2022.01.25

新型コロナ第六の波

年末年始収まっていたと思ってた新型コロナウィルス感染症、気が付いたら今までのとは比較にならないくらいの増加率と感染者数になってた。

幸か不幸か爆発的感染の原因となった感染力が強く潜伏期間も短いオミクロン株は重症化しにくいようで、感染者の増加はあっても重症者や支社の数は若干数増加してはいるものの依然のような勢いはないように思える。

だからといって安心して感染してもいい、というわけじゃないののはもう言うまでもないので、今までの5つの波を乗り切ったように、今回の6発目の波もどうにか知恵と工夫と運で乗り切りたいと思う。最後の運は自力でコントロール可能なパラメータじゃないし、それに左右される事が相当高いけどね(冷汗)

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2021.12.31

さらば2021年

ああ、今年も終わりか~、

…というのを、つけっぱなしにしてるAMラジオのNHK第一放送の紅白歌合戦で実感するのが大晦日の恒例行事。若いころはバイクで横浜港まで走って行って、ゼロ時の汽笛の音を聞くのが恒例だったんだけど、さすがに老化が進行すると寒さが厳しいので無理(冷汗)

今年は新コロ2年目ということで、新型コロナ対策に始まり、それで終わるようなイメージ。高校生や大学生がそのせいで思い描いていたような(ステレオタイプともいえる世間一般理想像の)青春が送れていない!、というクレームをつけてるとどこかのニュースで見た気がするけど、それを言えるのは学徒動員で戦火に散った世代だろうな、今はそれでもはるかにマシだよ、と冷たく思う自分どこかにいる。そう、意外に人類や日本は頑張ったと思う。オリンピックで壊滅状態になるんじゃ?、と思ったけどそうならなかった。結果オーライ上手くいった、そんな年だったかな(^^)

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個人的には、人生の変曲点を少し感じてる。色々な意味でピークを越してきている。つまりこれからの人生は下り坂、今まで通りのやり方や生き方ではうまく回らなかったり、失敗したり、という事がこれから増えてゆくような、そういうことをいくつも実感する事になった。そう考えれば今年を要約して要約して、最終的に一言で総括すると「失う年」または「失い始めた年」だったかなと。実際に不注意で物理的にモノを失くすことや、収入が人生のピークを越えた事や、体力や記憶力や食欲や毛髪(泣)といった生物としての活力も減ったな~、と思う。

ただそれでも幸せなのは、今でも新たに得られるものがあること、失ってもそれをリカバー出来る力がまだあること、そして失うベクトルが緩やかであるため、今後来る大喪失時代に向けた準備と覚悟がゆっくりやれる、ということ。そうこれは避けられない、言わば天災みたいなもの、だからそれと同じように、何が起きるかを予想して、それに対する(やりすぎともいえるような)備えをして、それでも避けられない老いという状況を認めて受け入れる覚悟をする時間が自分にはまだたっぷりある。

「今一瞬が、人生で一番若い」

という言葉を、これから噛み締めて生きてゆくよ、やれるうちにやれることをやっておく、そして若いうちに備えと覚悟を持つ。決して悲観的じゃない、前向きな覚悟をもっていくp(^^)q

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…と、言うことで活性が下がって更新頻度が落ちてるたこちらに今年いらしてくださった方々、そしてコメント寄せていただいた方々、今年もお世話になりました。ありがとうございます。来年は私的人間3大本能である「物欲」に切り込んでジワジワ抑え込んでゆく予定です。

これは老後資金である余剰金を生みだす稼力が数年後に確実に大幅低下することが判っているのでその事への対策と、あとまだ体が動く元気なうちにジワジワと「終活」をスタートさせるための段取りです。先日の革ジャンとのお別れも実はその一環。急激にやり始める事は出来ないからジワジワ舵をそちらにむけて行きます。人生の時間や資金といったリソースは有限ですし、一人暮らしなので全てを自分でやるしかないですからねp(^^)q
 

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2021.12.30

思い出はクローゼットではなく記憶の中に仕舞う

年末年始の片づけをしていた。

自分で言うのもなんだけど、自分はモノにこだわるタイプで、気に入ったものは一生手放すつもりなく色々なものが自宅にはある。まぁ厳選してるのでゴミ屋敷みたいにはなってないけど、減ることはないな、と片付けながら思ってた。

ふと、本当にこれはこうやって残しておかねばならないのかな?、と本当に突然思った。もし残しておいて、それをまた何かに使うのならば、残す意味はあるだろう。でも例えばこれは、もう使うことはない、そういうものを手に取って少し考え込んでいた。

使わないモノを大事に思ってそれでも持ち続けているのはなぜだろう?。

それはそのモノが自分の生きてきた記憶、思い出、それが生きてきた意味というか、証というか、そんなような、うまく言えないけど、そんな気がしていたからだ。人によってはそれは間違いだというかもしれない。でも自分的にはそれは間違いじゃないと思う。そういうモノも確かにある。でもそれはモノがそこに存在していないとダメなんだろうか?

