それが明けると
溜まってた仕事がまるでダムの決壊のように
流れ出てきて対応が大変。しかも現場をあちこち
飛び回れた若い頃と違って今は管理職そのもの
なのでデスクワークとPCワークの多いこと!

そのせいで眼精疲労が半端なくて宿でPCを開く
気力というか眼力が残ってなくて無くてツライ(;_;)

しかもデスクワークや会議が多いので運動量が
激減したため、食う量を控えめにしていても
筋力が落ちて体重が徐々に増えてきている。
腹回りだけがどんどんオッサン風になってゆく。

うーん、もう少し現場に出る仕事に戻れたらば、
眼精疲労や運動不足といった今の悩みも結構
解決するのに。

今の職種職位をもし自分に選択権があったら
きっと選ばない。とはいえ、自分のタスクは今は
それ。自分に課せられた仕事をやり遂げるのが
大事なんだよ。

それが例え流刑の果てだとしても正々堂々と
誠心誠意それをやり遂げ、ちゃんとした結果を
出してみせてやろうじゃないか(^~^)

それに太る、ということはちゃんと食えている
(というか必要以上に食えている)という事。
ご飯が毎日(太るほど)食えるという事はこの
地球上に生きている人の中でも恵まれている
側に間違いなくいる。そう考えれば、今の自分の
生活は、きっと『幸せ側』に入っている…よね(^^)
 

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2016.11.13

インフルエンザよりも風邪が怖い

二週間ほど前、午後から喉が痛いなぁ、と思っていたら
その日の夕方にはもうしゃべれないくらい喉奥が腫れて
咳き込みとともに膿のような痰がどんどん出てくるように。

翌朝にはもう発熱していて、喉痛と、咳と、痰と、合せて
誰がどう見ても立派な風邪ひきになってた。その時の
体温はこんなもん。

Taionn

こうなるととても仕事には行けないので、やむなく休みを
取ってビジネスホテルの近所にある医者に行ってきた。

念のためのインフルエンザ検査もしたが、陰性。
つまり単なる風邪。処方薬を10日分出してもらい、
その日はともかく水分を取って寝て過ごし、翌朝には
発熱がこの程度に収まってたので出勤する事に。
とはいえこれは解熱剤が効いているからなんだけど。

Taionn2

ゲホゲホいいながら、この程度の発熱をかかえて、
全身倦怠感のままでこれ以上休めない仕事をする。
丸3日くらい寝込めば直りそうな気もするけれど、
そんな優雅なバカンスはインフルエンザに罹患して
公に出勤停止命令が出ない限り無理だ。

だから不調のまま、薬をのみつつ仕事を重ねる。
すると、なかなか風邪が治らない。一週間たっても
全然症状がおさまらない。

昔は風邪なんて医者になんて行かず、市販薬を飲むか
または飲みすらせず、仕事をしながら2~3日で直して
いた気がする。

でも、加齢による衰えなのか、ここ数年は一度風邪を
ひくと、回復までえらく時間がかかる。少なくとも一週間
では治らない(だからそれを見越して10日分薬を出して
もらったのだ)。そしてダメージが大きい。37度後半の
発熱が延々続いて、肺の奥底が痛い咳をずっとすると
もうヘロヘロ、生き物として弱った状態になる。

今回はそれが丸々二週間たっても、継続したままで
治らない。でもこの週末は二連休になったので、土曜は
ビジホから一歩も出ないまま薬を飲んでは寝込んで、
やっと発熱が収まってきて、咳も少し収まってきたから、
あと数日で治るような予感はするんだけどね。

でも、風邪がこんなに重症化して、長引く病だとは
若い頃は正直思わなかった。だから怖くなかった。
でもこんなに長く苦しい思いをする老齢の身となった
今では、風邪は…恐ろしい病だ(-_-;)

体感としては、治るまで若い頃の倍以上の時間が
必要で、かつその間は若い頃より倍以上苦しい。
中年から初老という年代に入るというのはこういう
事なのか_| ̄|○

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これがもしも、風邪でなくインフルエンザだったら?

…実はそんなに怖くない。もっと簡単に治るからね。

いや、病としては風邪よりも重いし40度を超える高熱に
よる脳症や脱水とかで死に至る怖い病気なんだけど、
早期の高熱発熱時に検査を受けて診断が下れば、
タミフルやリレンザといった特効薬の処方をうければ、
数日間は苦しいけれど、その数日間だけ頑張れば
あとはラクになる。

それに、風邪だと簡単に取れない療養のための休みが
法定伝染病のインフルエンザ罹患ならば、正々堂々と、
いや、違った、職場から強制的に休みを取るように指導
されて宿に缶詰になるので、療養と体調の回復に効く
罹患初期時点でがっつり睡眠をとって休めるのだ。

風邪でも同じように休めたら多分もっと早くラクになれる。
今回二週間以上治らない風邪も、多分数日で同じくらい
良くなってたと思う。

でも風邪という診断では会社は、と言うよりも社会が
休みを暗黙で認めない。37℃代の発熱では、薬さえ
飲めば出勤して当たり前、という暗黙の不文律が
企業戦士たるサラリーマンにはある…ような気がする。

でも学生時代や若手の頃はもっと簡単に休めたはず。
なのに中堅以上の社会的立場になると、同じようには
休めない。

…うーん、歳をかさねると風邪が治りにくくなるのは、
加齢による肉体的な衰えが原因なんかじゃなくて、
実はこういう暗黙の社会的なシステムによって休む
べきタイミングで休めない事が一番の原因なんじゃ
ないのかな?

なんだか、そんな気がするなぁ(-_-;)<ばき
 

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