そう考えていたら、…何だろう?、そのモノに対する様々な思いは溢れるものの、これを手放したくない、とう執着が霧が晴れるようにす~~っと晴れてゆくように何か憑き物が落ちるような、気持ちになった。

そうだよね、これが無くなっても、自分がこれと生きてきた過去や思い出は無くならないじゃんか(^^)

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なので、これを手放すことにした。無論価値などないから、手放すとは廃棄することを意味する。
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リアルな自分と冬に会った事がある人なら、自分がこれを着ている姿を見たことがきっとあるはず。だって、これは30年ほど前から去年まで、冬の外出時、出勤でも遊びでも、ほぼ必ず着ていた羊皮のジャンパー。もうズダボロで、あちこち擦り切れて、ポケットの底も抜けて、でも、不思議とすごく暖かくて、寒い季節に手放せなかった。でも擦り切れが激しくて、壁とかに当たると皮が削れて茶色いスジがまるでチョークで線を引いたように色が移る。自分はそれでもいいけど、人様に迷惑をかけてしまう。なので今年は使ってなかった。まぁ新型コロナの影響で外出機会が減ってたのもあるんだけどね。

これを買ったのは大学生のころ。バイクに乗り始めた頃だったのでブ厚い皮のジャンパーが欲しかった。でも高くて高くて(数万)、こんなの買ってもいいんだろうか?、と悩んでた時に店員のオバちゃんがこういった。

「これはいい物なので、高いですけど10年とか20年とか大事にしていれば使えますよ」

ハタチを過ぎた直後のワカゾーには、自身の人生と同じ長さも持つジャンパーなんてあり得ないよ、まぁ持って数年かな?、と思ってた。
でも本当に10年もったし、そして20年確かにもった。しかもそこからさらに10年使って、30年間くらい着てた。そう考えると本当にいい物だったんだな、あの時のオバちゃん、ありがとう(^^)。

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ズダボロだけど、それでもまだ着るとすごく暖かい。重たい服だけどその重さが身体に馴染んで心地いい。なのでまだ着ようと思えば着れる。でも、冬のアウターは他にもあるから、なくても困らない。いや、使い慣れたこれが無いとなんだか不安になるというか、それが考えられないから、手元に置いておきたい、という欲求が自分の中に頑固にこびりついてた。でもその欲求が晴れた。これが無くても自分は生きていける、

とりあえず最後の思い出作りで、これを着て自転車でお出かけ。色々な思い出が脳裏をめぐる。30年間自分の一部だったもんな。でもここでふんぎる。さあ、お別れだね(^^)

新品のゴミ袋にキレイにたたんで収める、そこで自分の一部を失う喪失感がリアルに襲ってきた。一瞬躊躇する。なので、第二ボタンだけハサミで切り取って、それだけを残すことにした。ボタン一個ならいいよね、残しておいてもさ。

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布製品ではないのでリサイクルには回せないので可燃のゴミに出す。ゴミ捨て場に置いた。その後やってきたごみ回収車に放り込まれ収納されて走り去るまでの様を最後まで見届けた。…ありがとう、さようなら、でも共に生きた過去はしっかり脳裏にあるし、そしてボタンは宝物箱にしまっておくから(^^)/
 


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2021.09.30

緊急事態宣言解除前日に思う目の疲れ。

明日には解除となる緊急事態宣言。

…だが、これが「安全になったから」と思う人は多分居ないと思う。解除されたことで新たな感染拡大の口火が切られた、と考える方が普通で、警戒の手綱を緩めるようなことは多分出来ない。まぁ浮かれポンチで飲み屋に繰り出すような輩や、いきなり旅行の予約をしだすような人もごくわずか居るとは思うけど、申し訳ないけどそういう人は自身が感染するし、他人に感染を広げると思う。

そういう状況の中で数年前までは労働者の甘え、として家庭の事情を鑑みて特別に許可してやらんこともない、くらいの導入に極めて高い明文化されてたり不文律だったりの理不尽に高いハードルが設定されていて、制度はあるが現実には誰も使えない、と揶揄されていた在宅勤務が、気が付けば一般日常化しつつある。かくいう自分の職場もそういう制定されていても誰一人取れないし言い出せもしないくらいだった夢の在宅勤務を自分もやっている。

諸事情で週の半分くらいだけど、自宅に籠って社給されたPCを自腹で契約したネット回線につなぎ、一円の補助金も無しで莫大なネット通信量を日中に使って仕事をしている。傍から見ると一方的に労働者が損するように見えるけど、これは会社側にも労働者側にも、良いこともあれば悪いこともある結果としてゼロサム。こんなのは昔からとっととやればよかったし、出勤してていても在宅でもさほど変わらない業務量をこなせることが新型コロナという強制カタパルトによって始まった壮大な社会実験の結果判明してしまったから、もう元には戻れないと思う。

…と、まぁここまではよくある話。

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今日はここからの話、というかただの愚痴。

自宅で目いっぱいPCを使って仕事をすると、初老の領域に入っている身体で目の衰えと疲れが激しくて、夕方から夜にかけて、私物PCの画面を見るのが正直辛い。老眼の症状(ピント調整機能が衰えてきて手前の物が見えない、小さい文字が読めない等々)がただでさえ進行していることに危機感を感じるのに、この在宅ワークでPCを使った仕事量がドバっと増えたことで目の衰えの加速が止まらない。もうここまで来たら労災扱いしてもいいんじゃないか?、と思うくらい目が辛い。

目が衰えたことで自分にとって一番びっくりなのは漫画と文庫本、雑誌類を読まなくなった買わなくなったこと。蔵書もそうだし新刊も興味はあっても手に取らないし買う気もしなくなった。老眼鏡をかければ読めるのだろうけど、老眼鏡やルーペ類はそれを使っている間はいいけど、終わって外すともう目の焦点が合わなくて昔の漫画表現でいうところの「メガネ…メガネ…メガネ…」とメガネを探さないと何も見えないような、そういう状態になるのが嫌なので使わない。

もう少し目を休めるような、事務仕事と現場仕事が適度にミックスしていて目の負荷が今より低かった現場労働の頃が懐かしい…、とふと思ってしまう。残業毎月150時間超とか当たり前だった時代だけど、私生活を切り捨てることの代償として実入りは良かったし、達成感ややりがいもあった。とはいえ連休はまず取れず毎日23時以降にならないと帰れず、そのまま夜間勤務もあり、なんて職場は今の価値観で言うと何を言おうがただブラック認定されて、誰もそんなところで働きたくない、と思うだろう。だけど全てを知って判った上で、自分はそれをまたやってもいいかなと思う事もある。

おっと、話が大きく脱線した、元に戻そう。

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そんなこんなで平日の夜にこうやってキーを叩いて文章をツラツラ書くのは、以前は楽しみだったけど、今は半分苦行みたいになってる。

例外として、休日の昼間バイクに乗って戻って来て寝るまでの間は、動体視力を使って遠方の自然を眺め続けることから実は目の疲れが仕事のそれとは比較にならないほど弱く、視力も回復してピント調整機能もよくなってるのでPCを触って文章やら家計簿やらを記すのに適している。

ということで、次回UPは多分休日の夕方から夜です。まぁ雨が降ったりした場合は休日の午前もありえますがそれはレアケースかと。
更新滞りスミマセン。10月はネタがたまってるので毎週更新を目指します(^^ゞ
 

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2021.08.25

ワクチン二回目接種完了

新型コロナが周りで騒がれ始めたのは2020年の正月頃だったと記憶している。

正直その頃は梅雨が来て湿気がドン!、と増せばそれで終わりだろうと思ってた。なので最初の緊急事態宣言が出た時にはそれなりの緊張感をもって対応をしていた。

その後はここでいうまでもない状況。少なくとも国民にただ同じことを言い続けるだけでそれ以上を頑なにしない行政に国民が飽き飽きして、徐々に最初の緊張感は薄れてゆき、今の緊急事態宣言は「狼が出たぞ!」と騒ぐ嘘つき少年のそれと同じように何の意味もない、誰の興味もひかない空に浮かぶただのアドバルーンになった。

唯一の前進はこれまた後ろ向きの行政が特例で認めた新しいワクチンの接種。なすすべがなかったスタティック対応に対し、唯一ダイナミックな対応であり、かつ実効力があるものとされた。そしてそれは進み、今日のニュースで全世界で接種が50億回になったとかなんとか。

新型コロナが最初から何一つ変わらないままであれば、それでよかった。だが敵は強力に変質し、感染力は増し、ワクチンの免疫力も永遠ではなく、最初に相当のワクチン接種を行って集団免疫を獲得したとされたイスラエルは、武漢株には耐えたが今のデルタで感染者も死者も増える傾向だという。

国民には緊急事態だ外出するな、といいつつオリンピックは強行してIOCの会長は銀ブラを楽しむというダブルスタンダードで、アドバルーンの信ぴょう性と効果がどんどんなくなってゆく日本、ワクチンの効能が減っていったら、一体どういう未来になるんだろうか?

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…と、悲観的になってもしかたない。また行政を批判したところで新型コロナは無くならない。つまりそれらはやるだけムダの無意味な行動といっていい、

じゃあ無力な我々一介の庶民はどうすればいいのか?

それは一年半前からずっと同じ事を言われている事を、飽き飽きしてようが信用できなかろうが、今もこれからも油断せず愚直に継続するしかない。少なくとも自分の廻りにも何名か感染した闘病し、生還した人達がいるが、その人達の話を聞く限り、やっぱり感染しないに越した事は無いと思う。

なので、8月に入ってから自分は無料のワクチン接種を受けた。自分が感染しにくくなる事は周りも感染させにくくなる事に繋がるし、感染しても重症化しないことは医療体制への負担を減らす効果があり、個人の健康問題だけではなく社会的福祉に寄与するとの判断に基づく。

自分には理解しがたいけど謎のワクチン陰謀説とか、何の害もない放射能や被曝がまるで命にかかわり将来に影響するかのような妄言を繰り返しているのと同レベルでワクチン批判否定する人達が居ることも把握していて、その主張はカケラの同意も同情もしない。打たないのは個人の自由、打とうが打つまいが感染するときはする、そのあとに苦しんだり死んだりするリスクをその人達は全て受け入れた覚悟の上での行動なのだから、その意思を尊重して自分はその人達の行動を止めない。どうぞ勝手に。ただしそれが原因で何かしらの助けを求められても助けないのは当然判ってやってるんだから、最後まで頑張ってね。

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接種後には一回目も二回目も見事に副反応による発熱症状が出た。どうもウチの血脈はワクチンに対して弱いようで、比較的副反応が弱く出現率が低いと言われるファイザー社の方でも悉く発熱が生じてる。発生確率が高いモデルナ打った身内は39.6℃くらい出たそうな。

自分の兄弟の連れ合いはファイザー2回で何の影響もなかったという人がいる中、自分の兄弟はファイザーでおおむね高熱を発した。かくいう自分も先日2回目のファイザー社ワクチン接種で、翌朝から37.5℃の発熱、そして一時間もしないうちにあれよあれよと38.5℃まで上昇。頭痛もガンガンで、全身倦怠感、とてもじゃないが出勤出来る状況じゃないし、在宅勤務もPC立ち上げてログオン状態にする事は出来ても、支払われる給料に見合うアウトプットをたたき出すパフォーマンスを発揮できる状況じゃないので白旗を上げて休みを取り解熱剤を飲んで寝込んだ。

新型コロナが流行り始めてからマスク手洗いうがいを継続してきたので今まで一度の風邪もインフルエンザもかかっておらず、発熱したこともなかった。そんな状況で約2年ぶりの38~39℃の発熱はかなりダメージが大きく、その日は結局ほぼ一日寝て過ごした。高熱はその日の夜には収まり、その翌日のAMまで微熱は続いたが、解熱剤で抑えられるので休んだ翌日から在宅勤務を再開。あー辛かった!

それでも、そのくらいで済んだ。実際に新型コロナに感染した人の話を聞く限りこの程度で済むのなら自分はこっちを選んだ事は正解だったと思う。繰返しになるけどワクチン接種は自分の為だけでなく人のため社会のためでもあるので、受けれる人は是非接種を。一人のリスクが減ることは回り回って社会のリスクが大きく減ることに繋がってゆくからね。

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…で、あと2週間弱すれば一応最初の武漢株の免疫は付くらしい。デルタに対する対抗力もそれなりとはいえ、無策無力状態からは強化される。

ワクチン接種当初は2回打てはマスク免除カラオケし放題旅行も飲み会も全て解除!、みたいな風潮が一部にあったけど、さっきも言ったけどそれは今の感染が武漢株であれば、の話で、今の敵はデルタ。そう考えると、ちょっとだけ防御力が上がったところで感染予防対策をしなくていいわけじゃない。

言い換えると、今ここでワクチン接種を終えたことで自分のリスクレベルは確実に下がるのだけど、どこまで下がるのかというおと、勝手な想像だけどワクチン未接種状態だった一年前くらいの第二波とかが起きてた頃のリスクレベルやアルファが流行り始めた頃に戻るだけで、新型コロナ流行の前のリスクレベルにはワクチンを2回接種しただけでは戻る事は出来ないと考える。

つまり無敵の防御力を得た、シューティングゲームにおける無敵状態になったわけじゃない。そこを勘違いしてなんでもやっていいんだ!とやるから感染は収まらない。今の状態はまさにそこだと思う。

政府が誘導するように踊らされなくていい。踊った所で起こった事に誰も責任は取らないので結局自分で自分の尻を拭くことになる。ならば最初から自分で何が正しい行動で何をすべきかを自己判断自己責任で考えて行動するしかない。

つまり新型コロナに勝つために有効な施策は政府の宣言でもないし、ワクチン接種でもない。「個人のモラルと良識ある行動」結局行きつく所にして出来る事は、たったこれだけなんだと思う。そう思わないやりたい放題の人があまりにも多いからそれを愚直にやる人が巻き込まれて台無しにされてしまうので、いつまでも終わらない。止めようよ、誰かがじゃないよ、自分らでやるんだぜ、これはさ。 

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2021.07.02

独居中年男の生活にも花は必要

自分で言うのも何だが、自分はバツイチの孤独な中年男で、無機質な自分が好むモノを集めて積み上げて、いわば自分だけの砦を築いてその中で暮らしている、と客観的に見れば言っていいだろう。

ふわふわした暖かい命ある生き物に触れながら生活したいのはやまやまだが、諸事情がありその夢はまだかなわない。なので狭い庭先に植わっている木々や、狭い平地に植えた色々な植物の若芽や季節に応じて咲く花々、土中で育つイモ、地表に実を成すイチゴやその他に癒されながら日々を生きている。植物も輝かしい命を見せてくれるんだよね。あ~お前ら、大好きだ~(^◇^)

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そんな感じで、咲く花々は根を張ってい成長し生き続ける様を見せてくれる場で愛でるのが好きなんだけど、ここ最近家の中にも花を生けるようになってきた。なんでだろう?、やっぱりどこかで「寂しい」と思ってるからなのかもなぁ。

Hanadaidokoro2021

花屋さんで有償で買ってきてもいいんだけど、そういうきらびやかな花々よりも、野に生きる生命力ある地味目な花の方が何となく自分の生活の場には合ってる気がして、季節に応じてご近所さんがやられている家庭菜園の片隅に咲く花をお声がけして、ちょっとだけ頂いてきて、それをこんな感じで生活の片隅に置いている。

本来なら野で命の輝きを見せてくれる花を切り飛ばして生首を晒すようにしてしまう事に抵抗がないわけじゃない。でもこういう命に自分が少し助けられているのも事実。花を花瓶(空き缶だけど)に差して、その花やツボミが日々変化してゆく様を生活銅線ので見るのはちょっと嬉しいからね(^^)

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薄汚いオッサンだから、柄にもない事をしてるなぁとは自分でも思う。実生活で今の新型コロナ禍もあって自宅を訪ねてくる友人もいないから、こういう事が恥ずかしげもなく出来ているのかもしれない。

でもなんて表現するればいいかな?、日々の生活にこういうモノがある事で、それが無いとどんどんすさんで行ってしまうメンタルが命綱で繋がれて墜落を免れているように、自分を救ってくれている気がする。言い方はなんだけど、花がキレイでカワイイ、と思っていられるうちは自分は絶対大丈夫、という、そんなまるでインジケーターのような働きもしてくれている…気もする。

花がしおれて枯れてきたら、このコらは残念ながら生ごみになってしまうけど、感謝の念をもって庭の片隅にある毟った雑草を集めている場所に置いて弔っている。ここにおいておけばダンゴムシやナメクジが喰って土に還る。せっかく生まれたのに、自分のわがままで実をつけることなく枯れてゆくことは申し訳ないと思うけど、その命を自分が襷渡しされて自分の生きる気力を蓄えさせてもらっているんだよね。

ありがとう。
 

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2021.05.25

私的靴下運用管理

エラくくだらないネタですがそこはご勘弁を(^^;)<ばき

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根っからの貧乏性なので、自分ひとりで誰にも迷惑をかけないような状況であれば、自分はギリギリまで生きるコストを削る性分。
そのため、背広を着て外で闘うサラリーマンモードとかでなければ、自宅生活や在宅勤務で愛用している靴下は最も安い軍足だったりする。

軍足?、と何のことか判らない人が居たら、ここを参照方
まぁ軍手の靴下版だと思ってもらえばそんな感じのモノ。

で、これを多用してると困ることが一つあった。それは洗濯して、それを干すとき。

洗う事は何ら問題ないけど、洗濯が終わって、さあ干すぞ、というときに、同じ柄の靴下が沢山あるもんだから、どれがどの組み合わせでつかっていたのかがさっぱりわからなくなる(汗)。同じ柄だし左右の区別がないから、無作為に適当に干して適当に履けばいいだろ?、と最初は思った、でも軍足はそんなに耐久性高い靴下じゃないので、経年劣化が進行したものと、新しいモノが混在するとあまりよろしくない。

なので、最初の頃は洗濯が終わるたびに引っ張り出して同じようなヤレ具合ものを大体こんなもんだろ!、と組み合わせて干してその組み合わせで履いてた。最終的には正解率は8割くらいまで上がってたと思う、でもやっぱり間違えるモンは間違えるのよね(^^;)

なので、とある時から新品を下ろすたびに足裏部に「あいうえお」を順番に油性マジックで書いてゆくことにした。宴席で座敷にでも上がらなければ靴下の足裏を人様に見せることはないし、そもそも軍足はだらだらした日常生活専用だから、別にいいや、と。

2021kutushita

そしたらこれが抜群の効能を発揮してくれた。

1)左右の組み合わせが一目稜線
2)どの時期から使い始めたのかが文字の進み具合でわかる
3)ロット毎にすり減りやゴム伸び、穴あきの傾向が判る(つまり軍足の寿命判断が出来る)
4)今現在で一番古いものと新しいモノも一目瞭然
5)使用していて片方に孔があいたモノでも例えば「あ」と「う」を使っても洗濯後に再組み合わせ出来る

おかげで洗濯時にかなりの省力化と効率化、新品をどのタイミングで追加購入するかの予測までもが容易に(^^)♪

…あまりにビンボー臭くてごめんなさい。あぁっ!石を投げないでぇ(T◇T)!<ばき

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こういう感じで、自分の生活に油性マジックによる筆記は欠かせない。以前紹介したカセットコンロガスの交換日の記載もそうだし、例えば紙パック式掃除機のパックをいつ交換したのかとかもこういう感じで油性マジックでメモしとくと、それをいつ交換したのかが判るし交換する時期が予測しやすい。

2021soujikipac

こういう実生活だけでなく道楽のバイク趣味でも、いつオイル交換したとか、このバッテリーはいつから使い始めたとかその時の走行距離はいくつだったとか、いくらで買ったとか、そいういう情報を交換した部品やその関連する周囲やカウルリングの裏とかにテープを張って油性マジックでその車体自体にメモっておく。そうすることでメンテ周期や交換部品の価格変動なんかも一発で判るんだよね。

…え?そんなのみんな記憶しておけばいいだろって?、いや、全部を覚えていられるほど器用じゃないのよ、だからこうやってメモって情報を脳の外に残す工夫をしないと忘却しちゃってダメなのよね(^^;)


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2021.04.18

管理職と言うサンドバッグ

約一年前、色々な意味で煮詰まって行き詰っていた自分の仕事とは縁もゆかりもない(だけど、そこは自分自身が以前いた職場そのものなのでゼロスタートじゃない)職場に社内転職し、諸事情により自分はサラリーマン人生初の俗にいう管理職になった。…と言いつつ同じような内容で職責の仕事は長くやってたので、そんなに違和感はない…はずだった。

実際になってみたら、一言では説明できないような大変さがあった(苦笑)。もう少し楽で偉いポジションなのかと思ってたけど、違う意味で「エライ所に来てしまった」というホジションだった。なにせ色々な雑務から金計算やら資料作りやら部下の対応やら、誰も手伝ってくれないから一人でそれを全部やらねばならない。月初月末は〆だ締切だ何だと仕事量が増え、半期始まりと半期終わりはやっぱり大変で、そして一番大変なのが年度末処理、そして年度初めの諸手続きだった。はぁ疲れた…

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全部を説明したら膨大な話になるのでしないけど、少なくともカチョーという職位はかなり大変だということがこの2月~4月でしみじみ判った。

そしてそれで気が付いた(というか、何となく前から分かってたけど、認めたくなかった)事がある。それは中間管理職は、自身より上から使われる雑用係みたいなものだということ。中途半場な場所にいるから、労働者のようでそうじゃないし、経営者側のようでそうじゃない。どっちつかずだから、上からだけでなく、下からも時と場合によってはいいようにあしらわれてしまう。悪意を持ってやられているのではないと信じたいので、仕事を求められたらそれに答えようと頑張るんだけど、残念ながらそれが報われることはあまりない、そんな感じ。

サラリーマンという業界での立ち位置はみんなそんな感じなのかもしれない。部長だって同じようになってるかもだし、取締役とかももしかしたらそうなのかもしれない。会社としてはそうやって増すストレスに見合うだけの給料を支払ってるんだからあとはお前らが頑張れ!、というのが基本的スタンスだと思う。確かに自身も管理職になったことで、+1~2万は「額面」が増えたけど、決して大幅UPとかの気前の良い話じゃない。

そういうことも相まって、若い世代に「管理職になりたくない」という動きが出てきているらしい。


確かになあぁ、やってみたからわかるけど、これはもしかしたら貧乏くじ的なモンなんじゃないか、とワカモノは察知しているらしい。
・・・おめでとう、正解です(^^;)<ばき

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ちょっと前に、管理職になるなら年収いくら欲しい?というアンケート結果がネットに出ていた。結論としては1千萬/年あればやってもいい、という意見が最多だったらしい。そう思うのなら是非やってみてくれ、そこまで給料が上がらないかもしれないけど(新型コロナで色々なものが激変しているのにそれが加味されない短期間の業績がどうだったか、で評価されちゃうからね)、管理職をやってもいい、と言う人は、まずは目をつむって手を挙げてみてくれ、手を挙げた中から選ぶから。(…あぁやっぱり一人も居ない…)、こんな感じ。

管理職には管理職にしか出来ない仕事があるから、それを得意としてずっとパフォーマンスを出せたら、仕事としては面白いと思う。でもそういう得意技がアンマッチしてるとストレスは∞方向に収束しちゃうので要注意。給料が上がっただけじゃそれは解決しないのよ。むしろ手当がついた分、アレもやれこれもやれ、という上からの要求がガッツリ増える、そんな感じがする。管理職というのは下から見たポジションであって、上から見ると管理畑の(若くないけど)ヒヨッコなのでなんでもやらせよう、というパシリのようなポジションなのよね(やってみてわかった)

そんな状態を見ているからだろう、ワカモノがそんなのやりたくないよ、という意識でいるために、管理職の後継者が見当たらない。これは我が部署だけの話じゃなくて、全社的なムーブメントらしい。わざわざ火中の栗を拾うのを自身がやらなくても、誰かがやってくれるから、それを待てば自分自身がやる必要ないじゃん、そんな感じ。後継者を育てても、ワカモノはあっさり会社から去って転職してゆく世の中。なので人不足(中途半端な役職のオッサン世代は沢山いる、居ないのは入社10年目くらいの即戦力にして、将来の管理職候補)

今の自分の職位職責的には、後継者を探して管理職に育ててゆかねばならない。でももし自分がその立場だったらどうだろうか?正直一度やってみたから思うけど、ワカモノにはあまり薦められない。さっきも言った通り得意な人ならマッチする。でもそういう生まれながらの管理職みたいな人はあまり多くない。となるとワカモノが管理職になったらストレスがドカン!、と押し寄せることになる。それだけで転職モチベーションアップしちゃうと思う。

ホントどうすればいいんだろうか、もう少し上手いやり方がアンチョコを見れば判るとかなら、自分も後輩にこの仕事を次はお前がやるんだぞ、とやって見せる事は出来る。でも自分はアンマッチでストレスを感じる側なのでこんな思いを後輩にさせたくないという気持ちもわいてくる。組織人としてはそんなことを言ってはダメなんだろうけど。悩みは尽きない。

ただ一言だけ言えるのは、「なりたくない」というベクトルを含む判断は、多分そこそこ正しい、という事。なのでそんなワカモノにこの仕事ってこんなに楽しいんだよ~、と言いたいけどいうに言えない。今は大体そんな感じ。

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2020.12.31

私的10大ニュースで一年を総括

新型コロナウィルスの猛威はてっきり梅雨明けくらいで終わるだろうと4月の頃は思ってたけどいまだに猛威を振るう感染力。うーん世界が変わってしまいそうな感じだ。

そんな中、自分は無事感染せず、バイクで事故にも合わず、生きてこの日を迎えられた。明日になれば令和3年。ちょっと前に平成の次の元号なんだろうね?、などと話しをしてたと思ったら、もう令和3年。月日が経つのが早いのか、同じ流れをただ老化した脳が早く感じているだけなのか…(多分後者)

ということで、今年も最後。毎年「色々あった一年」という感想をここでは投げてたけど、ちょっと嗜好を変えて自分に何があったのかを個人的感想でランキングしてみた。

1位:社内転職に成功し現場廻りの職種から入社以来いた古巣に戻り初の管理職就任(カチョー)
2位:新型コロナウィルスの影響で在宅勤務スタート、数年前と真逆で自宅べったりの生活に。
3位:四半世紀止めていたアマチュア無線を防災設備兼外部コミュニケーションツールとして再開
4位:バイク1台増える(人生初のアメリカンバイク、スズキのサベージ650、面白い~♪)
5位:冷蔵庫と洗濯機を買換(それぞれ17年&19年使用してた)、さらに電子レンジをついに購入
6位:年収減少トレンドに。現場仕事の方が稼げたけどそれを捨てて今の生活を取ったので狙い通り。
7位:思わぬ形で株で利益が出てしまい来年人生初の確定申告に行くハメに(とはいえ40万くらい)
8位:新型コロナ3波の最中に在宅勤務終わりフル出勤モードに移行(出勤ってメリット多大なのね)
9位:バイクのエンジン割れて壊れる(DT200R)→大修理、エンジンリビルド完了(まだ載せてない)
10位:酒量が昨年から急減(美味い日本酒に開眼し酒量増えたけど今は1合で即アウト(=元に戻った))

新型コロナにかかってたらそれが上位に入ったんだろうけど、それはなくセーフ。ちょうど一年前くらいには実は普通の転職を少しずつ考えてた。キツイけど、性に合ってた現場仕事から、100%の事務業務への転進(敗退と言った方がいいかも)で、このまま居たら先が無い、環境を大きく振って換えないと硬直した今の状態から抜け出せない、と少し悩んでた。そこから奇跡の連鎖が始まり、自分が一番望んでいたといってもい形で新しい門が開いて、自分はそれを通り抜けて別ステージに行く事が出来た。これは自分的には奇跡なんだよね、ホント助かった!

こんなに人生がジェットコースターのように望む方向に突き進んでゆく感覚は…元カミさんと出会って付き合えて結婚した時以来<ばき!

残りのネタはここでUPした話もあればしてない話もある。そういう点では自分の中年男あらため初老男の一人暮らし私生活は充実してたけど、ここはおろそかになりがちだったのは反省。どういうわけか自分が使ってるブラウザ(FireFox)だと、Blogを表示させるとタブクラッシュしちゃうんだよね、なので更新がおっくうになってたのは否めない、ごめんなさい。

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さて、来年はどういう年になるだろう?、今年が恵まれすぎていたから、試練の年になるかも、という根拠のない漠然とした不安はある。いいkとと悪い事はその総量でバランスしてるというのが自分の人生観だから。なので悪いことが起きるかもと言う警戒をしながら、いい事を拾い集めていこうと思う。そして一年後にここでまた「今年はこんなすごいことがあって人生始まってい以来の~」なんて書けるといいなぁ。

人生で良いこと…そうだな、例えば再婚とかはもう自分の人生にはもう無いから、例えば趣味や仕事で新たに気の合う友人が出来るとか、自宅に子猫が迷い込んできて飼う事になったとか、そういう嬉しいハプニングが起こるといいなぁ、と思ったり。そのためには身体第一、不幸にも巡り合わないように警戒モードも保ちつつ、許容可能なリスクを取って先に進む事がやっぱり必要。

人生は楽じゃない、色々ある。でもだから楽しい。そういう気構えはいつでも持って生きていようと思う(^^ゞ

という事でここを訪れていただけた皆さま、今年もお世話になりました、皆さまが来年新型コロナやその他の不幸に合わず幸せに過ごせますよう、不肖ino、誠心誠意祈念しております…(-人-)
 


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2020.11.24

…えっ?、花が咲くの(^^;)?

11月の勤労感謝の日、自分の中では二つの行事が交錯する日だ。

一つは、クルマのタイヤをスタッドレスに交換するタイミング。これは北国や雪国での長期出張生活が始まった、このBlogを始めたころからの習慣で、生活の拠点が自宅だろうと地方だろうと、雪が降る前のこのタイミングで欠かさず四輪車のタイヤをスタッドレスに交換するというもの。スタッドレスをノーマルに戻すのは大体GWの前。なので約5か月間はウチのクルマはスタッドレスを履いている。

Taiya2020

スタッドレスを履く習慣のない太平洋岸の住人は、雪も降らないのにスタッドレスに履き替えるのは無駄遣いで馬鹿らしいことをしてやがると嘲笑する。でもこれは突然の降雪積雪でも慌てず動けるようにするための備えたる転ばぬ先の杖、そしてもう買って持っているタイヤを無駄なく使いきるための定期的ローテーションでもある。そうやってバカにする人がたまに関東に降るほんのちょっとの雪で右往左往する。それを良く知ってるから自分は黙々とタイヤを換える。

まぁこれはいつもの作業だから、特記すべき話じゃないのでここで終わり。

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もう一つの行事といえば、庭で育てているサツマイモの収穫だ(^^)

サツマイモが根付いて日々育ちゆく姿は自分の生活の潤いでもあり楽しみでもあり、そして秋の味覚である実利を得られるという貴重なモノだ。なのでかつての旧宅の庭ほど肥沃ではない今の家の庭にも毎年欠かさずサツマイモを植えてほったらかして育つのを眺めている。去年はミニミニ君が取れたのをUPしたっけ、今年はさらに固い庭の痩せた土を掘って、引っ越し後最大の植え付けを行ったので、狭い庭だけどそれを埋める勢いでイモヅルが伸びて、葉っぱが茂った。このイモヅルを片して、土中からイモを掘り出すのが11月の休日の恒例行事なのさ♪

Imonoha2020

…と農作業の準備を整えて庭に出た。そこで気が付いた。見慣れないモノが、そこにあることに。

Imonoha2020b

…あれ?薄紫色の…花?、え?、アサガオ?、それがこんな時期に、なんでこんなところで咲くの??、と近づいてよく見たら、それはこんな花。

Imononaha2020a

その花はなんと、サツマイモのイモヅルから咲いていた!、という事はこれってもしかしてまさか、「サツマイモの花」!?!

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…いやはや、サツマイモを育て始めて20年近く、それまで一度だって花なんて咲いたことなかった。イモはガンガン育って採れるから、サツマイモはイモで繁殖する植物であって、生殖器たる花なんて無いと勝手に思ってた。それがなんと、今年初めて花が咲いた、ちょっと、いやかなりビックリしたよ(^^;)

これがほんとにサツマイモの花なのか、ネットでググったら全く同じ花がヒットする。花言葉は「乙女の純情」、花の見た目通りになんと可憐な!…サツマイモだけに焼き芋屋でホカホカのイモを渡される前にワクワクしてる女学生、というイメージが消えないけど(^^;)<ばき

もう少しよく調べてみたら、サツマイモは、ヒルガオ科に属していてアサガオとも遠縁だった。そっか、だからアサガオの花に形が(よくよく見ると葉っぱも!)似てるのか。そして花はイモが育ってない時に日照が短くなったころに咲くことがある、というやっぱり比較的珍しい存在であることも分かった。いや~、サツマイモとは長い付き合いだけど、今回初めて色々な事実と真実が判ったよ。そっか~、お前にも花が咲くのか、意外な新しい一面が見れて、深く知る事が出来て、なんだか嬉しいな(^^)♪

勤労感謝の休日に全部のイモヅルをバッサリ刈って、イモも掘り出してしまおうと思ってたんだけど、まさかの花が咲いて、よく見るとあちこちにツボミがまだあちこちに沢山あることに気が付いたので、せっかく付けた蕾がみんな花開くまで、イモヅルをこのままにしておくことにした。

Imotubomi2020

な~に、イモは土中にあって逃げやしないし、ここ数日は暖かかったけど季節らしい気温となりそして朝に霜が降りたらイモの葉は即死してしまう。だからあと僅かな時間しかこのイモヅルは生きられない、ならばせめて命を懸けて必死の思いで準備したツボミくらいは花開かせてやりたいじゃんか、さあ咲けよサツマイモ!、ガンガン咲いてその底力を自分にもっと見せてくれ(^^)/

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と、ここまで昨夜下書きしてた。…で、今朝になったらイモヅルに花が咲くわ咲くわ、面白いようにサツマイモの花がポンポン咲き始めた(^^;)

Imonohana2020b

恐らくは今週いっぱいで気温は下がり、一気に冬らしくなってゆく、そしたらこのイモヅルは間違いなく死ぬ。イモヅルはそれを判っていて、花を咲かせようと必死になってる。落花してからアサガオのように実を成らせることは、花が咲くよりもっと難しいらしいのでその切なる願いは残念ながら叶わないと思うけど、生命が最期の最後まで頑張るその姿、儚くも力強くて美しいな、と思ったよ(^^)
  

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